行方不明 ②




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着替えを終え、シャワーも浴びて、カトリナから逃げている際にできた小さな傷も治癒魔法で治したミアは、準備室から出て、グラウンドの裏にある通路を歩いていた。



テオにドヤ顔することが楽しみすぎて鼻歌を歌うミアの視界に、見慣れた男が入ってきた。


褐色の肌とミルクチョコレート色の髪、眼鏡と黒手袋をした、色男という言葉がぴったりの色気溢れるその男。



「げっ」



思わず嫌そうな声をあげてしまったミアは、慌てて自分の口を手で押さえる。



「なんやその反応。バイト先の先輩が真っ先にお祝いしに出向いたんに、喜ばんのか」

「……嬉しいなあ……」



ミアの脳裏に蘇る、嫌というほどパシリにされこき使われたあの日々。


据わった目で思ってもないことを言ったミアの頬をスヴェンが片手で掴み、顔を上げさせる。



「笑えよ」

「ひっ!!」

「ぶ、っはは、ビビりすぎちゃう。今はいじめたりせんよ。君、勤務時間外やし」



いじめに来たんじゃないなら何しに来たんだ、とスヴェンに疑わしげな目を向けるミア。



「ネギは?」

「……粉々になった」



ミアは決闘ドゥエル前、カトリナの情報を集めて何度もイメージトレーニングをした。


本当は結界を張る予定などなかったのだ。他の魔法に魔力を使用していると、召喚魔法の精度が落ちる。できれば使いたくない手だった。


それでも使わざるを得なかったのは、カトリナが長ネギを破壊したからだった。



(あれだけ保護魔法をかけたのに)



やっぱりカトリナはすごい魔法使いだとミアは思った。



「へえ。記念に飾っときたかってんけどな」

「……バカにしてるでしょ」



ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくるスヴェンを睨むミア。



「馬鹿にしに来たなら帰って」

「ん~?それが外の新聞部退かしてくれた人に対する態度なん?」

「新聞部……?」

「このまま出たら君、“あの”新聞部の餌食やったで。あいつら取材始めたら夜まで逃がさんやろうし、魔法でテキトーに混乱させて別の場所に誘導しといた。感謝してほしいところやわ」

「新聞部が何で私に取材を?」

「それ本気で言うとる?君は今注目の的やで。魔獣使いとしてな」



伝説の魔獣を飼い慣らす一年生というだけでかなりのインパクトがある。ミアはそこをよく理解していないようだ。



「どこであのバケモン見つけたんか知らんけど、おかげでオペラとして僕も君から目ぇ離せんようになったわ」



ロッティのことを“バケモン”と言われたことが気に食わなかったのか、ミアの眉がぴくりと動く。



「どういう意味」

「見たところ、君は転移魔法であの魔獣を綺麗に仕舞っとる。でももし君の中を巡る魔力が不安定になったら?あれだけの図体の魔獣に対して召喚魔法と転移魔法を使う魔法使いはそうおらん。前例がない分何が起こるか分からんっちゅーのが正直なところや」



