第肆拾弍話 “東”
戌乖、猿飛side
木々の間を走り抜けながら一つの妖力、そして鼻を突く泥の匂いに気がつく。それは2人の行く末を遮るかのように立っている。
その妖怪の下半身は泥に埋まっており泥から出ているのは上半身だけ。一つ目の老人の姿をしていた。
「そこどけよ妖怪」
「俺たちは急いでるんだ」
「生憎ワシもぬらりひょんの命令に背くと吸収されるのでな」
“臨界解放・泥表領界(でいひょうりょうかい)”
唱えた老人の浸かる泥は瞬時に戌乖と猿飛の足元を覆い尽くす。
「!?」
(こいつ、臨界解放しやがった!)
「くっ」
(この泥に足を取られる…この妖怪の名前は|泥田坊(どろたぼう)なら…)
「この臨界解放に殺傷能力は無い」
が、そう言うと先の場所から瞬時に戌乖の前に姿を表す。
「ワシの力を底上げしてくれるのじゃよ」
泥田坊の右の拳が戌乖の腹部に当たるかと思いきやぎりぎり刀で防ぐ事ができる。
「ほう、何という反応速度じゃ」
「このじじい」
バンッバンッ
拳を弾かれよろめいている所へ追い討ちをかけるように猿飛が発砲する。が、泥田坊は瞬時に泥へと潜り避ける。
「ちっ…」
戌乖と猿飛はお互いに背を預けるように構える。
「相手は泥の中を自由に移動できるならどこからの攻撃でも対応できるようにすれば良い。しくじるなよ犬」
「うるせぇ、お前こそ足引っ張んなよ」
泥から出て戌乖、猿飛へと拳での攻撃をするが、刀、銃によりそれも防がれてしまう。
泥田坊の体に刀が通るが泥田坊は泥そのものの為、致命傷にはならない。銃も同じく。
(こりゃちと不利じゃのう…)
「おい、泥仕合じゃねぇか泥だけに」
「確かにこのお互いに有効打が無いのは良く無いな、時間を稼がれている…」
「何か策ねぇのか?」
「そうだな…」
(泥を行き来できる能力?体が泥そのものなのか、こちらの攻撃が通用しているようには感じない…そしてさっき泥田坊が行った臨界解放…)
「この泥は無くなるほどの広範囲かつ高火力の能力でこの泥を無くすか、本体を見つけるかだな」
「まあ後者だろうな、俺たちにそんなもん無ぇ」
「ならこの泥の中心部への攻撃だな。少しだけ注意を引いてくれ俺が狙撃する」
「任せた」
「何をするつもりなのじゃ?」
「うるせぇお前には関係ねぇだろ!」
刀で首を跳ね飛ばすが、切ると泥に戻りダメージになっているようには感じない。
拳銃をしまい、背負っていた袋から銀銃(スナイパーライフル)を取り出しスコープを覗く。
(泥の境目が円状に広がっている、俺の考えが正しかったなら中央の泥に本体が隠れているはず…)
ズドン…
泥の中心部に向けて放った一発は泥の中に消えた直後、足元の泥が引いていく。
「やったな」
「おう」
気づかなかった。いや、気づけなかった。本来ならば匂いで気づいた。泥の匂いが邪魔をしたのだ。
猿飛の体を射抜く刃。刀の刀身が背から胸へと突き抜ける。
「え?」
「凌ッ!」
刀を構えるが間に合わず、戌乖も身体中を切り刻まれる。
「がっ…」
「死してこの地の養分となるがいい」
そう言い残しその人物はその場所を去る。
辛うじて息のある戌乖は倒れた猿飛の元へ這いずる。痛む体に鞭を打ち、瞳に涙を浮かべながら。
「凌、目開けろよ…お前まで死んだら…」
倒れた猿飛の腕を掴む。心臓の音はせず、彼の息すら無い。もう死んでいるという事は明らかであった。
「おいって…」
戌乖は全身を切り刻まれはしたが瞬時に獣化した皮膚のお陰で致命傷にはなり得なかった。それでも重傷に変わりは無い。
小さい時からいつも3人でいた。
「あ〜稽古だり〜」
「光ちゃん!凌ちゃんお疲れ様水とおにぎり!」
「お!さんきゅー」
「ありがとう」
俺の家は道場やってたから稽古の後はこうやって3人で過ごしてた。
いつも変わらず、大人になってもこうやって一緒に過ごせてたらねって…それなのに。
木に体を預け涙を流しながら死んでた珠ちゃんを見た時、もうあの時には戻れないんだなって。
心臓から音がせず、体に開いた穴から血が流れていく凌。
もう戻れない。あの日には。
「お前らはそうやって奪ってくんだ」
友も、親友も、命すらも…
“獣化(じゅうか)・滅”
それはかつて友、親友の前で姿を現し制御の効かなかった力。十二支の犬の力を部分的ではなく全身に移した形態。
「妖怪を滅ぼす」
後ろからかつて無いほどの強大な殺気と妖力を感じ取り振り向く人物。
(なんだ、先程殺した所から?)
グルルルルル…
「こいつは!?」
振り向いた場所から2m程の大型の狼?のような獣がこちらに向かってくる。
牙が接触するが刀で受け止める。
「そうでなくてはな!殺し甲斐が無いというもの!」
弾くが、右前足で切り裂かれる。
「グッ…」
グルァァァァァァ!!!
再び牙を突き立てる。刀で受け止めるが受け止めた刀にひびが走りそのまま砕け散る。
「!?」
(笹貫(ささぬき)が砕けた!?)
刀を振るっていた右手事戌乖に食い千切られる。
「くっ…」
瞬時に再生するが刀が折れたことにより自身の長所となる剣術が使用できなくなる。
そこへ牙、爪による攻撃の雨。受けることしか出来ずボロ雑巾のように宙を舞う。
「ぐはっ…はぁはぁはぁ…くっ…」
飛んだ先の地面に横たわり体を治そうとするが妖力が足らず治すことができない。
戌乖は右前足を使い頭を潰す。その妖怪は塵となり霧散する。
戦いは終わったが、正気を失った戌乖にこの力を止める事などできない。戌乖は自身の鼻を頼りに次なる獲物を求め森を駆ける。
が、その足を止める声が頭に響く。
「終わったなら早く正気に戻れ馬鹿!」
「ッ!!」
その身体は戌乖の意志とは関係なく動いていた。だが、呼び止める声が頭に響くと同時にとともに身体は収縮し、元の人間の姿へと戻る。
足早に猿飛の死体の場所へと戻る。確かに、確かにあの時死んでいた。
戻るとそこには変わらず、冷たく固くなった猿飛の姿があった。
「ありがとな…それとすぐに終わらして戻ってくる」
死体を木の根元に横たわらせ戌乖の足は頂上へと向かう。
勝者 戌乖&猿飛。
決め手 “獣化・滅”
死者 猿飛凌
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