空が光った日 ②
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フィンゼル魔法学校の大食堂。
魂を宿した火の粉が飛び交い、食事をする生徒たちを明るく照らしている。
大食堂では生徒の証としての制服の着用が義務付けられているため、ミアは保健室に置いてあったサイズの合わない制服をアブサロンから借りてゲートをくぐった。
とりあえずはミアの腹を満たすように頼まれたブルーノとテオは、正体不明のこの少女を連れて空いていた端っこのテーブルに腰をかける。
妖精たちが食事を運んでいるのを物珍しそうに見ているミア。テオはその様子をじっと見ていた。
暗い金髪と明るい茶色の瞳。小顔で色が白く、幼い顔立ちをしている。動かなければ人形のようだ。
カワイーじゃん、と多少の下心を抱きつつ質問をする。
「お前さ、何だったら覚えてんの?」
ここの生徒ではないとはいえ、何の手掛かりもなければ帰しようがない。
少しでも情報を引き出そうとするテオだったが、ミアが口にしたのはあまり役に立たない情報だった。
「……名前がミアなこと」
「それだけかよ」
どうしようもねぇな、とテオは頭を掻く。
「フィンゼルに飛ばされる前どこに居たかも覚えてないのか?」
「フィンゼル……?」
ブルーノの出した単語を不可解そうに反芻しようとしたミアに、テオが説明を加える。
「フィンゼル魔法学校。ここの名前だよ。国内最高峰の魔法学校だし、知らねーヤツいねぇと思うんだけど」
「魔法……。」
「あ、そうだ、お前何か魔法使えたりしねぇの?出身地によって特殊な魔法使う奴もいっからさ。そこから特定できるかもしんねぇ」
ミアは首からぶらさがった鍵をきゅっと握った。先程から彼女がたまに行っている動作だった。どうやら不安を感じると鍵を握る癖があるらしい――とブルーノは推測する。
「……魔法なんて使わない」
「あ?」
「私がいたのは、こんなに暗くなくて、時計も12時までしかなくて、“太陽”が昇ってて、魔法なんて誰も使えないところ」
テオがぽかんとした。大食堂の壁にある時計の短針は、“XIII”という数字を指している。
「……タイヨウ?」
「どうして太陽が分からないの?私たちになくてはならない恒星なのに。ここは――……一体何?」
妖精が籠に入れた食事を持ってくる。が、とてもそれに手を付けられる空気ではなかった。
テオは内心、わけの分からないことを言って怯えた顔をするミアが頭のおかしな子なのではないかと疑った。
その直後、テオの正面、ミアの隣にいるブルーノがぽつりと問う。
「太陽系の話をしているのか?」
「あ?太陽系?」
ミアよりも先に眉を寄せ反応したのはテオである。
「おとぎ話だろ。太陽系なんて」
「……だな。この子は一時的に記憶が混乱しているんだろう」
言ってみただけだ、と言って背凭れに背を預けるブルーノ。
そんな二人を、ミアはそれ以上何も言わずにじっと見ていた。
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大食堂を出ると、使い魔がブルーノの元へ手紙を運んできた。
メモ書き程度の短さの手紙に目を通したブルーノは、魔法で手紙を燃やしてから、テオとミアの方を振り向く。
「アブサロン先生からだ。しばらくその子を俺たちが預かれと」
学年のツートップのみが泊まるために作られた豪勢な部屋に、正体の分からない女を泊めるなど、口煩い指導教員に見つかればどうなるか分からない。
しかし長期休み中に学内で行われた魔法大会による負傷者は多く、今は保健室のベッドに空きがないとアブサロンは言うのだ。
治安部隊に引き渡すべきだというのがブルーノの考えであるため、アブサロンの提案は彼にとって厄介なものでしかなかった。
「ま、俺たちの仕事みたいなもんだから仕方ないだろ。んな顔すんなって」
「仕事?」
それまで黙っていたミアが、テオの“仕事”というワードに反応して顔を上げる。
「この学園の生徒じゃねーなら関係ねぇ話だけどな。オペラっつーのがあって……まぁ、一言で言えば学園内の治安維持グループだよ。伝統的に3年、4年、5年のツートップ合わせて6人で活動してる」
ミアの落下も学園内で起きたことだ。
事件性のありそうな事柄であれば、オペラが担当しても不自然ではない。
便利屋として扱われている感は否めないが、そう考えれば飲み込める話であった。
「俺たちはオペラの役割を担っている間、学園内で大きな問題が起きたら困る。起きたとしても対処しなきゃなんねえ。じゃねぇとツートップのみが受けられる試験を受ける資格が――」
「テオ。余計なことをベラベラ喋るな」
何でも教えようとするテオを、ブルーノが制止する。
「いや、これくらいなら外部の人間も知ってる話だろ」
「その子には今必要のない話だ」
「いやまぁ、そうだけどよ……」
――ブルーノはピリピリしていた。
その理由は、先程から感じる嫌な魔力の気配。
ブルーノとしても食事中は気のせいとして片付けていたが、その気配は時間が経つにつれて強くなっている。
(……偶然か?)
