決闘
「~~~~っおいしい!ブルーノ天才!!」
ガーリックトーストと目玉焼きとサラダ、スープに、専用の鍋で作ったあつあつのチャイティーラテ。
荒廃したレヒトの国では作物が育たないため、その材料のほとんどが自然ではなく魔法で作られたものだ。
見た目は同じでも、ミアの記憶にある“地球”の料理より味が落ちるはずなのだが――ブルーノの作った朝食は味付けが凝られていてとても美味しい。
久しぶりに満足のいく食事ができたミアは、作ったブルーノを褒め称えた。ブルーノは少し照れている。
ブルーノのご飯を驚くべきスピードでぺろりと平らげ、長い髪を大きなリボンで一つに纏めたミアは、ドアの前で靴を履いてブルーノを振り返った。
朝が苦手なテオはまだ寝ている。
「怖くないか?」
「……何が?」
「記憶をなくす以前にどれだけ魔法を使っていたか知らないが、記憶を失ってからのお前はまだ魔法を使い始めて間もない初心者だ。それがあのカトリナを相手にする」
ブルーノが言いたいことを理解したミアは、にこっと強気に笑ってみせた。
「この日のためにブルーノと魔法の練習してたんだよ。力試しにはちょうどいいでしょ?」
ブルーノはその返事に呆気にとられたような顔をし、その数秒後、ふっと苦笑する。
「頑張ってこい。お前ならできる」
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主に魔法体術の授業に利用されている大きな芝生のグラウンドの周囲には、ぐるりと囲むようにして観客席が並んでいる。
ドゥエルの時間は全講義が休講だ。観戦するかしないかは自由のため、グラウンドには向かわず休憩する生徒ももちろんいるが、今回はいつもよりも集まりがいい。
イーゼンブルク家のカトリナのドゥエルであるからだろう。
観客席の中で一番見やすい場所に位置しているのは、オペラの特等席だ。
その席に座ることが許されるのはオペラの幹部のみ。席に魔法が施されていて、オペラの資格を持つ者しか近付くことができない。
しかし今日は、6つあるうちの2つが空席だった。
来ていないのはオペラのトップであるラルフと、カトリナの姉であるイザベルだ。
「あ~れ。イザベル来てへんねや。妹の試合やっちゅうのに冷たい奴やなあ」
「い、い、妹の、試合だから、来ないんだと思う……」
「幹部の参加はほぼ強制やのに、そんなノリで休まれたらかなんな。僕もサボれるもんならサボりたいっちゅうねん」
既に着席しているスヴェンとドロテーがそんな会話をしている横で、テオとブルーノは何とも言えない顔をしていた。
ここにいるほぼ全員が“カトリナのドゥエル”を観に来ている中、彼らだけが“ミアのドゥエル”を観に来ているのだ。
『
アナウンスと共に、白い妖精たちが会場内を飛び交い、煌めく粉を撒き散らして去っていく。
東と西の入り口から、妖精たちが放った眩い光を纏い、二人の女生徒たちが現れた。
ドゥエルをする際の正装である、ショート丈のドレス。
カトリナが血のように赤いセクシーなドレスを身に着けているのに対し、ミアは純白のレースのドレスを着て、長い金髪を白い花の髪飾りを用いて一つに纏めている。
「へえ。案外似合うてるやん」
バイト先でいつもぼろぼろな姿のミアしか見ていないスヴェンは、きちんと身だしなみを整えたミアの可愛さを見てにやりと笑った。
テオはハラハラしているが、ブルーノはただ光の中のミアの姿を見て目を見開いている。
カトリナは豪華な装飾が施された高価な魔法剣を片手に、堂々とした様子だ。
妖精たちの煌めく粉が薄まっていく中、徐々にミアの姿もはっきりとしてきた。
「っはぁ!?」
背凭れに背を預けていたテオが思わず身を乗り出す。
ブルーノも不可解そうにぴくりと眉を動かした。
「……………………俺の幻覚か、ブルーノ」
「いや…………どうなんだろうな」
