魔法使いの弟子



男子寮と女子寮の最上階を繋ぐ連絡通路の横には、外からは見えないミーティングルームが空中に浮かんでいる。



原則として、オペラ幹部の前にしかその入り口は現れない。


月に一度、オペラ幹部はそこで定例会議を行っている。



その日の定例会議でも進行役のブルーノのおかげで着々と会議は進んでいき、予算管理について、校内の清掃について、寮内に出没する野良のピクシーたちについてなど、あらゆる対応策についての方針が固められた。



「他に何かある人はいるか」



一通り話し合うべき内容を話し合った後、紙をデスクに置いて顔を上げるブルーノ。


すると、その正面の椅子に座る女性が手を上げた。



「ハーイ。新学期早々決闘ドゥエルの申し込みが来てるわ」



ドゥエルの管理を担当する、オペラ4年のイザベル。


中性的な顔立ちの灰色の短髪と赤い目を持つ女性で、イーゼンブルク家の長女――カトリナの姉である。



「ドゥエルするのは、うちのバカ妹と、ミアって子。異論ある人いる?あたしはないけど。」



紅茶を飲んでいたところにミアの名前を出されて噎せたテオは、惑いの森事件ですっかり忘れていたがそういえばあいつドゥエルが控えているんだった……と口を拭きながら気を取り直す。




「僕はないで~。新入生同士のドゥエル、折角やし楽しませてもらおかな」


と、同じく4年生のスヴェン。


褐色の肌とミルクチョコレート色の髪、眼鏡と黒手袋が特徴的な色男だ。




「わ、わ、わたしもありませんっ」


と、5年生のドロテーがおどおどした様子で言う。


鎖骨までの暗いミディアムヘアと、そばかすのある顔。パッとしない地味な容姿をしているが、目立つのは顔に巻かれた包帯だ。


包帯は彼女の左目を常に隠している。




イザベルはミーティングルーム内を見回し、ここにオペラ幹部が一人いないことに頭を押さえた。



「……ラルフはまた休み?どうにかならないかしらね、サボり癖」



5年生のラルフが休みということは、今ここにいるのは5人。そのうち3人が既にミアたちのドゥエルを認めたということは――ブルーノたちが止めても、ドゥエルは行われる。




「じゃ、賛成多数だし、可決ってことで!」



イザベルがあっさりとドゥエル申請書に判子を押す。




――このいい加減なオペラ定例会議によって、ミアとカトリナの決闘ドゥエルは正式決定した。




その内容は学内新聞にも大きく取り上げられ、ミアの存在は全校生徒に注目されることとなる。




「ミアって誰?」

「知らない」

「最近テオ様とよく一緒にいらっしゃる一年生よ」

「あたくしはブルーノ様と一緒に歩いてるのを見たわ!」

「《知の部屋》でなかなかの成績を修めてるって聞いたぜ」

「相手カトリナ様だろ。勝てるわけねえじゃん」

「身の程を弁えて頂きたいわね」



生徒たちの話題は専らミアとカトリナのドゥエルのことだ。


自分の名前があちこちから聞こえることを感じながら、ミアは生徒と生徒の間を通ってテオと待ち合わせている場所へ向かう。



(何でみんな、私が負けるって決めつけてるんだろう)



自分だってそこそこ魔法を使えるようにはなってきた。それを見てから言ってほしい。


少しむっとしながらテオの迎えを待つ。





「いや、負けるだろ」



《星の階段》を登っている最中生徒たちに対し思っていることを言ったミアに、テオは率直な意見を言った。


自分の魔力の扱いを身近で見ているテオに負けると言われたことにショックを受けたミアは、「な、なんで!?」と愕然としながら理由を求める。


特に最近はブルーノたちに召喚魔法の特訓を受けていることもあり、自分の魔法にそこそこの自信は生まれているのだ。


それなのに、テオはあっさりとミアが負けることを予想する。



「カトリナはフツーに強ぇし。」

「私だって魔法は使えるし、呪文だって沢山覚えたし!」

「最近魔法の使い方思い出した記憶喪失のぺーぺーが何言ってんだよ。カトリナは英才教育受けてるエリートだぞ。それに……」



最上階に辿り着き、廊下を並んで歩きながら、テオは制服のマントを脱ぐ。



「カトリナは剣術使いだ。接近戦では分が悪い。間合いを詰められたら終わりだな」



そう。カトリナが偉そうな態度で派閥を形成しているのは、何も名家の令嬢だからというだけではない。


魔法剣の扱いに長け、実力も兼ね備えているために付いていく者が多いのだ。



「じゃあ私も剣術の練習する!」

「あほか。一朝一夕で覚えられるようなもんじゃねーよ」

「やってみなきゃ分かんないじゃん」

「言っとくけど剣を買うには金がいるからな?街に出なけりゃいけねえし、高級な楽器くらいの値段はするぞ」



部屋の扉を開け、マントをかけると、どかっとソファに腰をかけるテオ。


ミアはこの国の硬貨などひとつも所持していないため、剣を購入することはできない。



すると、テオがふと思い出したようにミアを指差す。



「お前、この学校に長居するつもりなら何か稼ぐ手段探せよ。アブサロン先生だっていつまでもお前の学費を払ってくれるわけじゃねえだろ。そのうち自分で払わなきゃいけなくなるぞ」



ミアの学費も、本来学生証に一定額支払うべきお金も、負担しているのは養護教諭アブサロンだった。


ドゥンケルハイト・ウニヴェルズィテートの学費は国負担のため生徒は本来無償だが、ミアは正式な生徒ではないため、その学費も養護教諭アブサロンが裏で出しているのだ。



その現状を知っていて、テオはミアに忠告をする。



「……ど、どうしよう」



ミアとしても薄々心配していたところではあった。


学生証一枚さえあればこの学園内での買い物は全てできる。しかしその元となるお金を払っているのは誰なのだろうと漠然と不安を感じていた。それがまさか、アブサロンだとは。



「学園内でバイトしてる奴は結構いるぜ。小金稼ぐ程度だけど、俺もたまにユニコーンの餌やりとかしてるし。学内掲示板に求人募集の張り紙あるから今度見て来いよ」



ミアはふむふむと考える素振りをする。


バイトをすれば養護教諭アブサロンに学費を返せるだけでなく、余ったお金で魔法剣を買えるかもしれない。



やる気になったミアは、教科書を開いて今日の授業の復習をしてから、明日朝早くに求人募集を見に行こうと、早く眠りについた。





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