第弐拾参話 義務と責任


「ここが、未継さんの屋敷…」


最初に到着し、思った事は広いだった。

あまりの大きさに門の前で立ち尽くしていると屋敷の人と思われる和服の女性に声をかけられた。


「あの、何か御用でしょうか?」


「あ、未継寧々さんに用があって…あ、自分は真季波凪と申します」


テンパってしまいいつもの自分が使う言葉では無くなってしまう。


「真季波凪様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、上がってください」


そう言われ、屋敷の中へと案内される。


待っていたと言う事はもしかして巳津さんが知らせてくれていたのかもしれない。色々してくれて申し訳ない。次会う時にもう一度お礼をしに行こう。


屋敷の中は想像以上に広く、迷えば迷子確定。


奥へと案内され、一つの扉の前で立ち止まる。「未継寧々様、真季波凪様をお連れいたしました」そう言いお辞儀をする。俺もつられてお辞儀をする。


「ありがとう。唯は下がっていいよ」


唯と呼ばれた女の人はそのまま今きた廊下を戻っていった。


「入っておいで」


そう言われ、俺は恐る恐る扉を開ける。扉を開けると、奥の椅子に腰掛ける女の人の姿があった。


「よく来たね。沙霧から話は聞いていたけど…うん、悪くない顔だ。覚悟に満ちている。おおよそ普通の男子高校生の顔つきではないね」


この人が未継寧々…妖怪と人間との均衡を保ち、妖怪の被害を最小限に留めている。


「十二支の未、未継寧々さんですか?」


「いかにも」


「不躾に申し訳ありません。九尾を開放してくれませんか?」


俺はここにきた目的を果たすべく、未継さんに頼む。


「なぜ?僕はこの町を守る為にいる。それなのに何故僕がこの町を壊そうとする妖怪をわざわざ放し飼いしないといけないのか?」


「放し飼い…?」


「僕はこの町の平和を守る義務があり、責任がある。その為に僕はあらゆる物を犠牲にしてきた。この町でこれ以上、妖怪が好き勝手するのは看過できない」


「九尾はー」


「要件はそれだけなのだろう?下がって。九尾は引き続きこちらで預かる」


九尾は物じゃない。ペットでもない。それをさっきから…

未継さんの言葉に怒りが込み上げる。


「さっー」


発言をしようとした時、背後の扉が開き九尾が飛び出てくる。


「え!?」


「どうしてここに!?」


未継さんも驚いている事から九尾は単独で脱走してきたらしい。


「あの檻は作り直した方がよいと思うのじゃ。妾の妖力に耐えられなくなり小突いただけで砕けてしまった」


無事で良かったと思う反面、小突いたって本当に小突いただけなのだろうかと言う疑惑が同時に出てきた。怪しい…


「何じゃその目は〜?」


疑いの目で見ていた事がバレてしまった。


「いや、それよりも家の者はどうしている!?」


「あ〜其方以外の家に居た人間には少しだけ“幻の世界”に行ってもらった。勿論術に掛かっているだけで怪我などは一切させておらぬゆえ時期に目が覚めるじゃろう」


「…僕に貴方達を止める手段は今のところありませんね…何処へでも好きに行きなさい。ですが次はありません。この町を守る者として…」


「当然じゃ。妾はもう、同じ轍は踏まぬ」


「九尾…」


俺から見た彼女の横顔は硬く、何かを決意した強い目をしていた。


彼らが去ったのを確認し、ため息を吐く。


「お前は怖くはないのか…?」


ただその場から“動けず”見る事しかできない哀れな自分を、あの時、あの場所で戦ってくれた人達を…無惨にも倒れ、酷い死に方をする人達を…


虚空に消えるその言葉は誰にも届きはせず、ただ独り言のようにポツリと呟いたに過ぎなかった。




俺と九尾が未継さんの家を出ると辺りは暗く、吹き抜ける風は少し寂しい。


「ほれ、帰るぞ」


「う、うん…」


空を見上げると電線に止まっていた鴉が飛び立つ。ほんの僅かな胸騒ぎ。それは刹那に過ぎず、違和感だけが残る。でもそれが何なのか分からない。

少しの違和感を抱えながら俺と妲己は帰路に着いた。


家に着き、扉を開ける。出迎えてくれたのはウルさんと雨ちゃんだった。家の中からはいい匂いが漂っている。


「え、ウルさん夕飯作ってくれたの!?」


「その前に、だ。何か言う事は?」


ウルさんの険しい表情に少し怯む。

それもその筈、瓦礫の中から発見された凪は骨折、打撲、程度で済んでいた事が驚きなのだ。身体が治っても目覚めない凪を心配しない筈はなく、目覚めたと連絡があったので夕飯を準備し待っていたが、予定より遅くなって再び何かあったのでは?と心配になり、ご覧の通り少し怒っている。


「あ、えーっと…心配かけてすみません。それとただいま」


そう言う俺を見て険しい表情が一気に緩み


「おかえり」


一言、その言葉は気恥ずかしくもあったがそれ以上に嬉しかった。


「ウルさん今日の夕飯何?」


気恥ずかしさを誤魔化す為に話を変える。


「今日はカレーだ」


「妾の分もあるのだろうな、吸血鬼?」


「偉そうな子には無いかもしれませんね」


「なんじゃと!?」


自然と笑みが溢れる…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る