さすがのブルーノも何が起こっているのか分からず曖昧な答えを返す。
何故なら立派な魔法剣を持っているカトリナに対し、ミアが持っているのは――――
長ネギだ。
ぎゃははははははは!と大きな声を出して笑ったのはスヴェンだった。
腹を抱えて笑い、笑いすぎて椅子から転げ落ちたのを、ドロテーがあわあわしながら立たせる。
「まじでやりよったアイツ!」
ある放課後、【魔法使いの弟子】で買い出しを頼んだ際、ミアが長ネギを余分に買ってきたのだ。
この程度のアルバイトでは魔法剣を購入できるほどの金額は集まらないということをミアは分かり始めていた。
スパルタのスヴェンはミアのミスをボロクソに罵り、「なんに使うねんこのネギ!お前が欲しがっとる魔法剣の代わりにでもしたらええんちゃうか」と余分な長ネギを押し返したのだ。
まさか本当にするとは。
スヴェンは一気にミアに面白みを感じ始め、椅子に座り直して楽しげに頬杖をつく。
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「――バカにしてるんですの?」
厳かなドゥエルの場で急に長ネギを持ち出されたカトリナは、案の定不機嫌になった様子でぶるぶると怒りに身を震わせている。
「バカになんてしてない。このネギは魔法でコーティングしてるし、武器として十分使える」
「だからって……!このわたくし相手にネギなんて!」
「これが貧乏人の戦い方だよ、オジョーサマ」
長ネギを構えたミアが、続けて言う。
「決闘を申し込まれた時はよく分かんないまま承諾しちゃったけど、あの後この学校で言う決闘の意味をよく調べたんだ」
「入学案内に書いていることですわ。もっと早く知っているべきでしてよ」
「ふふ、確かにそうだね。……“負けた側は相手を停学させられる”って言っていたけど、正確には何でも一つ命令を強制的に受け入れさせることができるってルールだったこと、後で知ったよ」
灰色のツインテールを揺らし、確実に重いであろう魔法剣を片手でしっかりと握り直すカトリナ。
「私が勝ったら、こう命令する」
自分相手に勝つことを仮定してきた人間を、カトリナは姉以外に知らない。
驚いて目を見開いたカトリナに向かって、ミアは自信有りげに笑った。
「私と友達になって。カトリナ。上下関係なしの友達に」
《知の部屋》に、カトリナの本当の意味での友達はいない。イーゼンブルク家という名前に惹かれて媚びへつらう者の集団が傍にいるだけだ。
ミアの言う友達は、そんな連中の言う友達とは意味が違う。
本気で努力した勉強でも運動でも、カトリナに勝てなかった。別にカトリナに成績で勝つことを目標にしていたわけではないが、ドゥエルのための勉強をしていく仮定で、ミアは否応なしに気付いたのだ。
このカトリナという人物にあるのは、家の名前だけではない。彼女は家の名だけで驕っているわけではない。
カトリナは元々相当優秀で、努力家だ。
ミアは成績発表を見るたび、そんなカトリナに惹かれていた。
「ふざけるのも大概にしてくださいませ!」
イライラしたカトリナが魔法剣を振り上げ、地を蹴り上げてミアに斬りかかる。
長ネギで何とかそれを受け止めたミア。そのあまりの衝撃に長ネギを持つ両手がビリビリと痺れた。
カトリナの攻撃を受け入れただけで、おおっと歓声が上がる。
どんどん重みが増していくため、これ以上受け止めているのは無理だと判断したミアが、地面を蹴り上げて後ろへ逃げる。足の裏に魔力を込めたため、想定よりうんと遠くまで逃げることができた。
しかしカトリナも素早いスピードで距離を詰めていく。斬りかかられては受け止め、逃げ、追い詰められての繰り返しだ。
ミアには反撃する余裕がない。当然だが、劣勢だった。
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