第拾弍話 序章に過ぎぬ




「凪くんその妖怪は?」


牛呂さんと合流したのは良いのだが、狐の事が好きじゃない牛呂さんにどう説明しようか…


「名を九尾と申す。妾の眷属が無礼を働いた事を詫びる」


そう言い九尾は深々と頭を下げる。


「私は狐が嫌いだし、これからも好きにはなれないと思う」


(牛呂さんは強いな…)


憎い相手だろう。それに…

心が強い。曲がらない自分の芯がある。


「それよりも凪くん顔赤くない?具合悪い?」


「だ、大丈夫!走ってきたからかな」


「そう?」


牛呂さんに心配されてしまうが本当になんでも…無い事はないけど言いたくない…

き、キスされたかもしれないなんて…


(本当は尾で唇を触っただけなのじゃがまあ、今暫く勘違いさせておこうかの)


凪の勘違いは続く。


「それで、颯の場所分かったって?」


「はい。鼠入くんらしき人物を抱えて歩く人が町のあそこの寺院に向かっていく姿が目撃されています」


指を指す方向に目を向ける。町では珍しく塔の建った神社。


「とりあえず向かおう。早く行かないと颯が危ない」


急いで向かい神社の鳥居を潜る。広い神社の中を探すとなると手分けした方が良さそうだ。


「手分けしようか」


「そうしましょう。私は左側から周りますね」


「頼んだ。九尾はどうする?」


牛呂さんを見送り、牛呂さんとは逆の右側を走りながら九尾に問うが、横を見ると九尾はすでに居なくなっていた。


(じ、自由だな…)


九尾のことは後回しにして、まずは颯だ。気配を感じようとするも静かなくらい何も感じない。


ドォーンッ…


凄まじい轟音と共に気味の悪い気配が神社内に漂い始める。


(墓地の方向から?)


音の下墓地の方向に向かう。墓地に近づくにつれ気配が近くなり、気味の悪い気配の他に馴染みのある颯の気配もするようになった。

次の瞬間、並々ならぬ妖力を感じる。


(これって、白蔵主の時に感じたものと同じ?)


白蔵主の時に見て肌で感じた臨界解放と同じもの…墓地に着くとそこには墓石に倒れる颯の姿と傷だらけの男の姿があった。


「颯ッ!!!」


その言葉に一瞬反応しこちらを見る颯はそのまま目を閉じた。

駆け寄り意識を確認する。


(良かった。妖力切れで意識を失っただけか…)


(こいつ颯の方を気にかけながら俺からは一切目を離さないとは、油断ならねぇな、しかもこのダメージだ。戦闘はなるべく避けたいな…)


「お前が敵って事で良いんだよな?」


「なッ!?」


(一瞬で間合いを詰めてきやがる!?こいつ、グッ…間に合わない)


死人憑の敗因は遊びと称し、颯を舐めてかかった事、もう一つは自分の為ではなく他の人の為に力を発揮できる凪の実力を見誤ったこと。


死人憑の体に凪の手が触れた瞬間、体は散りになり蒸発していく。


「俺は…きえ…く…い」


(え…?)


最後に聞こえた言葉が俺の心を揺さぶる。消失した今、関係ないのかもしれない…


“自責”の念が凪を徐々に苦しめているのを今はまだ誰も知らない。

墓地の暗い空を数羽の鴉が君悪く鳴きながら飛翔していた。



颯が目を覚ましたのはその出来事から1日後だった。


「颯が起きたわ」


颯のお姉さんの楓さんも病室に来て看病してくれた。颯が起きた時、知らせてくれたのも楓さんだった。


「私は外に出てるわね」


そう言い、楓さんは病室から出て行った。


「颯、大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫!心配かけたな」


(俺がここに居るって事は最後に聞いた凪の声は幻聴でも無く本当で、凪が祓ってくれたんだよな…)


「そっかぁ…」


ホッとする。張り詰めていた糸が切れ床に座り込む。


「ごめんな。俺が居なくなって迷惑かけた…」


秘密主義…そのせいで今回、妖怪に連れ去られたのは事実。もっと早く凪に言えていたらこうはならなかったのかもな。

今は悔やんでも仕方ない、前に進まないと。


(父さん、俺は弱味を始めて人に話すよ。こいつは馬鹿みたいにお人好しで、俺の最高の親友だから…)


「俺さ。牛呂と同じく十二支の能力を持った人間なんだ…」


「!?」


驚く。颯も同じく妖怪が見えていたのは知ってはいた。


「十二支の人間は十二支ということを簡単に他人に話してはならないってのがあって、それ以前に俺は他人に弱みを見せるなって言われてたから凪の前なのに躊躇してた…」


颯が今まで何があったのか、自分の胸の内を話してくれた。最後に今まで秘密にしていた事を謝ってきた。


「自分の心の内を明かすってさ、凄い勇気がいるよね…他人に認められず、否定されて傷つくかもしれない。それなのに話してくれたんだ。謝る必要無いよ」


悩んで、悩んでいた事を全て吐き出して、少しスッキリしたのか目が霞んできた。


(昔の俺、今はしんどくても、そこを乗り越えれば俺の隣には最高の“親友”が立ってくれます)


話し、笑い、怒り、悲しんで、時々泣き、そうしながら俺たちは絆を深め、未来に進んで行く。




一羽の鴉から報告を受けている妖怪。

頭部が異常に突出し、老人姿。着物を羽織り鴉を指に乗せている。


「ほう、死人憑まで倒したか…ここから先はどうなるか分からんのう」


杖を突きながら歩く老人の見た目の妖怪は鴉からの報告を嬉しそうに聴く。


「まだまだ…楽しませてくれよ?刺客はもうすぐそこにいるかもしれぬぞ?」


そう言い残し老人姿の妖怪は霧の中に姿を消した…

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