第弐拾肆話 限界
巳津さんの行方が分からなくなって早くも1ヶ月が経ってしまった。
巳津さんと関わりのあるみんなとこの町を探し回ったのだが見つからないどころか巳津さんがいたと言う痕跡すら残っていなかった。
全てが無かったことにー
「なんで探してるんだ?」「失踪事件なんてこの町では珍しくない」「大人なんだから一人になりたい時くらいあるでしょうよ」
そういうレベルの話では無い。
警察はこの通りやる気もなければ探す気もない。俺はただ心配だからと言う理由でだけで巳津さんを探しているわけじゃない。知っている人が、関わりの深い人が突然この世から居なくなって一生会えなくなるのが怖い。
おいー?おーい?
「凪!」
「うぇ、?ん、な、何?」
声をかけられていたらしいのだが全く気づかなかった。
「巳津さんの事が心配なのは分かるけどよ。今俺たちにできることって無い…」
放課後の教室の窓際に集まっている俺、颯、八城さん、牛呂さんの4人。季節は春から夏に移り変わり6月ももう終わりを迎えようとしている。窓の外から差し込む夕日、グラウンドの端に植えられている桜の木。その木に止まっている蝉のさえずりはけたたましく、時の流れを感じざるおえない。
「さ、帰ろうぜ。暗くなっちまう前に」
「うん」
校門で3人と別れ帰路に着く。その足取りはいつも以上に重く、いつも歩いているはずのこの通学路が途方もなく長い道のりに思える。
家に帰りウルさん達にただいまの挨拶の後、縁側に腰掛ける。ここは俺のお気に入り。一人になりたい時はここにくる。
(俺と巳津さんって出会ってから1ヶ月ちょっとしか経ってないんだ…)
『普通の人間の潰れた目が自然に治るわけないでしょ、馬鹿じゃないの?』
(初対面で馬鹿って言われたっけ…?)
『ん、これかい?まさか…これを知らない?これはこの町限定!寅尾屋の抹茶シフォンだよ!!まさか…食べた事が無い…?』
(あの時の巳津さんイキイキしてた。好きな物の話は誰であっても楽しいし夢中になる…)
『私は医者だよ?自分の傷も治せないで患者なんて治せるわけないじゃないか』キリッ
(かっこよく言ってたのにその後のあちッは巳津さんって感じがしたな…)
『何を呆けている、早く行きな。後悔の、無いように』
これが…巳津さんとの最後の会話…
放課後の帰り道、瑠璃ちゃん、鼠入くんの2人と一緒に帰る。
「あれは颯が悪いじゃない!」
「あれは事実だっただろ!あのまま捜索してたら凪ぶっ倒れちまうぞ!」
「でも言い方ってものが!」
「あの…」
「ん、どうしたの琥珀?」
「八城さん?」
「私…私!真季波くんを追いかけようと思う」
あの様子を見て、私は何もしてあげられない。自分は守られてばかりだから少しくらい役に立ちたくて…
「行ってきな。俺が行っても多分さっきと変わらない。生返事ばかりだろうし」
「校門で別れる前からソワソワしていたから何か伝えたい事があるんだとは思ってたけど」
瑠璃ちゃんに背中を叩かれる。い、痛い。
「行ってきな」
でも、その力強い後押しに勇気をもらった。
私は走る。何か役に立ちたくてなんて思ってたけど、何もしてあげられてないって思ってたけど、これは私の自分勝手で身勝手で自分よがりなものだけどあなたが辛い時、一緒にいてあげたい。あなたがもうダメだって思っていた時に手を引っ張って。
真季波くんの家の前に着き、一呼吸。深く深く吸って吐いて…よし。
チャイムを鳴らし出て来たのは白いワンピースに身を包んだ雨ちゃんだった。
「雨ちゃん、真季波くん帰ってる?」
「…る」コクコク
打ち解けてくれてるのかな…?雨ちゃんは私の制服の腕裾の部分を引っ張り中へ案内してくれる。
長い廊下を歩くが突如鞄に入っていたはずのトトさんが暴れ出す。
「わ、トトさん…?どうしたんですか?」
「私はここから先へは行けない」
「え…?」
「凪坊がここから先の部屋に来るなと警告しておる」
トトさんがどういう事か見せようと言い私の先の廊下へと足を進める。一つの部屋を区切る柱を過ぎるとバチッという音と共にトトさんの右前足が焦げる。
「トトさん!」
「大丈夫じゃこのくらいはな。妖怪は人間と違い体を治す力が強い。全身入っていたら唯では済まなかったがの」
「良かった…何ともないんですね」
「痛いけどの」
あはは…と苦笑いしてしまいます。でもこれは…?
「トトさんこれって…?」
「私達妖怪だけを拒む結界のようなものかの。やしろん、頼む凪坊は今山上にある大岩のような物、どこに転がるか分からん。これを支えてやる必要がある」
「任せてください。私は真季波くんの友達ですから」
私は一人廊下の奥へと足を進める。元来た道を一瞥するが後ろは黒い幕のようなものに覆われて外の様子は窺えない。
奥の部屋の襖をそっと開く。
部屋の中に凪の姿はなく、部屋から外へ通じる襖の先に凪の背中があった。
(凪くん…)
「八城さん…どうして?」
「わた、私が一緒に居たいと思ったから」カァ
顔が熱くなるのを感じる。少し噛んじゃったし。恥ずかしい…
彼の背は平静を保とうと伸びていたが私にはか細い糸のように見えた。少しの刺激で千切れるような細くて繊細な糸…
「八城さん帰った方がいい」
「え?」
「帰って…くれ…」
優しい彼から出た強い言葉。それは多分自己防衛で見られたくないからだと思う…
「こっちを見て!」
彼の側まで歩き、逸らしている彼の顔を両手で挟み込み自身の顔に向ける。
「え…?」
「人と話す時は目を見て!」
覗き込む彼の目には大粒の涙。やっぱり溜め込んでた。必死に、誰にも見せまいと。
「俺は、怖いんだ…また父さんや母さんの時みたいに今まで通り平和に暮らしていた周りの人達が気づかない間に居なくなっていくのが…今回の件でより一層その気持ちが強くなった…」
彼の目から溢れる涙の量がその“気持ち”の大きさを物語っていた。声をあげて涙する彼のことを無意識の内に抱きしめていた。声をあげて、嗚咽を漏らす。一人で何かも背負い、そして背負いきれなくなった。
彼の嗚咽が寝息に変わり私は我に返ると同時に顔が熱くなるのが分かる。
(はぁぁぁ!?私抱きしめてますよ!?)
悶えそうになる体を深呼吸で落ち着かせ、起こさぬようそっと膝の上に乗せる。
「…」すぅ…すぅ…
寝ちゃうなんて…少しは真季波くんの手を引けたのかな…?
「私の中では真季波凪くんが1番のヒーローです。放課後のあの時、原因が分からず保健室でうなされていた私を助けてくれたあの時から…」
その言葉は寝ている凪の耳には届かず夜空に消えていき、凪の髪を撫でる八城はまた頬を染める。
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