使いの魔獣 ③



――一方その頃、ミアは。


オオカミの背中に乗って、森の中を逃げ惑っていた。



オオカミには光の道筋に沿って走ってもらっているにも関わらず、いつまで立っても森の外へ出られない。


ミアはオオカミの毛にしがみ付きながら、時折背後を振り返ってユニコーンの蹄に軽く攻撃し、距離を開ける。


しかしどれだけ邪魔をしようとも、ユニコーンはどこまでも追ってくる。



これではキリがない。可哀想だけれど、ユニコーンたちを乱暴に倒してしまうことも考慮した時、オオカミの耳がぴくりと動いた。


オオカミの顔が、光の道筋とは逆の方向を向く。



「――待って、そっちじゃない!」



ミアは叫ぶが、オオカミはミアの言うことを聞かず、方向転換して走っていく。



光の玉が示す道さえ見失えば、本当に迷子になってしまう。


ミアは何とかオオカミを止めようとしたが、どれだけ強くしがみ付いてもオオカミが止まることはなかった。



次の瞬間、視界が明るく光る。


前が見えない。




真っ白な空間の中に、オオカミとミアは突っ込んでいった。





「さっきの呼びかけでミアがこっちへ来なかったら俺たちのどちらかが森の中へ――」



テオがブルーノと作戦を立てていたその時、ぶわっと黒い影が通り過ぎた。


――何か大きなものがテオとブルーノの頭上を過ぎったのだ。



二人が咄嗟にそちらを見ると、黒色の美しい毛を持つ狼の姿をした魔獣が、ミアを背中に乗せて地上へ降り立った。




その様子を見て、二人はある理由で仰天する。




「……フィンゼルの獣……! 惑いの森に潜んでたのかよ!」




“フィンゼルの獣”とは、フィンゼル魔法学校が創立されてから、二度の未解決事件を起こした恐ろしい魔獣だ。




魔獣が最初に生徒を襲ったのは百年前。


寮へ向かっていた女生徒が、オオカミのような姿をした、魔力を持った獣が他の生徒に向かって恐ろしいスピードで走っていくのを目撃した。


たまたま近くにいた当時のオペラの幹部が魔獣を追い払った。



その翌年の夏、初めての犠牲者が出る。


入学したばかりの男子生徒が、魔法図書館近くの学内公園で行方不明となり、内臓の一部を食われた遺体となって発見されたのだ。


原因は不明のままだった。



その約五十年後、やけに狼の遠吠えが聞こえる夜があったという。


その夜、魔獣は夜間授業の帰りの生徒たちを襲撃した。魔獣は他の凶暴な魔獣と同じく獲物の頭部を標的にし、砕いて殺害する。


その事件で死者はおよそ100人、負傷者は50人近く出たと記録されている。



このような凶悪な事件が起こったために魔獣は“ウニヴェルズィテートの獣”と恐れられた。


生徒を襲う魔獣は問題視され、学内で捜索が始まった。


訓練された多くの使い魔や治安部隊が派遣され、敷地内を隅から隅まで探したが、結局魔獣は見つからなかった。



未だ学園内にいるのか、死んだのかも確認されないまま時が過ぎ、魔獣の絵や外見的特徴の記述のみが後世まで語り継がれたのだ。




誰よりも早く動いたのはブルーノだった。


魔法の杖を取り出し、“ウニヴェルズィテートの獣”を捕縛しようとする。


しかし、呪文を唱える前にミアが魔獣の前に立ちはだかった。



「この子に手を出さないで」



庇うように両手を開いて、魔獣を隠す。

ミアの小さな体では全ては隠せていないが、魔法の矛先の邪魔をするには十分だ。



「だめだ。そいつは危険な獣だ。早く離れろ」



ブルーノは厳しい言葉で返した。



「この子が外まで連れてきてくれたの」

「そいつは人を襲う」

「私が躾ける」

「野良犬じゃないんだぞ」

「でも私のことは襲わなかった」



惑いの森が消えていく――が、一件落着という空気ではなさそうだ。





魔獣の横方向にいるテオの杖の矛先も、魔獣に向けられた。


ミアは魔獣をブルーノからの攻撃からは庇える位置にいるが、テオからは守れない。



「悪ぃなミア、こっちも仕事だ」



魔力を込めるテオの杖の先が光り始めて、咄嗟にミアは自分の杖を振った。



「ラッセン・シュナイエン!」



テオの得意分野である、雪魔法。それを先に発動したのはミアだった。


オーナーに追いかけられた時のテオを見て学んだ呪文である。



大きく重い雪の塊を前方からぶつけられ、テオがバランスを崩したところを、魔獣とミアが走って通り過ぎる。



「すげぇなアイツ!?油断してたとはいえ俺に雪属性で攻撃入れやがったぞ」



杖を構えてから発動するまでのタイムラグがほぼなかった。


あいつをこの学校の生徒にして正解だったかもな、とテオは重たい雪が体に被さった状態のまま考える。


もしかすると、養護教諭アブサロンはミアの魔法の才能を、自分たちが初めてミアを連れて行ったあの時点で見破ったのでは――。



「感心してる場合か!追うぞ!」



雪に埋もれるテオに対し怒鳴ったブルーノが、先に箒に乗ってミアを追う。




この魔法学校に不可解な悲劇を二度も引き起こしたウニヴェルズィテートの獣のことを、オペラとして野放しにしておくわけにはいかない。



ミアとしても、二人からいつまでも逃げることはできないと思っていた。


自分を保護しているのはあの二人であるため、ここで逃げ切ったとしてもどのみちあの二人の部屋に帰らなければならない。



危険な動物だというこのオオカミを大人しく引き渡し、授業に間に合うよう早く校舎へ戻った方が賢明だ。


けれど、ミアにはこの魔獣がどうしても、そう悪い生き物には思えないのだった。



ブルーノが迫ってくる気配を背中に感じながら走っていると、石に躓き、地面に勢いよく転がることになった。


持っていた杖もカラカラと転がってゆき、ミアの手元から離れる。



視界の隅に、ブルーノが箒に乗ったまま、魔獣に向かって杖を構えるのが見える。


莫大な魔力の熱が横たわるミアのところまで来ていた。



(あの子を殺す気だ)



ブルーノが何か大きな魔法を発動させようとしている。


守らなければ、守らなければ――。


でもどうしたら、と思考を巡らせるミアの頭に、不意に“その”呪文が浮かんだ。





それが何の呪文かも分からない。


《知の部屋》の授業で習った魔法ではない。


魔法書に書いてあった呪文でもない。




けれどその呪文は確かにミアの頭に浮かび、唱えろと叫ぶのだ。





「――――オフネン・トーア……!」





首からぶら下がる母の形見の鍵をぎゅっと握り締め、ミアは唱えた。



突如轟音がとどろき、白い光がブルーノの魔力を吸い込み、円形に大きく拡大していく。――フィンゼルの獣を包み込むように。



光はどんどん大きくなっていき、そのあまりの眩しさにブルーノもテオも手で目を隠した。





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