異例のコンビ
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ミアは、授業が終われば新聞部の生徒たちに問い詰められる日々を送っている。
新聞部に限らずミアのことが気になった生徒たちがバイト先にまで来るので【魔法使いの弟子】は大賑わいだ。沢山儲かり、オーナーが嬉しそうにしている。
オーナーの肌の艶と反比例するようにミアはげっそりと元気を失っていった。
最初の頃、フィンゼルの獣が現れたことは学園内でかなりの問題になった。職員会議の議題はそれで持ち切りだったほどだ。
生徒たちはミアが悪魔の手先だと噂し、とても警戒していた。
その誤解を解いたのは新聞部である。
彼らはミアに徹底的な取材をし、ミアが惑いの森に迷い込んだことも、そこでウニヴェルズィテートの獣を見つけ封じたことも聞き出し、学内新聞で大見出しにした。
おかげでミアは悪魔の手先からウニヴェルズィテートの獣を封印した英雄となり、すれ違えば挨拶されるようになった。
それだけ聞けば新聞部はミアにとって良いことをしているのだが――問題なのは、その執念がストーカーレベルであることだ。
ある日、用を足しながらふと上を見ると、新聞部の部員が天井に貼り付いてミアを見つめていた。
ミアはそのような恐怖体験をして――――
「勘弁してえええええ!!」
――ついに叫んで逃げ出した。
「どこだ!!」
「あっちに逃げたぞ!!」
「追え!!」
魔法を使ってまでミアを追跡する新聞部たちから、ミアも魔法を使って透明になったり空を飛んだりして何とか逃げ出した。
「っはあ、はあ……」
中庭の木影から新聞部の生徒たちが通り過ぎていったことを確認し、なんとか息を整える。
木の根元に背中を預けて座り込み、休憩するミア。
最近、ずっとこの調子だ。心休まる暇がない。
川の中で遊んでいる水妖ウィンディーネやローレライの様子を眺めながら、しばらくそこで休むことにした。
不意にふわりと良い香りがしたかと思えば、テオの使い魔がミアの周りをくるくると飛び回っていた。
「……こんにちは。なあに?」
使い魔に挨拶すると、使い魔が一枚の映像紙を取り出した。
映像紙が空中に浮かび、ピンと開かれる。
そしてそこに、今授業が終わったらしいテオとブルーノの映像が映った。
廊下を歩きながらミアに迎えの連絡を入れようと思ったらしい。
『よっ。今どこいんの?』
「テオぉぉぉぉ……」
『うわっめっちゃ疲れてんじゃん』
「新聞部怖いよおおおおお」
『だから俺が傍につくと言ってるだろ』
『お前がミアの近くにずっといたら余計話題になるだろうが。やめろよ』
新聞部を追い払うため、ブルーノはできるだけミアの傍にいることを提案しているのだが、それはテオが止めている。
『記事にされる前に全員黙らせればいい』
『モンペかよ……。あ、つーかミア、隠れてるなら下手に動くなよ。俺らが迎えに行くから』
「はあい……」
映像紙の映像がぷつんと消え、使い魔がそれを回収して飛び去っていく。
新聞部からミアに仕掛けられた追跡魔法はブルーノとテオが解除し、代わりにミアにはブルーノとテオにのみミアの居場所が分かるような魔法がかかっている。
人が同じ話題にずっと熱中しているということはない。こんな生活ももうすぐ終わるだろう、もう少しの辛抱だとミアは自分を励ました。
(まぁ、元はと言えば私がドゥエルに参加したのが悪いし……。ていうか、この杖どうしよう)
ミアの手元には、ドゥエル前に見知らぬ男子生徒から借りた杖がまだある。
とても使いやすかったし、この杖があったからこそ魔法の上達が早かったと言ってもいい。
そういえば、あの男子生徒と出会ったのもこの中庭だったな、とミアは顔を上げて中庭に美しく咲き誇る
名前を聞くことすら忘れていたため、ドゥエルが終わった今もまだ返すことができていない。
(探索魔法、勉強してみようかな)
同じ学校なのだから探さなくてもそのうちまた会えるなどと甘いことを考えていたが、国内最高峰の魔法学校は敷地が広いうえ生徒数も多く、とても偶然に頼ってどうにかなる規模ではなかった。
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「『イーゼンブルク家の次女失踪。魔法の靴が関係か』……よーしよし、今日の学内新聞の大見出しはミアじゃないな」
男子寮の最上階に着くと、いつものようにテオとブルーノ、ミアは部屋に届いている学内新聞をチェックした。
記事の中で、ミアの話題は少しずつ小さくなっている。生徒たちがミアの噂に飽きるのも時間の問題だろう。
ブルーノはキッチンの小物周辺で遊び回る悪戯好きのピクシーたちを払い、砂糖を手に取ってお菓子を作り始めた。
キッチン近くのテーブル周りにいるテオとミアは、学内新聞を見ながら会話を続ける。
「カトリナは今日も授業に来なかったのか?」
「うん。私が知る限り一度も授業を休んだことなかったはずなんだけど……ドゥエルが終わってからは一度も顔を見てない」
「は、ミアに負けてプライドへし折られてメソメソしてんじゃね?」
「たとえそうだとしても1日で立ち直って噛み付いてきそうな子だよ。7日も引きこもるなんて変」
ミアもカトリナ信者のクラスメイトたちも、朝の出席確認の時間になるとカトリナの席をチラ見し、来ていないことに溜め息を吐く日々だ。
