第拾壱話 死人で笑う


「次はお前が十二支の力を継げ」


そう言う父の目はあの頃の優しい父の目ではもう無かった。


「何故これくらいの事が出来ないんだ!!」


死合い、殴られ、蹴られる。元十二支とは思えないほど力強かった。父がこうなってしまったのは母さんが亡くなってからだ。

特訓という名の理不尽を叩きつけられ、味わった。


「傷、また増えた?」


このまま行けば感情を失うんじゃないか、そんな風に感じていた俺の唯一の心の支えとなってくれた人物がいた。


「楓(かえで)姉…」


8つ上のの離れて暮らす姉。当時大学生だった姉は母さんが亡くなってから一ヶ月に一回くらいの頻度で俺に会いに来てくれていた。


「また父さんに扱かれたんだ」


「…」


「父さんのこと嫌い?」


「…嫌い」


「そっか。私もねお父さんのこと好きじゃなかったんだけどお母さんが死んで亡骸を見ながら父さん、泣いてたんだよね。“もっと俺が強ければ”って…」


「…」


想像がつかなかった。あの鬼人のような父さんが泣いていたなんて。


「父さんのやり方は良くないけどもしかしたら自分のようになってほしくなくて颯に辛く当たってるのかもね」


「…」


「本当のことお父さんに聞いてみないとは分からないから全部私の解釈だけどね!」


依然、父のことは嫌いだが少し、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。


それから数日後、俺は妖怪に捕まった。力が弱くなりつつある死人憑(しびとつき)。十二支の能力を受け継いでからは普通の人以上に妖力が多くなる。その妖力が目当てのようだ。

俺のことなんて誰も助けにこない。このまま妖力を吸われて死ぬんだ。


「颯ッ!!」


その声を聞くまでそう思っていた。だってあの父が助けに来るなんて思っていなかったから…

息を切らし、妖怪の前に立つ父は特訓の時よりも恐ろしかった。


「お前誰だ〜?」


「その子の父親だ」


「なら目の前で息子が力尽きる様を見てなよ〜」


首元に死人憑の歯が刺さろうとする所までは“見えていた”。目を瞑ったのだ。次に目を開けた時には父に抱き抱えられていた俺。

何が起きたのか分からない。死人憑自身も分かっていないようだ。唯一分かったのが父が俺を助けたという事…


「衰えたな…現役の時の5割も力が出せないとはな」


「何をごちゃごちゃとそいつを返しなッ!!」


向かってくる死人憑。が飄々としている父。


「死人に憑き、その死人の力を自身の力と勘違いしている妖怪風情に負けるはずが無いだろ?」


颯、逃げろ。そう言い死人憑との戦闘が始まった。俺は今の自分は足手まといという事に気づいていた。言われた通り、逃げるしかない。帰ってからちゃんとお礼を言うんだ。ありがとうって。


この時、嫌な予感が襲う。“死人憑は死人の力を使える”妙に引っかかる。逃げる足を緩めず、視線を後ろに向ける。


父の腹を突き破る死人憑の腕。血を吐く父。目を見開く。


「父さん!!」


「止まるなッ!走れッ!」


「でも!!」


「いいか?他人に弱味を見せるな。お前は母さんと同じで優しいから漬け込む奴が現れるかもしれない」


それと、楓を頼んだ。そう言い残し父は最後の力を振り絞るよう“臨界解放”をして消えた。


「はッ…?夢か…」


嫌な夢だ。


(何故今、父さんの最後を思い出さないといけないんだ…)


「颯?」


「は…?」


なんでここに父さんが?いや、それよりも今までどこに…?浮かび上がる疑問が心の内にある“思い”に呑み込まれる。


「父さん!!」


抱きついた父さんの肌からは温もりが消えていた。抱きついた直後腹部に激痛が走る。蹴りをもろに食らってしまい後ろに飛び退く。


「いや〜久しぶり〜颯?」


「死人、憑…」


「ピンポーン正解〜あの時何もできずに逃げていった少年の颯くん?楓お姉ちゃんは元気かい?」


死体を好きなように使われ怒りが増す。抑えろ…


「ここは…?」


「ここは墓地にある寺院だよ〜」


「すぐ教えてくれるのな…」


「これから死ぬ奴に教えたところでだよ〜」


そう言い連続の蹴りや突きを繰り出してくる。


(ぐっ…さっきの蹴りで肋逝ってるかもな)


死人憑は死体にしか憑けない妖怪。だが憑いた死体の身体能力を上げる。元々パワータイプだった父の死体を使っているのだ、肋だけで済んで良かったとも言える。


(父さん…ごめん。あの時弱くて…力になれなくて…今解放するから)


「鼠分け・泥影」


影から無尽蔵に黒鼠を呼び出す。

肉弾戦はあまり得意じゃないが決定打に欠ける鼠の能力状、肉弾戦での戦闘が好ましいが、明らかに俺の上位互換。何とかして突破口を導き出さないと後がない。


「鼠の能力はあいつの時に見たわ〜」


影から出てくる黒鼠を一体一体潰していく死体憑。足止めにすらならない。


「くッ…」


(やはり父さんは強い。死体を好き勝手使っているあいつが許せない)


「出てくる鼠これで最後〜?」


最後の一匹を潰され目の前に立たれる。一瞬の間の後、蹴りや突きの連続で体が後ろに吹っ飛ぶ。


「ぐはッ…」


寺院内から飛び出て飛び出た射線上に有った墓跡を何基か破壊してしまう。


「うん、弱い。この男よりも〜」


「俺が弱いのはずっとなんだ。誰かが居てくれないと…今まで関わってきた人が居なかったら俺は俺でない何かになっていたかもな…」


八城さん、牛呂、トトさん、巳津さん、楓姉ちゃん、凪。今まで関わってくれた人、誰が欠けてもダメだった。


(限界を越えろ!ここで、やらなきゃダメなんだ)


「“臨界解放・黒鼠匆々淘汰(こくそそうそうとうた)”」


死人憑の足元が影に満ち、影から無数の黒鼠達が飛び出し、死人憑に噛み付く。


(やらなきゃ…俺が!!)


「まだできないと思っていたぞ!!私を喜ばしてくれるな〜!!」


「無駄口叩く暇があるなら突破してみろよ!これは“生存競争”だぞ?」


(黒鼠(こいつら)何匹湧いてくるんだ?いや、奴は満身創痍、時期に限界が来る。それまで…)


出てきては噛み付き、肉を抉る黒鼠達を死人憑も引き離し潰す。

先に限界が来たのは颯の方で黒い影が徐々に小さくなっていき颯の足元で消えた。


(はぁ…もう限界か…妖力全部出し、切った…)


「クハハハハッ…存外楽しめたぞ〜颯」


倒し切るまでに至らず、だが、死人憑も相当のダメージを負うこととなった。


後ろの墓跡に倒れると次第に意識が遠くなっていく。


(父さんの仇を打てないどころか、自分も一緒に倒れるとかダッセェ…)


「颯ッ!!!」


(ダメだ。幻聴や幻覚まで聞こえるようになっちまった…すまん凪…)


駆け寄ってくる親友を最後に俺の意識は暗い海に沈むように堕ちていった。

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