行方不明
王政廃止後、王族は魔法軍によって殺害されたが、王族の血を引く家系の中でイーゼンブルク家だけが残された。
イーゼンブルク家では代々強力な魔法使いが生まれる。
事実イーゼンブルク家に生まれた者は、どの人間も立派な魔法使いとなり国に貢献していた。
魔法を利用して莫大な富も手にしていた。
イーゼンブルク家の血が国益になると判断した魔法軍は、彼らだけを残したのだ。
カトリナにとってイーゼンブルク家は誇りだった。
イザベルにとってイーゼンブルク家は足枷だった。
イザベルはドゥンケルハイト・ウニヴェルズィテートに入学すると同時に、イーゼンブルク家には帰らなくなった。
対してカトリナはイーゼンブルク家という名を大切にし、イーゼンブルク家に恥じない人間になろうと生きてきた。
イザベルにとって苦痛でしかなかった家の名を背負う生き方を、カトリナは自主的にしていたのだ。
「どうして家に帰りませんの?お父様もお母様も叔母様も、お姉様に会いたがっていますわ」
入学後、カトリナはポケットに手を突っ込んで怠そうに立っているイザベルに問いかけた。
イザベルは大事にしろと言われていた灰色の髪をばっさりと切り、耳にピアスをつけ制服もはだけさせており、家を出る前とは別人のようだった。
「それに、なんですのその格好は!イーゼンブルク家の名に傷がついたら――」
「あたしとアンタは違う」
カトリナはそう言い放って自分を通り過ぎていったイザベルの冷たい目を毎晩思い出す。
イーゼンブルク家が嫌いなイザベルにとって、同じ学校に入学してきたカトリナはできるだけ関わり合いたくない存在に他ならなかった。
カトリナはその態度にショックを受けた。
イザベルもカトリナも魔法学で忙しく、姉妹とはいえ幼い頃からお互いあまり会話をしたことのない遠い存在だった。
カトリナはずっと姉であるイザベルと姉妹らしくなりたいと思っていた。同じ学校に入学すれば仲良くなれるに違いないと思っていた。
けれど、イザベルはカトリナを拒絶した。
(わたくしが、まだ未熟だから)
イザベルは自分をイーゼンブルク家の人間と認めていないのだと思ったカトリナは、元々できていた勉強に更に力を入れ、日々励んだ。
「ああああああああああああ!!!!」
カトリナがロッティの放つ膨大な闇の魔力の気にやられて鼻血を垂らしながら、ロッティに何度も斬りかかる。
攻撃は当たっているはずであるのに手応えがない。さすがは、この国に名を残す危険な魔獣だ。
オオーーーーンとロッティが吠える。そのあまりの迫力に、会場中の人間の身体にビリビリと体が張るような痛みが走る。
しかしカトリナは怯まない。
ロッティが繰り出す水魔法に対し、水魔法で同等に張り合っている。
互いの出した水の塊が激しくぶつかり合い、水しぶきを上げる。
少し油断して力を抜けば、体中がズタズタにされそうなほどの勢いの水圧だ。
カトリナはいつの間にか魔法剣を捨てていた。
杖ひとつでロッティと向き合い、己の持つ全ての魔力を集中させ、ロッティを倒そうとしている。
しかしその時、カトリナの後ろから、くすりと笑う音がした。
「敵は私でしょ?よそ見しないで」
「っ――!!」
カトリナの背後で、結界の中で大人しくしていたはずのミアが魔法の杖の矛先をカトリナに向けている。
ロッティに全魔力を集中させているカトリナは、ミアの攻撃に対し防御魔法で対応することができない。
「ブラーゼン!」
ミアの放った風魔法の勢いにより、カトリナは場外へと吹き飛ばされた。
『カトリナ選手、退場です』
ミアの勝利を告げるアナウンスが鳴り響く。
カトリナは咄嗟にぶつかる衝撃を抑えたものの、観客席の椅子に背中を強打し動けずにいた。
「ありがとう、ロッティ」
ミアがロッティの頭を撫で、頬を擦り合わせる。
くーん、と先程までの恐ろしいオーラとは一変、可愛らしいペットのような鳴き声を上げるロッティに、会場中が困惑していた。
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:
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テオが隣のブルーノを睨む。
「召喚魔法なんかこの場で使わせたら嫌でも注目されるぞ。分かってんだろうな?」
「勝つためには手段を選ぶべきじゃない」
「こんなとこで負けず嫌い発揮してんじゃねぇよ」
実はこいつ案外常識的じゃねえんだよな、と頭を抱えるテオ。
召喚魔法を完璧に使いこなす、ウニヴェルズィテートの獣を飼い慣らしている一年生。そのうえ、イーゼンブルク家のカトリナにドゥエルで勝利した。
今後注目の的にならないはずがない。
ドゥエルに出る時点で注目は避けられない事態だとは思っていたが、テオが想定していたのとは注目の度合いが違う。
新聞部だって調査を開始するだろう。
「すぐにバレるぞ、不可解な点があるって」
「そうならないように俺が守る」
「まあ、そりゃバレたら困るの俺たちだもんな……」
ミアがドゥエルに出るという話が出た時点で、テオも魔法である程度の情報操作をするつもりではいた。しかしこれは、思ったよりも負担がかかりそうだ。
「あいつをこの学校に居させるために、だ」
テオが一瞬、黙った。ブルーノのこの発言に対し何か思うところがあったのだろう。
「……なんでそんな、あいつがこの学校に生徒として在籍してることに協力的なんだ?あいつ元々この学校の生徒じゃねえだろ」
「あいつの魔法使いとしての才能はこの学校にいる生徒たちに匹敵する。」
「お前がどう思おうとあいつは部外者だ。正式な試験をクリアしてきたわけじゃねえ。それを積極的に認めるのはここに入学するために努力してきた全校生徒に失礼だ」
正直、テオはミアが勝つとは思っていなかった。
ミアが強制的に停学になればそれはそれで好都合だと考えていたのだ。
そして、いくらブルーノがミアの魔法の練習に付き合っているとはいえ、ブルーノも同じ考えなのだと思っていた。
「……妹ができた、みたいに思ってんじゃねーだろうな?」
「……」
「入れ込みすぎるな。あいつは――お前が殺した妹とは違う」
ピリ、と空気が張り詰めた。
一瞬にしてブルーノの目が冷たくなり、場を凍らせるほど冷たい風が吹く。
しかしテオは目を逸らさず、ブルーノの間違いを正すような目で睨み返した。
(…………。)
その二人の様子を横目で見ているドロテー。
聞こえていないはずだが、果たしてどうか。
いつの間にか、スヴェンは特別席から退席している。
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