第6話

ききゅうはきりゅうに乗って北へ北へ。

白い山々が連なり、尖った木々が生える土地へとやって来ました。

空の上では冷たい風がぴゅーぴゅー吹きます。

夜明けごろのこと、シモンとフランは毛布にくるまり、がたがた震えていました。


「ねぇ、フラン。

どこかで村でもみつけて降りて、食べものなり着るものなり探さないかい。

このままでは僕たちはすっかり凍えてしまって、はじめて空を飛びながら凍えて死んだ人間はシモンとフランだって、その大事な図鑑にのってしまいかねないよ。

もしかしたらベルヒアーはそれで満足するかもしれないけどさ。

ああ珍しい。これが世界で初めて空で凍えて死んだ愚かな少年たちだって」

「馬鹿を言うんじゃない。こんなところで死ぬなんて真っ平ごめんだね。だが降りるという案には賛成だ。それで食べものなり着るものなり見つけようじゃないか。

このところ電話もかかってこない。少しくらい仕事から離れても、ベルヒアーだって気づかないさ」


これは名案だと二人の意見が一致しました。

善は急げとなったところで、ジリリンジリリンと電話が鳴りました。

ベルヒアーです。

シモンは思い切って電話に出ました。

不思議なことに、以前ほどの恐怖は感じませんでした。


ベルヒアーはいつもの老いた腰の低い声で話しました。

『この厳しい北の大地で暮らす人間は、常に死に直面していると言えます。

彼らはその生に何の、そう何の希望とやらも無いに違いありません。

だとしたら彼らの人生は真っ黒に塗りつぶされているのでしょうか。

それとも彼らには、死に立ち向かう秘密の知恵があるのでしょうか。


そこから少し北に飛ぶと村が見えます。

村の長のところに郵便を送りました。

いくつかの質問用紙が入っているので、村人から聞き取り調査をしてください』

「あの」

シモンの口から言葉が出ました。

ベルヒアーとの電話で少年たちが話すのは、それはそれは珍しいことです。

ベルヒアーから問いかけられたわけでもないのに話すのは、それこそ初めてのことでした。

「仕事の前に食べものと着るものを探していいですか。僕たち凍えそうなんです」

電話はたっぷり長く沈黙しました。くじらがあくびするくらいの時間です。

本当はわずか1つか2つ数えるあいだでした。


『好きにしてください』

ベルヒアーは答えて電話を切りました。



しばらく北に向かうと、赤い屋根の粗末な村が見えました。

シモンとフランはききゅうを降ろして、村長の家に向かいました。

年老いた村長は二人を見つめると、とうとうこの日が来たと、焦げ茶色になった封書を家の中から掘り出してきました。

彼の話によると、この手紙は彼がまだ子供だったころに、祖父から伝えられたものだとのことでした。


シモンは手紙を受け取って尋ねました。

「食べものと着るものはありませんか。僕たちハラペコだし寒いんです。この瑠璃の飾り物と交換でどうでしょうか」

「悪いがうちには余裕がない。しかし村の中を自由に歩き回りなさい。どこかに食べものと着るものが余っている家があるかもしれない」


二人は村長の家を去って、梯子の立てかけてある家の扉を叩きました。

扉が開きました。

立っていたのはまだ若い男の人でした。

奥では若い女性の人が、幼い女の子を抱いていました。

その女の子は髪の毛も目も肌も真っ白でした。

男の人が言いました。

「何の用かな少年たち。ここらでは見ない顔だが」

フランが尋ねました。

「僕たち食べものと着るものを探しているんです。余っていたらこの瑠璃と交換してくれませんか。南の島の姫が身に着けていたものです」

「やあ、これは素敵な瑠璃の飾り物だ。よろしい、食べものと着るものをわけてあげよう」


こうして二人は食べものと着るものを手に入れました。

いくつかの小さな硬いパン、二枚の薄い襟巻きです。


シモンとフランはききゅうに戻って、苦労してパンをかじりながら、封書を開きました。

封書の中にはベルヒアーからの質問用紙と、質問が終わったら開けるようにと書かれた、もう一つの封書が入っていました。


少年たちは村に戻り村長の家を訪ねました。

「また来たのかい。何の用だい」

「僕たちベアヒル新聞社の特派員なんです。この村のことを取材させてください。

あなたはどうしてこんなにひどい村で生きていられるんですか?」シモンが質問用紙を読み上げました。

「確かにひどい村だが、自分の生まれた村だしね。それにどこに行ったって同じさ。この世はどこでもそれぞれにひどい」

「そんなにひどいのに、どうして村はやってこれたんですか?」フランが質問用紙を読み上げました。

「譲り合いの精神さ。お互いに助け合う。それがこの村の伝統であり、美徳さ」

「この村から大して出たこともないくせに、この世界についてわかったようなことを言う、その自信はどこからくるのですか?」シモンが質問用紙を読み上げました。

「なんだと?」

「あなたが友人に優先的に水の利用権を割り当てたため餓死した以下の14名…(名前列挙)…について、何かしら具体的な形で責任をとるつもりはありますか?」フランが質問用紙を読み上げました。

「お前たちは何者だ」

「あなたは梯子の立てかけてある家の、若い奥さんと幼い娘との情事を夜な夜な妄想していますが、今の奥さんに対して何か後ろめたい気持ちは?

またあなたは気づいていませんが、あなたの恋慕は既に何人かの村人に悟られています。そのことについて感想は?」シモンが質問用紙を読み上げました。

「答えはこれだ」

村長は二人に思い切りげんこつをくらわし、寒い外に放り出しました。


少年たちはよろよろと起き上がると、帽子をかぶりなおしました。

「家は何軒あるのかな?」

「数えるだけ無駄さ。どうせ全て回るんだから」

「質問用紙はどれもこの調子かな?」

「さあ。ぜんぶ回ればわかるさ」


全ての家を回り終わったころには、日はすっかり沈み、二人の顔はぼこぼこの血だらけになっていました。


ききゅうに戻って二人は寝ころびました。

シモンがぼこぼこの顔でにっこりしました。

「ようやく仕事が終わったよ。今回の仕事は楽だったね。誰も傷つかなかったよ」

フランがいつもの陰気な声で言いました。

「まだ終わってない。もう一つの封書が残ってる。だがまぁ、それを開けるのは明日の朝にしよう」


二人は毛布にくるまって凍えながら眠りにつきました。

その上では、満天の星空がただ広がっていました。

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