使いの魔獣 ②


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昼休みも半分を過ぎた頃、養護教諭アブサロンから急に呼び出されたブルーノとテオは、授業で酷い怪我をした生徒の手術を行っている最中のアブサロンに、やって来て早々無茶なことを言われた。



「ミアを惑いの森から連れ戻してきてくれないかい?ぼくは今手が放せないんでね」



ベッドに横たわる生徒の傷を縫いながら、テオとブルーノの方を見ずに指示するアブサロン。唖然とするテオ。



「…………惑いの森!?」

「彼女には追跡魔法の種を施してある。いつも昼休みはぼくのところへ来るのに来ないから、少し居場所を探らせてもらった」



片方の口角をひくひくと引き攣らせるテオの隣で、僅かに動揺しながらもどう連れ戻すか思考を巡らせる冷静なブルーノがいた。



本来この学校の生徒は、惑いの森には近付くなと教育される。


攻撃的なゴーストや獰猛なユニコーンがいるだけでなく、森に気に入られたり、逆に嫌われたりすると、出られなくなる可能性があるからだ。


それこそ、入学して初めて担任と会う入学説明会では、必ず注意事項として全員に知らされる。


ミアはその入学説明会に参加していない。


知っていて教えるのを失念していた自分たちの責任だ。ブルーノはぎゅっと手を握り締めた。



自分を責めるブルーノとは反対にテオは、


(惑いの森と鉢合わせるとかどんだけ運悪ぃんだよ!?つーかあの雰囲気、近付いちゃいけねぇことくらい見りゃ分かんだろ!)


とツッコミを抑えきれずにいた。



テオも一度だけ、一年生の頃に惑いの森と遭遇したことがある。

話には聞いていたし、どこからどう見ても関わってはいけないオーラを醸していたため、テオの場合はすぐに逃げたのだ。というか、普通なら知らなくてもそうする。



テオはミアの危機察知能力の低さを嘆いた。



「種に記録されている最後の景色に映っていたのが、惑いの森の中の木々だよ。あの森は外の者に干渉されるのを嫌うから、追跡魔法はそこで妨害されてしまったけれどね」

「妨害されてるならどうしようもないんじゃないっスか……?どこにいるかもう分からないでしょ。惑いの森なんて探して見つかるモンじゃありませんよ。学者でも苦労するのに」

「森ごときがぼくの施した魔法に完全に打ち勝てると思うかい?」



そこでようやくテオたちの方を振り向いたアブサロンは、にやりと笑った。




「確かに、動かずにミアの現在地を把握することは不可能になったけれど、探せば見つかりやすいようにはしてあるよ。上空から目視すると種の位置だけ黒く映る。目が悪い魔法使いでも分かるくらい、大きくね。


――君たち、三限は空きコマだろう?」




君たちなら授業が一コマ終わるまでに探し出せるだろう?


という圧力を、二人は感じた。







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「クッソあのガキ、厄介事しか持ってきやがらねぇな……!」



ほうきに跨って空中を高速度で飛び抜けながら、テオは大声で悪態をついた。



ドゥンケルハイト・ウニヴェルズィテートがどれほど広いと思ってるんだ。



養護教諭アブサロンのおかげで上空から見れば目立つとはいえ、闇雲に敷地内の端から端まで探すのは時間的にも体力的にも限界がある。


それに、惑いの森は頻繁に移動するのだ。




ミアが無事なうちに見つけ出せるかどうかは完全に運次第、である。




ブルーノとテオは二手に分かれ、ひたすらに敷地内の上空を飛び回っていた。



探し始めて数十分――先にどす黒い闇の魔力の塊を見つけたのは、テオだ。


見つけたのは奇跡に近かった。



「あの悪質な感じのする魔力……アブサロン先生のに間違いないな」



使い魔が近くにいなかったため、たまたま上空を飛んでいたカラスに自分の位置をブルーノに渡すよう頼むと、テオは一気に高度を下げて地上へと向かう。


ブルーノの到着など待っていられない。


いつ惑いの森が移動するか分からないのだ。




――しかし、地上へ辿り着いても、森は存在しなかった。


ただ黒い塊だけが凄い速度で何もないところを移動している。



テオはほうきの速度をやや上げてその塊と並走しながら、状況を推測した。



(外からは干渉できねぇのか……?)