スヴェンはずいっとミアの顔に顔を近付け、不気味にもニコリと笑った。





「もしもあの魔獣が50年前と同じような事件起こしたら――君を殺してあれも殺す。よろしゅう」





囁くように、低く甘やかな声で脅しを口にする。


ミアはようやく分かった。この男は釘を刺しに来たのだと。




「ロッティは私の嫌がることはしないし、あなたに負けたりもしない」



淡々と反論したミアに対し、スヴェンが目を見開く。その態度は、【魔法使いの弟子】でのこき使われてビクビクした様子とは全く異なっていた。



「ふ、君ほんまにおもろいな。僕が誰だか分かってるん?」

「所属は知ってる。バイト先も」



ミアがスヴェンから決して目を逸らさずに答える。


ニヤニヤしながらじっとミアの目を見つめていたスヴェンが、ふと何かに気付いたように表情を変えた。



「……君、なんや?」

「え?」

「出自が視えん。ほんまにこの国の人間か?」

「っ――!」



「――何してんだ?」



スヴェンの核心を突いた質問に身動いだミアの背後から、聞き慣れた声がした。






「テオ!ブルーノ!」



ぱっと嬉しそうに顔を上げたミアが、スヴェンの傍を離れ二人の元へ走っていく。


緊張しすぎてもう限界だった。



走る途中で何もないところで躓き転けかけたミアを、ブルーノが抱きとめる。そしてそのまま少し警戒するような目でスヴェンの方に視線を上げた。



「何でスヴェンがここに……?」訝しげに質問を投げかけたのは隣のテオだ。



「それはこっちが聞きたいねんけど。その子知り合いなん?」



スヴェンがポケットに手を突っ込んで問い返す。



「知り合いっつーか……」

「何もしてないだろうな」



答え方に困るテオの隣で、まだミアを抱き締めているブルーノが少しきつい口調で聞いた。


一瞬きょとんとしたスヴェンは、少し考える素振りをした後、「あー、なるほど」と納得したように指差した。



「ブルーノのカノジョなんやね。その子」



え゛、とまさかの答えの導きに笑顔を引き攣らせるテオだったが、ブルーノは黙っている。否定するのが面倒なのだろう。



「安心しぃ、別に危ないことは一個もしてへんから。ただバイト先の後輩やし、お祝いの言葉くらい言お思たんよ」


「はァ!?」



テオが驚いた顔をした後、ぎろりとミアを睨む。


聞 い て な い ぞ ? という圧を込めて。



ミアはテオから目を逸らし、自分の身を守るかのようにぎゅっとブルーノを抱き締める手を強くする。


別に隠していたわけではない。バイト先が【魔法使いの弟子】であることまでは伝えていなかっただけだ。



「ま、ブルーノが見とってくれるんやったら関係ないか。下手に魔法使える初心者は暴走しやすいから気ぃつけや。ほな」



ひらひらと黒手袋をつけた手を振り、先に外へ出ていくスヴェン。


残された三人はその後ろ姿が見えなくなるまで、警戒するようにその体勢のまま固まっていた。



そして本当に三人きりになった時、ミアがブルーノから離れて笑顔で言った。



「ブルーノ!勝ったよ!」

「いや俺はどうした」



ブルーノにだけ報告するミアにすかさずツっこむテオ。



「ああ。見ていた。よく頑張ったな」

「え?俺いない方がいい空気?」



ブルーノは今日まで熱心にミアの魔法の訓練に付き合っていた。いわば師匠と弟子の関係だ。ミアがドゥエルに勝った喜びはテオよりも大きいだろう。


謎の疎外感に唇を尖らせるテオ。すると、ミアがようやくテオを見た。



「テオも、なんだかんだ見に来てくれてありがとうね」

「いや、オペラは見に行くの義務だしな……」

「私に勝ってほしくなかったでしょ」

「そりゃ、お前の立場とか考えたら……」

「見逃してくれてありがとう」



テオはニコニコ上機嫌に笑っているミアを見て、がしがしと頭を掻く。



「勝ってほしくなかったんじゃねえよ。勝つと思ってなかった。……すげえよ、お前。認めたくねえけど」

「ほ、褒めた!テオが私のこと褒めた……!」

「うるせえ!褒めてねーよバーカ!それよりスヴェンだ!迂闊にオペラ幹部に近付くな!」

「え?オペラ幹部?知らないよ、ブルーノとテオ以外は」

「スヴェンだよ!!4年のオペラ幹部の一人! 『土』を司る精霊ノームに最も愛されてる男だ!」



…………え? とスヴェンの顔を頭に思い浮かべ、衝撃の事実に動けなくなるミア。


ずっと一緒に働いていたが、そこまで強い魔法使いだとは思っていなかったのだ。



「オペラ幹部にお前が部外者だってことがバレたら俺らもお前も無事じゃねーよ。オペラは取り締まる立場だからな。できれば関わってほしくなかった相手だ」



先程スヴェンに言われた言葉が蘇ってきて、ミアの血の気がさーっと引く。



「どうしよう……」

「大丈夫だ。お前は俺が守る」



今更ガタガタ震えながら動揺するミアを落ち着かせるようにブルーノが言う。


よくそんな恥ずかしいこと言えるな……と何故かテオが顔を赤らめた。




(今からでもバイト先変えた方がいいかな。……でもあれだけ給料いいとこ他にないし)


ミアは考え込んでしまう。



スヴェンにこき使われる日々だったが、あそこで働いていたおかげで魔法学生証への入金を可能にするだけの金額は稼げた。


魔法剣を買えるほどではなかったにせよ、学園内で働くなら一番いい店だ。


まかないもあればオーナーも優しい。この学園で暮らすようになって、ミアが唯一おいしいと感じるのはブルーノの手料理と【魔法使いの弟子】の軽食だけだ。



「『土』を司る精霊ノームに最も愛されてるってどういうことなの?」



ミアがテオに聞く。



「精霊は本来選り好みをしない。ただ土の精ノームは別だ。百年に一度この地にいる誰かを気に入り、魔力を惜しみなく与え、地中奥深くに隠された秘宝の番人を任せる。その力を見込んで、この国では王政の時代からずっと、ノームに気に入られた人間に国の重要な書物や宝の保護も任せてんだよ。スヴェンにはそれだけの魔力がある」

「ふうん……何にせよすごく強い魔法使いで、国家レベルの地位や権利もあるってわけね」



ふむふむとミアが頷いた。



シフトが被った日には共に働き一緒にまかないを食べるような関係であるにも関わらず、そういえば互いに軽い自己紹介しかしていない。


意外と私ってあの人のこと知らないな、指導の仕方が怖すぎて知りたいとも思わなかったし……とミアは思う。



「まぁ、バイト先でちょっと話す程度の関係だし、多分大丈夫な気がしてきたよ」

「楽観的すぎるだろ……」





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