第弍拾弍話 照らす者
目が覚めた時、そこは白い壁の天井だと言うことが分かった。
(巳津さんの診療所…?)
「起きたみたいだね」
勢いよく起き上がり巳津さんに状況説明をお願いする。
「起き上がるのはいいけどそれ以上動くと殴るよ?治ってはいるけど完治はしてないんだから」
「あ、はい」
確かに少し身体に痛みがある。でも動けないほどではない。
「俺九尾の姿を見てからの現実での記憶が無くて…」
ベットに横になりながら話す。巳津さんは俺が横になったのを確認してから話し出した。
「暴走した九尾は暴れ出すがウルがそれを止めに入った。能力で拘束、被害を最小限にした。でも九尾は囚われている」
「囚われてるってどこに…?」
「十二支の未、この町の均衡を保っている重要人物。名を未継寧々(みつぎねね)」
「均衡を保っている?」
分からない事だらけ、質問ばかりで申し訳ない気持ちが大きくなる。
「君も体験しただろ?校舎は崩れた、だが外は騒がしくない。あれだけの崩落で死傷者が出ていないのもおかしい。全国ニュースになってもおかしくないレベル…にも拘らずこの町の人間は普通に生活しているのは何故か?」
それは…疑問だ。
「均衡と言ってもそんなお堅いもんじゃない。寧々がしている事は事実の揉み消しだ」
「揉み消し…」
なぜ揉み消すのか…俯いて考え、ハッとし巳津さんに向き直る。
「そう、妖怪の存在が他方に出て妖怪達の力が大きくなるのを防ぐ為」
「妖怪の存在が明るみになる事で人はその実態を再確認する…“悲しみ”や“怒り”、“恐怖”が生まれる」
「そう、そういった負の感情は妖怪達の力を強める」
なるほど、だから未継さんはそのような事が起こらないようにしてるのか…
「未継さんのしている事は分かった。でも九尾は自分からああした訳じゃない!他に理由があったんだ!」
「んーそうだな。その言い方だと、理由があれば人を殺しても問題ではないって感じの意味にとれちゃうからそれはやめよう」
「あ…」
「でも気持ちは伝わった。まだ判決は決まっていないはずだよ。この紙に寧々の屋敷の住所を書いているからそこに行きな」
「え?」
差し出された紙を見つめる。巳津さんが協力的だとは思わなかった。病人が動く事をあまりよく思っていないように見えたから。
「何を呆けている、早く行きな。後悔の、無いように」
「はい!」
差し出された紙を受け取り病室から出る。
走る彼の背を見て思う。これで良かったんだと。もう少しで夜が来る。そろそろ良い頃合いだ。奴が来ても…
「アラクネー」
「は、はい!!ここに」
私の呼び出しに瞬時に反応し姿を見せるアラクネー。この前の戦闘が効いたのか私によくしてくれる。でも、もうそれも終わりだ。
「アラクネー、君を解雇する!」
アラクネーを指差し高々に宣言する。
「え、え?」
何をキョトンとしている?
「君は今日から自由の身だ。どこへでも好きに行きなさい。あ、でも人間を襲ってはいけないよ?」
「え、ちょっと待ってください!!急すぎます!いつも!!」
「黙れ、これは決定事項だ。それともなんだ?私を怒らせたいのか?」
手を出し毒液を放出する。それは威嚇射撃のようなもの。アラクネーには擦りもせず医務室の壁を溶かす。
「ッ…」
アラクネーはもう何も言わず、夜の町へと消えていった。
「ふぅ…コーヒーでも淹れて一休みしたいけど、そうも言ってられないね。お客さんだ」
彼方から参ずる個の名はぬらりひょん。無数の鴉が隊列を組んでその背に乗り飛来する。
診療所とあいつの周りを結界で囲み騒ぎが外に漏れないようにする。
「ほほほ、お出迎えか?沙霧よ」
「私をその名で呼ぶな。んで要件は?」
「なぁに、私と共に来んかという誘いじゃよ」
だと思った。私に真っ先に来ると“分かっていたさ”。
「とても魅力的な誘いだけど、私はもう決めている」
「ほほほ、そうかい、では死ぬか?」
「ふふ、只では死なないよ?」