ブルーノはミアの顔を盗み見た。
嫌な魔力を感じ始めたのは食堂に着いたあたりからだ。ミアが降ってきてからではない。この気配の原因がミアだと考えるのは早計だ。
しかし自分の周りでいつもと違うことと言えば、この謎の少女がいること以外に思い浮かばない。
「じゃ、俺魔法史のレポートやってくっから」
テオの能天気な言葉で不意に集中が途切れ、ブルーノは顔を上げた。
「……ちょっと待て。やらないつもりなんじゃなかったのか」
「さすがに全くやってねえのはやべーだろ。途中までやって出す」
じゃあな、と左手をポケットに入れたまま、右手を軽くひらひらと振ってその場を離れるテオ。怪しいと思っている人間と急に二人にされたブルーノは、はぁと浅い溜め息を吐いて髪をかき上げた。
怪しい人間でなくとも、ブルーノに若い女と二人で会話をする機会など、二年次のオペラ見習いの研修期間以外ではあまりなかった。何を喋ればいいか分からないというのが正直なところだ。
しかし自分が無言でいれば怯えさせてしまうという自覚のあるブルーノは、ミアと二人で廊下を歩きながら、無難にふと目に留まった事柄について言及する。
「その鍵はどこの鍵だ?」
ミアの首にぶらさがるネックレスに繋がった鍵を手で掬い、成分分析魔法を発動させまじまじと見つめる。珍しい色味だと最初から思っていた。
「この国ではあまり見ない類の金属だ。家の鍵なら、ここからお前のアドレスを特定できるかもしれない」
「これは家の鍵じゃない。母の形見」
ブルーノはぎくりと動きを止める。触れてはならない部分に触れてしまった、と反省し、鍵から手を放した。
「……それより、すごく今更なことを聞いていい?」
ミアの澄んだ茶色の瞳がブルーノを見上げる。
ブルーノはミアのことを、人と話す時にしっかりと相手の目を見る女だと思った。
「魔法って何?」
そういえば、この女は魔法の概念すらも忘れているのだった。
ブルーノは辺りを見回し、中庭にあるベンチが空いているのを確認した。
「そこに座るか」
これは、話が長くなりそうである。
外灯の炎に照らされた中庭では、国花である
中央を流れる川のほとりでは、水妖であるウィンディーネやローレライが水を飲んでいた。
二人がベンチに腰を掛けると、その音に驚いたウンディーネが川の中へ逃げていく。
「魔法は誰しもが持っている、魔力を利用して発動させる術だ。魔法には大きく国民性が出る。俺たちの国レヒトの民の基本的な属性は、闇だ。逆に、海を渡って向こう側にある隣国リンクスは光の魔力を主軸として魔法を発動させる。」
離島には魔力を持たない人間が多いが、この国の本土の人間のほとんどは通常魔力を持って生まれる。
一説では、この世界に魔力を生み出している精霊たちが離島にはいないためと言われている。
本土の人間たちは精霊の吐き出した魔力を体内に取り込み生きていく。
全ての魔法の礎となる、魔力を取り込むうえでまず最初に必ず持っていなければならないのは、《光の魔力》か《闇の魔力》のどちらかだ。
人々は生後数か月のうちにそのどちらかを取り込み、次に、大地に溢れる多種類の魔力を成長するにつれて取り込んでいく。
レヒトの国にのみ闇の精霊が、リンクスの国にのみ光の精霊が存在する。
故に、レヒトの国の中心は闇魔法に、リンクスの国の中心は光魔法となった。
