第漆話 九つの尾
「何故私の結界内に入って…」
(いや、結界に入られたのは些細な問題に過ぎません。それよりも…)
「何故動けるのです!?」
「あ〜、ちょっと妖力をある方から貰いまして…」
なんて暢気に説明するが、状況はあまり好ましくない。能力を使う妖怪ならば“門”を使用せざるおえない。それよりも傷だらけでボロボロの牛呂さんを早く治療しないと。
「とりあえず少しの間止まっててくれると嬉しいな“注連縄(しめなわ)”」
投げた捕縛縄が狐を縛り付ける。封印などに使う注連縄と違う点は簡略化され、扱いやすいよう改良された点と封印の様に強い持続力が無い事。
「牛呂さん大丈夫?」
血だらけで見るからに重症な彼女に大丈夫か?はあまりに無粋かもしれない。
「なん…で?」
「だって牛呂さんあの時ごめんって言ってた。俺の事を気遣ってのごめんなら優しいじゃん。昔のままの優しい牛呂さんなら何か理由があってこんな事したんじゃないかって」
「どうして、どうしてそこまで…」
言葉が出ない。後ろめたさがあった。真季波くんを犠牲にして妹を取った。そんな私を彼は“優しい”と言ってくれた。
(昔のままの…?)
まさかと思った。
「友達じゃん」
覚えててくれた。その事が嬉しく涙が止まらない。私に希望を見せてくれた。あの時から変わらないただ1人の人。
「少し休んでて、終わらせてくるから」
狐に向き直る。縛られ身動きが取れない今、早々に祓わないと。
「私は白蔵主だぞ…あるお方を支える存在なんぞ。私はあの方の為に貴様らを殺す」
注連縄が破られ先とは比べられないくらい肥大化した狐が襲いかかる。
狐の爪での攻撃。狐の手の甲を触り払う。獣の雄叫びが工場跡地に響きわたる。
それもその筈、手に纏わした妖力は祓い屋として仕事をしてきた賜物。下位の妖怪ならば触れば祓える。能力などを使う上位の妖怪でも触れれば火傷をしたように皮膚が爛れる。
「ぐぬ…これが祓い屋の力か…私は九尾様に支える白蔵主ぞ。あの方を支える為私は…ここで死ぬわけにはいかんのだ!!!」
“臨界解放(りんかいかいほう)”そう唱えると彼の肥大化した体が伸縮し先の人型よりも少し小さいくらいまで収縮した。
今までに無いくらいの緊張感に体が強張る。
(臨界解放。お爺ちゃんに聞いた事がある)
「注意点を教えておこう。都会の妖怪は地方の田舎の妖怪に比べ狡猾で訓練されとる。能力を使う妖怪も田舎と違い多く出るだろう。その中で“臨界解放”を使う妖怪が現れたら要注意だ」
「臨界解放?」
「能力を使う事のできる妖怪が能力のデメリットや弱点を無くし強化する技。一朝一夕で習得できるものでも無い。そして使用すると自身の妖力が極限まで少なくなる言わば奥の手じゃな」
お爺ちゃんの言葉を思い出し不味いと思う。
白蔵主、こいつはここで俺たちを本気で仕留める気だ…
「私の真の力をお見せしましょう“幻像再現(げんぞうさいげん)”!!」
白蔵主の周りにクナイの様な投げナイフが数百本いやそれ以上の数が浮遊する。
「狐が使うのは幻術、幻術は幻です。私はその幻を現実にする。あなた方の目の前に写るこのナイフ、これは全て本物ですので悪しからず」
数百のナイフの内一本が物凄い勢いで飛び凪の左目を射る。
「あぁぁぁぐッ…」
左側が赤く染まり痛みに狼狽える。瞬時に左目はもう見えないと悟る。根性で痛みを堪え奴の方を確認する。白蔵主は悲鳴が聞けて満足と言わんばかりの表情でこっちを見下ろしている。
その顔を今から逆にしてやる。左目が見えないのならその左目を代償に上位の“門”を呼ぶ。目として機能しなくても肉体に代わりはないのだ。呼べるはず…
「“地獄の門よ、我が名により命ず。我が目を代償に禍を閉じ込めろ”」
“門”を呼ぶと同時に体の力が抜け意識が遠のきそのまま倒れ込む。
凪の呼び声に応え、白蔵主の下に大きく禍々しい“門”が出現する。その門が開くと黒い手が数百本以上、白蔵主に伸び掴もうとする。
白蔵主は抵抗のため実態となったナイフを向ける。
「悪足掻きはよせ。其方はもう負けておる」
「その声は!?」
工場跡地の積み上げられたコンクリートの上に九本の尾を持つ美しい女性が姿を表す。
白蔵主の投げたナイフは黒い手に当たるも、黒い手は一切勢いを弱める事なく白蔵主を掴む。
「な、!?」
「言ったであろう?其方はもう負けておる。少年が肉体を代償に“地獄の門”を呼んだのだ。強制力が違う」
「お、お助けを!!私はまだ貴方様にお支え」
「お主が地獄へ堕ちるのは確定事項ぞ?それと其方に対しての悲報を一つ。妾は少年が気に入った♡」
「あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
黒い手に導かれ門の中へ悲鳴と共に白蔵主は消えた。“門”は閉じると同時に消え、そこには元から何もなかった様に静かな夜が来る。
凪の下に駆け寄り彼の顔を覗き込みながら九つの尾を持つ女性は空に問う。
「友の為に自身の身も顧みない其方のことを妾は気に入ってしもうたのじゃ。其方と其方の友は妾が助けよう。そしてできれば妾と共に…」
そう声をかけ凪の無くなった左目を撫でる。愛おしく見つめる獣は数刻の時間を堪能したのだ。
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