ぬらりひょんの手数は分からない。なんの能力を持っているのか、臨界解放を会得しているのか。後者は確実と言っていいだろ。問題は前者、手数が分からない事が重要。
奇しくも先に手を出してきたのはぬらりひょん。無数の鴉を私に向けて飛ばす。
「ここからどうなるのか主には分かるか?」
「!?」
理解する。瞬時に顔を覆い後方に跳ぶ。
鴉は私の前まで来ると身体を変質させ直後、爆発四散した。飛び散る鴉の羽が皮膚に刺さる。
「ぐっ…」
見る。次の攻撃は…くそ。
身体に刺さった羽を抜く。が、身体はみるみる内に変色する。
(毒か…)
「まだまだ行くぞ?」
スパッという何かを斬りつける音と共に私の足は宙を舞う。足元に目を向けると一本の細く張られた糸が張られてあった。
(なるほどね…)
片足でぬらりひょんから距離を取り話す。
「お前の能力、分かったぞ。お前は操った者の能力を使える。この糸はアラクネーの糸だ。他にも鴉を使役する鴉天狗の能力、自身の意思で爆発させる|小玉鼠(こだまねずみ)の能力、鴉自身の毒はお前があらかじめ調合した物か?」
でも分からない事。それはこいつが戦いの最中わざわざ自身の能力のヒントになるような事をしたのか…
「ほほほ、ご名答じゃの。私の能力は“隷属服従(れいぞくふくじゅう)”私の支配下の妖怪の能力を使う事ができる。一度支配下に置いた妖怪の能力も使用可能じゃ」
やはりか、アラクネーに掛かっていた能力を解除したにも関わらず糸の能力が使えていたのはそういう事か…
「遊びはここまでじゃぞ?」
ぬらりひょんが杖を掲げると同時にぬらりひょんの影から無数の妖怪が現れる。その数は数百、数千、数万…
(確かに一人で来るわけないよね。妖怪の大将が…ざっと数万の妖怪の大群、これはいくら私でもね…)
ぬらりひょんは杖を私に向けると同時に私の周りに数多の妖怪達が群がってくる。
「しょうがないね。温存しておきたかったんだけど、そうも言ってられない状況なんでね!“臨界解放・諏訪之千巳(すわのせんみ)”」
私を中心に集まる妖怪達は飛び掛かるが私に触れる前に力尽き倒れる。
「ゴホッ…毒か…主の腕が崩れ落ちなかったのは瞬時に解毒したからか。」
「私は生物界にあるあらゆる毒を使えるからね。その構造、割合。全てを知っている。撃ち込まれた毒も解毒済み。毒の応用でさっき飛ばされた足も完治。お前だけ弱っての再開(リスタート)、まだやる?」
「ッ…」
(…ん?これは!?)
「臨界解放直後、主は“千里眼”が使えぬのだろう?」
後ろを振り向くが遅かったぬらりひょんの腕はいとも容易く私の背中を貫通し心臓を抜き取る。
ぬらりひょんだと思っていたのはぬらりひょんに変身した妖怪…
臨界解放時と臨界解放後の数分間、千里眼を使えない事を知られていたなんて…
「ゴホッ…まだ…」
振り返りざまに腕を掴み致死量の毒を一気に流し込む。
「!?何故死なぬ!?」
「少しだけ…人間じゃない者の血が流れているから…ね?」
「ば、馬鹿な…」
ぬらりひょんはその場で倒れ込む。そりゃそうだ。私のオリジナルでスペシャルな毒を一気に食らったんだ。即死だろう…
抜き取られた心臓に手をかけようとするがその心臓が瞬時に潰される。
(!?)
「すまぬが、そいつも偽物じゃよ?」
「いや、千里眼で見たはず。今度は偽物ではなかった!ゴホッ…」
倒れる。
(心臓がない状態で時間が経ちすぎた…)
「それは“分裂”の能力じゃ。便利な者じゃよ、お主にも効いたじゃからのぅ」
「さぁ食っていいぞ、鬼よ」
「あぁ…」
影から出てくる大きな黒鬼。倒れる巳津の胴体を握り潰し四肢をもぎ取り部位を一つ、一つ綺麗に食べる。
ゴリッ…ゴリッ…バキ…パキッ…
「さぁ、妖怪の時代に一歩近づくのぅ…」
見上げる月夜は不気味にも綺麗に光を放ってその血溜まりの池を照らしていた。
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