イーゼンブルク家 ③
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ミアが目を開けると、見慣れた白い天井と、普段より甘い魔法茶の香りがした。
ゆっくりと枕の上の頭を動かして横を見ると、隣のベッドには婦人のゴーストが眠っていた。
ということは、今は朝か昼間だろう。
ミアは上体を起こし、体の節々が筋肉痛のように痛むことに気付いた。肉体にはかなりの無理をさせてしまったようだ。
ベッドの脇にあるテーブルに、見舞いの花束が置かれていた。
“ 先日は、わたくしの捜索のため貴重なお時間をかけていただきまして誠にありがとうございました。おかげさまでわたくしも他の生徒たちも、体内への魔力の貯蓄にはもう少しかかるとはいえ、体の方はすっかり回復することができました。これもひとえに、ミア様のお力添えのおかげと、心から感謝申し上げます。最後になりましたが、ミア様は今回の件でかなり疲弊したかと思いますので、ゆっくりお休みください。今後もお身体にはお気をつけあそばせ。 ”
花束に付いていたメッセージカードを剥がし、首を傾げる。
(……誰だろ?)
内容からして行方不明になっていた生徒の一人だろう。そう思ってカードの裏を見たミアは、驚いたのちに微笑んだ。
――― “ あなたの友人 カトリナより ”
どうやらあの高飛車なご令嬢は、文面では酷く丁寧なようだ。
「おや。お目覚めかい」
魔法茶を片手に部屋の奥から出てきた養護教諭アブサロンが、ミアのベッドの隣の椅子に腰をかけた。
「何があったか覚えているかな?」
「うん。多分ブルーノが私をここまで運んでくれたんだよね?」
「その通り。正確にはブルーノだけでなく、大勢来ていたけれどね。みんなとても心配そうにしていたよ」
「石化されてた生徒たちは?アブサロン先生、ちゃんと治してくれたよね?」
「もちろん。まあ、治すと言っても石化さえ解除されていればあとは魔力の補給だけすればいいから、しばらく授業は休んで安静にって指示して帰したよ。一週間後また来てもらって、状態を見よう」
ミアは心底安堵したように溜め息を吐いた。
「ああ、そう。ミア、君はこれから正式にうちの生徒だからよろしく」
「……え?」
他愛も無い話をするかのような軽い口調で放たれた予期せぬ発言に、ミアは「え?」と思わずもう一度聞き返した。
「この学校には推薦枠というものがあってね。特別な功績を持つ魔法使いには入学試験が免除されるんだ。一般入試と違って良い成績を取り続けないとすぐ退学だけど、君ならそこまで大変でもないだろう。まあ、全教科で80点以下は取らないようにだけ気を付けてね」
「特別な功績……?」
思い当たる節がないとでも言いたげなミアを見て、アブサロンが可笑しそうに笑う。
「本当に分かってない?――君はフィンゼルの獣も、ミーズの魂も倒したんだよ?申し分ない功績だ。ぼくから学校長に推薦させてもらった」
「え?でも、私もうこの学校で名前広まっちゃってるし、今更入学資格をもらおうとしたらどういうことってなるんじゃ……」
「まあ、もちろん上の人間にはぼくが不正に正体不明の女子を生徒として入れてたってことがバレることになったけど。そもそも部外者の存在を許していた期間が少しでもあるだけで学校全体としての大問題だし、向こうも全力で隠そうとするだろうね。ミアに入学していいだけの実績があるのは事実だし、元からミアがここの正式な生徒だったってことにした方が向こうにとってもお得だよ。ハイ、これ、正式な学生証ね」
ふふっと悪戯っ子のように笑い、発行された“正式な”学生証をミアに手渡したアブサロンは、ミアの制服に入っていた偽の学生証を魔法で燃やした。
新しい学生証を受け取ったミアは、アブサロンの様子を窺うようにおそるおそる聞く。
「……それ、アブサロン先生にはお咎めなしなの?」
「え?ああ……まあ、ぼく昔から色々やっちゃってるからね。今回だけじゃない。いつものことかって感じじゃない?校長も諦めてるよ。周囲をすぐ困らせるって意味ではぼくとミアって同じタイプかもね」
「……まず、ありがとう。でも先生、そんなことしてたら敵増えちゃわない?」
有り難いがアブサロンの立場が心配になってきたミアである。
しかし、アブサロンは穏やかな声で恐ろしいことを言った。
「歯向かう奴は誰であろうと、黙らせればいい」
ミアとアブサロンとの間に沈黙が走った。
(……聞き間違いかな?)
アブサロンの発言がいつも優しく接してくれるアブサロンの自分の中のイメージからあまりにもかけ離れていたので、ミアは自分の耳が悪いことにして片付けた。
そして、しばらくして大切なことを思い出し、バッと優雅に魔法茶を飲んでいるアブサロンの方に向き直る。
「アブサロン先生……!私、思い出した!」
「うん?何をだい?」
「お母さんの名前!ソフィアっていうの」
「――――……」
アブサロンがほんの一瞬、動きを止めた。
しかしそれは本当に刹那のことで、自然にティーカップを口から離し、
「へえ。母親の名前だけ思い出すとは珍しいね」
と興味深そうに言う。
「魔法の靴を見た時、靴の柄が、昔お母さんが履いていた靴の柄だった。あの靴は見る者が最も美しいと感じる姿になるらしいから、多分私が人生で見てきた中で一番美しかった靴が、お母さんの履いていた靴だったんだと思う。そこから、多分子供の頃に見た光景が思い出されて……男の人と、お母さんがいて。男の人がお母さんのこと、ソフィアって呼んでた」
「そこがどこだったか分かるかい?」
「うーん、場所までは……」
ミアが必死に思い出そうと頭を押しながら唸るが、あの時思い出したのは霞がかった映像記憶と会話の声と内容のみで、やはりそれ以上の情報は得られない。
「少し思い出しただけでも大きな成長だよ。焦らずゆっくり思い出していけばいい」
アブサロンは優しくミアの頭を撫で、「ぼくはそろそろ職員会議があるから行くね。外傷はないし帰ってもいいけど、安静にしておくんだよ」と言って立ち上がった。
ミアは子供のように「はーい」と言ってベッドの下にある靴を履く。
余程早くブルーノたちに会いたいのかさっさと保健室を出ていくので、アブサロンの方が後になった。
職員会議に必要な書類を魔法で呼び寄せ廊下に出たアブサロンは、何か考え事をする顔つきになっている。
「……ソフィア、か」
アブサロンの呟きは、冷たい廊下の空気に紛れて消えていった。
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