「魔法の種類は豊富だ。分別するなら火の魔法、水の魔法、氷の魔法、風の魔法、雷の魔法、月の魔法、雪の魔法、花の魔法……目的で分けるなら攻撃魔法や防御魔法、召喚魔法などという言い方をする。テオの言っていた通り、出身地によって特殊な魔法を使う魔法使いも存在する。スポーツと同じで、魔法使いによって得手不得手もある」
ミアはブルーノの説明に耳を傾けながら、一面に咲く黒色の花に目を奪われていた。この学園、ドゥンケルハイト・ウニヴェルズィテートの中庭は、毒の花の名所として国内でも有名な場所だ。今はもう枯れかけているが、満開の時期にはこの中庭だけが開放され、多くの観光客を招くほどである。
「……やっぱり、説明を聞いても思い出せない」
魔力を誰もが持っていて、魔法が身近なものだったなら、自分も使っていなかったはずがないのだ。自分の記憶は何か変だ――険しい表情をしたミアは、ふと思いついたかのようにブルーノを見上げる。
「見せてくれない?魔法を。見れば思い出すかもしれない」
なるほどと思ったブルーノは立ち上がり、マントから杖を取り出して軽く先端を回した。
すると、黒い靄のようなものがくるくると旋回して風を起こし、毒の花の花弁を規則的に舞い上げていく。
この学園の入学試験でも頻出の、基礎的な風の魔法だ。
「――すごい」
頬を紅潮させ、感嘆するミア。その口元は緩み、初めてブルーノに笑顔を見せた。
「素敵な力だと思う。やっぱり思い出せないけど、私魔法が好き」
ブルーノにとって、この力をここまで純粋に肯定されたのは久しぶりだった。
離島で魔力を持って生まれたブルーノはかなりのマイノリティだったのだ。
島の人間に忌み嫌われていたブルーノにとって、自分の魔法にこれほど好意を示す人間は珍しいように感じられた。
「…………そうか」
顔には出ないが、多少嬉しく思ったブルーノは、それ以外何も言わず、杖を下ろしてまた腰をかけた。
二人の間に静かな時間が流れる。
心地良いと思ったのはブルーノの方だった。
――――一方その頃、魔法省では。
定例会議中、機嫌よくサインをしていた統率者エグモントが、ふと万年筆を走らせる手を止めた。
周りはその様子の変化に怯え、顔を見合わせる。
「ど、どうなさいましたか、エグモント様」
「――――いや」
撃墜したはずの侵入者の気配が、消えないどころかどこかで僅かに動いたのを感じたのだ。
少し考える素振りを見せたエグモントは、ふ、と少しの面白みを感じているかのように、口元だけで笑った。その微笑は冷たく美しく、周囲をほうっとさせる。
「この僕の一撃を受けてまだ生きているとは、興味深いですね。しかし野放しにはできません」
エグモントがすっと手を上げると、空中に毒の花の紋様が浮かんだ。
「侵入者の体のどこかにはこの印が刻まれたはずです。死なない限り消えない印が。探して殺してください」
言っている内容の割にはあっさりとしたその指示を聞くやいなや、家来たちが動き出す。エグモントのご命令とあらば、一分一秒でも早く遂行しなければならない。
「鬼ごっこをしましょう、侵入者さん」
椅子の背もたれに背を預け、豪華な天井を見上げたエグモントは、クスクスと楽しげに笑った。
「楽しませてくださいね」
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