学内新聞によると、寮の部屋にいるカトリナのルームメイトもカトリナが帰ってきていないと言っているらしい。
寮に帰っていないとなるとどこに居るのか。
フィンゼルは闇の魔法学校だ。
生徒思いのゴーストや妖精たちに守られているため夜でも校舎内や寮内は安全だが、外となると話は別である。
夜は闇の魔法の力で生み出された魔獣や、危険なゴーストたちが動き出す。
そんな中カトリナが一人でいるとしたら――。
ミアは良くない想像をしてしまい、ぎゅっと拳を握った。
「新聞部も新聞部で、調べるならもっと真面目に調べてくれたらいいのに。魔法の靴って七不思議なんでしょ?そんなオカルトじゃなくて、もっと現実的な……」
「うーん、ただのオカルトとも言い切れねえんだよな」
「……どういうこと?」
ミアが訝しげに問うと、テオはピクシーたちが悪戯で撒き散らした古いコインを指で弾きながら話し始める。
「この学園の創設者のクソつえー魔法使いには、かつて奥さんが七人いた」
「七人も?クソつえー魔法使いだったらそんなことになるの?」
「まあ、クソつえー魔法使いっつか、当時の国王なんだけど。そいつは魔王って呼ばれてて、どの奥さんもこれまたクソ強くて魔女って呼ばれてた。魔王は身分に関係なく、魔法使いとして優秀な才女を好んだって話だ」
「ふうん……?」
「魔王は愛した魔女たちの死後、その魂を、自分の創立したこの場所に眠らせた。この、フィンゼル魔法学校に」
テオが声を潜めて言う。この事実は正式には公表されておらず、あまり大きな声で言う事柄ではない。
「その一人である魔女セオドラ。そいつのマジックアイテムは靴だ」
「……やっぱりオカルトじゃん。何百年も前に死んだ人の魂が今になって生徒に影響を与えてるって言いたいんでしょ?」
セオドラの魂が靴を利用して生徒たちを蝕み、生徒たちの生命力で復活しようとしている――もしも魔法の靴が実在するとするならば、それがテオの考えだった。
最初はテオもただの七不思議だと相手にしていなかった。しかし実際オペラにも行方不明者の捜索依頼や魔法の靴の目撃情報が数件舞い込んできているだけでなく、以前にも魔女に繋がる事件はあったのだ。
「新聞部はああ見えて根も葉もないことは言わない。あそこの部長はこの学園で唯一予知魔法を使える魔法使いだし、何か確信があるから記事にしてると俺は思う」
その時ブルーノが作っていたお菓子が完成し、テオもミアもそれを大喜びで食べ始め、魔法の靴の話はそこで終わった。
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次の日授業へ行くと、クラスメイトたちがやけにチラチラとミアの方を見ていた。
一限目も、二限目も、三限目も……休み時間もヒソヒソと話しながらチラ見してくるため、ミアは可笑しいなと思って首を傾げた。
ドゥエルで勝利した後の数日はこんな感じだったにせよ、最近は落ち着いていたのに。
そして五限の魔法薬学の授業が終わり、新聞部から隠れるため早めに薬学室から出ようとしたミアの前に、クラスメイトたちが立ちはだかった。
(集団リンチ!?)
その表情があまりに険しく、ミアは身構えた。見たところ、カトリナの熱心な信者たちのようであるし、何か嫌がらせをしにきたのかもしれない。
「……」
「……」
「……」
「…………な、なに?」
立ちはだかっているわりには何も言ってこない信者たちにおそるおそる質問を投げかけたのはミアの方だった。
「……カトリナ様を」
ぼそり、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で先頭にいる信者が言う。
「カトリナ様を、一緒に探して」
「……へ?」
「貴女だったらできるでしょう!?貴女ほどの魔法使いなら!」
「そうよ!貴女は曲がりなりにもカトリナ様に勝ったのだから!」
すごい勢いで顔を近付けてくる信者たちに、ミアはぽかんとしてしまった。
カトリナに敵対する人間として、彼女たちはミアのことを嫌っていたはずだ。
それがこんな頼み事をしてくるなんて――余程、追い詰められているのだろう。
(なんだ)
一見カトリナの家柄や地位に媚びへつらっているだけと見せかけた信者たちは、今きちんとカトリナのことを心配しているのだ。
くすりと笑ったミアに、信者たちは「な、なによ」と怯む。
「いいよ。一緒に探そう」
ミアは先程の授業中、与えられた課題が終わって余った時間に取り組んでいた探索魔法の教科書を取り出した。
「私に相談してきたってことは、ただ闇雲に探しても見つからなかったってことだよね?簡単な探索魔法を習得すれば、少しは手掛かりが掴めるかもしれない。一緒に勉強しよう」
信者たちが驚いたように顔を見合わせる。
「でも探索魔法は4年生で習う魔法よ。魔力はそこまで必要ないけど、覚えることがすごく多いし、呪文だって長いし……」
「え?できないと思ってるの?」
「……え?」
「知力を重んじる《知の部屋》の生徒がこんなに集まってれば、何年生の勉強だって難しくないと思わない?」
――――……“お勉強”は得意でしょう?他のクラスよりも、絶対に。
ミアにあるのは、《知の部屋》の生徒たちに対する、圧倒的な信頼だった。
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