第肆拾参話 “北”

鼠入、牛呂side


妖怪は嫌いだ。俺から大切なものを奪ったから。

妖怪は嫌いです。私から大切なものを奪っていくから。



暗中模索とはまさにこの事なのだろう。森の木々に遮られ月明かりはほんの少ししか入らず、どこから現れるのか分からない。


ピチャ、ピチャ…


少量の水が溜まりその上を通る。だが疑問に思う。


「なあ、昨日雨って降ったけ?」


後ろを歩く彼女に問う。


「いや、ここ最近雨は降ってないわね」


「なら水溜りがあるのおかしくね?」


「…」


警戒。近づき離れないように。辺りに妖力は感じられない。


「進もう…」


「うん」


バシャ、バシャ…


「は(え)?」


数歩、数歩道を歩いただけだった。驚いたのは足首まで水が来ていたことと、突然数メートル先に着物を濡らした男が現れた事だった。


瞬時に構える。


「君たち…海は好きかい?」


「海…?」


「海はね、生命の母。それなのに人間は海を汚す。だから私は海に来た人間どもを沈めてきた。海から得られた者でありながらその海に背くのだ私は、悲しい…」


((くる…!!))


“涙衝波紋(るいしょうはもん)”


男の流した涙は水溜りに落ち、その水溜まりは勢いよく水量を増す。全てを押し流すように。


波に飲まれる前に木の上へと退避した牛呂は鼠入の姿がない事を心配する素振りはせずただ目の前の妖怪へと視線を向ける。


「人間が見下すな…無礼だぞ?」


“水泡・射”


牛呂に向けた指先から水の弾を放出する。その弾を避けるが避けた先の木々は粉々に砕け散る。


(攻撃に用いる“水”いや匂いが違う。これは“海水”?ならこの妖怪の名前は海坊主)


他の木に飛び移り、海坊主に向けて戦斧を振り下ろす。


「海坊主なのに禿げてないのね!」


振り下ろされた戦斧には全体重+“牛”の能力による“驚異的な筋力”が上乗せされている。


「海坊主は元々禿げてない。海で見るから禿げてるように見えるんだ」


牛呂による攻撃を海坊主は“海水”により防ぐ。


「ッ…!?」


が、海坊主はよろめく。まるで何かに足を引っ張られるように。


「二人いるって事忘れてないか?」


海坊主の後ろの陰から鼠入が足を引っ張る。その影響により防いでいた海水が解け、牛呂の攻撃が海坊主の左腕を断絶する。


「あ、取れた」


(効いて(ない…))


「陰から出てくるのに驚いたし、“防水”で防げない力を持っていることにも驚いた。でも所詮その程度、だろ?」


その気迫に二人は距離を取る。取ってしまった。


「良いのか?距離を取って?」


「しまー」


“涙衝波紋”


二人は別々に押し流されてしまう。


「っててて…距離取るの不味かったな」


「まずは君だ」


水が引き、数メートル離れた場所に海坊主が現れる。


「さっきの少女ほどの攻撃力は無いだろ?有ったらわざわざあそこで彼女のサポートなんてするはずないもんな」


「チッ…」


“鼠分け・泥影”


海坊主の陰から飛び出すは無数の黒鼠。その黒鼠たちは海坊主に噛みつき皮膚を抉って行くが、海坊主は海水の身体をしている為ダメージにはなっていない。


「君達、何でここに来たの?」


「は?」


「君達は弱い。弱いのに何でぬらりひょんに逆らうの?」


「親友が辛い時…何もできない、何もしてない自分が嫌だからだ」


“臨界開放・黒鼠匆々淘汰”


(!?会得済の能力者だったのか…)



数週間前の修練中。

凪の家の庭先で閻魔と共に修練に励んでいた。


「うん。臨界開放しても動けるくらいには妖力量も上がってるね」


「でも、俺の臨界開放って陰から無数に黒鼠出すだけ何だよな…」


「全ての能力に言える事だけど、能力はイメージだ。使用者のイメージによって良くも悪くもなる。君の臨界開放は未完成。それなら君はもっともっと強くなる」



閻魔との会話を思い出した。それは自分への自信に繋がった言葉だった。


「俺はあいつを支えられるような奴になりた いんだ。またあの時みたいにあいつを1人になんてしない!」


空は暗く、地も暗く、影なる場所はどこまでも…


「なんだ?この影は…」


(これは普通の影とは違う…妖力で形作られた疑似的な影!?)


「お前はもう、逃さねぇよ」


颯の能力は自身の影または自身の触れている影から黒鼠を出し攻撃するというもの。臨界解放で自身の影を広範囲に展開することにより相手の逃げ道を無くす。あとはお分かりだろう…


「“大黒鼠(おおくろねずみ)・孳”」


海坊主を囲むように4体の大黒鼠が出現する。黒鼠とは別格の大きさを誇る大黒鼠は海坊主を守るよう展開された海水を食い破る。


(大丈夫だ…俺は元々が海水でできている。妖力が無くならない限り死ぬ事はー)


大黒鼠が海坊主もろとも食う。その直後、海坊主は疲労感を感じる。


(!?)


疲労感が増すほど周りの大黒鼠の数も増えていく。最初は4体だけのはずが今は9体に増えていた。


(まさか!?)


「今気づいたのか?この大黒鼠は妖力を餌とし食べた妖力を糧に次の大黒鼠を生み出す!」


「ただでは死なぬわぁぁぁぁぁ!!!臨界ー」


「焦って使うと思ったわ」


“打伐(うちきり)”


自身の“死”に初めて直面し、余裕の無い海坊主は背後に回っていた牛呂の存在に気づくはずもなかった。

臨界解放を唱えるまでもなく首を切り落とされる。落とされた首は斜面へと転がり落ち暗闇に消える。


海坊主の首が落とされたことを確認し、臨界解放を解く。


「か、はぁ〜…やっぱり疲れがすげぇわ」


「まだよ。頂上に向かわなくちゃ」


「瑠璃怪我してんじゃん」


牛呂は海坊主の涙衝波紋により吹き飛ばされ木々を巻き込みながら大岩に激突した。その時の影響で擦り傷、切り傷、頭部からの出血が見られた。


「これくらい大丈夫よ」


「そうかい…ん?瑠璃ッ!!」


まだ、終わっていなかった。


臨界解放を唱える前に切り落とされた首。だが消失する前、最後の悪足掻きを見せた。


“臨界解放・水静波極(すいせいはきょく)”


どこからともなく噴き出す大津波は二人を飲み込んで行く…




勝者 鼠入&牛呂

決め手 “臨界解放・黒鼠匆々淘汰”

    “大黒鼠・孳”

    “打伐”


生死不明 鼠入颯、牛呂瑠璃

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