惑いの森に関してはまだはっきり分かっていない点が多い。

あくまでも仮説にはなるが、惑いの森をなかなか見つけられない理由として、“同じ位置に存在しながら目視できず、干渉もできない状態”の時間が多分にあるのではないかとテオは考えた。


ミアが今ここにいるはずであるのに接触できないこの状況が、惑いの森は見えるようになる時間の方が珍しく、そこに在りながら姿を潜めている可能性を濃くした。


外からはいつも通りの景色に見えるのに、そこには確かに森がある、とテオは解釈した。



(どうすりゃいいんだよ)



しかし、この仮説が正しければ、惑いの森とミアの位置が分かったところでどうしようもない。


どうしたら外部の人間にも姿を現してくれるのか、森の中へ入れるのか、干渉できるのか――発動条件が分からないことにはどうしようもない。



アブサロンの黒い魔力の塊に手を伸ばすが、魔力に触れることができただけで、何も変化はない。



先程から黒の塊が凄いスピードで移動していることが、テオを更に焦らせた。


ミアが何かを追っているか、逃げている。


シンプルに思考すれば後者。


森の中の状況はよろしくないようだ。



ミアの身に何かあったら、あのオーナーの命令に背いたことになる。



「っあー!クソ!」



頭をがしがし掻いたテオは、ほうきの上に仁王立ちした。バランス感覚のいる乗り方だが、テオはこれをよくする。





――ここに惑いの森があるなら、呼び出してしまえばいい。




テオの目付きが変わる。


内ポケットから銀色の指輪を取り出し、左手の薬指へと嵌める。


杖を使うほど局所的な魔法ではない。


この辺り一帯に、魔法をかける。



召喚魔法。


召喚する物やその物との距離によって難易度が大幅に変わる、場合によっては転移魔法と並ぶほど巨大な魔力やリスクを要する術だ。


成功するかは魔法使いの技量による、実力が現れやすい類の魔法。



――――テオは惑いの森を召喚しようとしていた。



距離は問題がないはずだ。


しかし惑いの森の広さや惑いの森からの反発を考えると、テオの肉体が無事でいられるかは怪しい。






だが。



「舐めんじゃねーよ」



テオは指輪にキスをして、空間に指を差す。


轟音がとどろき、熱を発して周囲を溶かしながら、その場になかったものが闇の力と共に現れ始める。



吹き飛ばされそうになるほどの熱風を浴びながら、大魔法使いテオは不気味に笑っていた。




フィンゼル魔法学校。


闇の魔法の国・レヒト最高峰の魔法学校。





「俺を誰だと思ってんの?その気になれば森くらいすぐ引きずり出せるっつーの」




――――その頂点に君臨する“オペラ”の幹部は伊達ではない。




内に秘められた膨大な魔力。

安定したコントロール。



惑いの森の召喚を無傷で行いきるほどには、テオは偉大な魔法使いだった。






すう、と息を大きく吸った後、




「ミアぁぁぁぁああああああ!!こっち来い!!」




深い森に向かってそう叫んだテオ。




中に入ってしまえば自分も惑う恐れがあるため、一旦は外から仕掛ける。



声が届いていることを祈りながら、森の様子を窺っていたテオの元に、ヒュオッと風を切るような音がしたかと思うと、ブルーノが降り立った。



「どういう状況だ?」

「さっすがブルーノ、早いな。今召喚魔法で森を召喚したとこだぜ」

「この規模の森をか?……馬鹿なことをする。どうなっても知らないからな」

「ほぼゼロ距離だったからできたんだよ。二度目はねぇな」





そう――召喚した森がまたどこかへ行く前に、ミアを回収しなければならない。





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