第5話

5.


二人はききゅうをキノコの塔のそばに降ろすと、さっそく大きな木の扉を叩きました。

「こんにちは。へんてこりんな家の人。

僕はシモン。あわれな旅の少年です。

もしあなたが僕の思った通りの善人なら、扉を開けて中に入れてください。

そして歓迎の温かいスープに魚料理と肉料理、それから甘いデザートや果物、

刺激的な飲み物などで歓迎してください。

それからあなたが飼っているかもしれない白い鳥を写真に撮らせていただけると、

僕たちは汚い仕事をしないで済みます」

「こんにちは。へんてこりんな家の人。

僕はフラン。あわれな旅の少年です。

もしあなたが僕の思った通りの善人でないなら、僕たちは仲間です。

中に入れてください。僕たちは武器なんか持っていませんよ。

それどころかたんまり金貨を持っています。危険なまやくもね。

さあ中に入れてください。さあ早く」


シモンとフランは待ちました。

中からどったんばったんと大騒ぎする音が聞こえました。

それからどすんと重い扉が開きました。

二人は危うくはじき飛ばされるところでした。

でもそんな無作法を気にしている余裕は、少年たちにはありませんでした。

なぜなら塔の内側には、扉いっぱいに顔がつまった、とんでもなく大きなフクロウのばけものがいたからです。


フクロウは二人をぎょろりと見て言いました。

「おお美味そうな子供たち。なんと利口な子供たち。わたしの塔まで自分たちから来てくれるなんて!

わたしのお腹はぐーぐーぐーぐー。その唸りは森を越えて、3つ向こうの山まで聞こえるくらい。

さあさ良い子たち。こちらにおいで。おいしくおいしく食べてあげるから。

どちらから食べようかな。健康的で美味しそうな子を先にしような。青い肌で不味そうな子を先にしようかな」


シモンとフランは恐怖のあまり抱き合ってがたがた震えました。

青い顔になったシモンは必死で懇願しました。

「ああ、フクロウ様。フクロウ様。どうか僕たちを食べないでください。

僕たちなんか食べたっておいしくもなんともありません。

なぜって宝石のような南の島の、瑠璃の宮殿に住むでっぷりとした王様だって、

この僕たちは食べなかったんですから」

フランもいつも以上に顔を青くして叫びました。

「僕たちなんか食べても絶対においしくありません。

なぜってこのシモンはめったに風呂に入らないんでひどい匂いがしますし、食べ物だってまともなものにありつけるのはたまにで、いつもはパンを食べてるのかカビを食べてるのかわからないほどです。

そしてこの僕はそのシモンより不味そうだといつも言われるくらいですから、そりゃもう気絶するほど不味いこと請け合いです」


必死の二人の弁論に、フクロウは笑顔を作りました。

そして、

「冗談だよ」

銀の鈴のような澄んだ声で言うと、舞い散る白い羽を残して化け物の姿は消え失せ、後には白いローブを着た人が立っていました。


ぼさっとした長く白い髪、白い肌、白い目、背はあまり高くなくほっそりとした体つき。男かも女かもわかりません。どちらかというと女の人のように見えました。

若くてとにかく美しい人でした。

シモンとフランはこれほどに美しい人を見たことがなかったので、

目の前にいるこの人は、人ではないのだとわかりました。


「冗談だよ。シモン。フラン」

その人はいたずらっぽく笑いました。

「あなたは?」

「人ですか?」

二人は尋ねました。

「わたしはこの世で最後の魔術師。さあ中に入って。温かいスープくらいは出してあげるさ」


塔の中はたくさんの本や薬品、水槽や木鉢、お菓子におもちゃ、その他の雑貨が積み上げられていました。

シモンとフランは、この場所にふしぎなかんかくをおぼえました。

それは二人がはじめて感じるもので、安心感、や、なつかしさ、といった類のものでしたが、二人ともそれが何だか気づくことはできませんでした。


フランは図鑑で魔術師を調べました。

竜と同じく不思議な力を使う存在。もうこの世にはいない。と、記されていました。

しかし目の前にいるのです。また図鑑が間違っている!

フランは今後、あまり図鑑を信用しないことに決めました。


白い魔術師は木のテーブルにシモンとフランを座らせました。

スープを温める間、二人の擦り切れた手と足、それと痣だらけの顔を洗って手当してくれました。

そのあいだずっと白い魔術師は、二人に優しい言葉をかけました。

どうしてこんな傷跡ができたのとたずねて、勇敢だったんだねと褒めてくれました。

どうして指が震えるのとたずねて、つらかったんだねとなでてくれました。

どうして小さな音にもおびえるのとたずねて、こわかったんだねとなぐさめてくれました。


温かいスープが並べられました。

「パンもスープも、いくらでもおかわりあるからね」

白い魔術師がまたいたずらっぽく笑いました。


美味しいスープを一口飲んだ二人の目から、涙があふれてきました。

二人ともこんなに優しくされるのは初めてだったのです。

「好きなだけ泣くといいよ」

白い魔術師が布で二人の涙をぬぐいました。

ずっとここで暮らしたい。そんな思いが込み上げてきました。

でもそれは許されません。だって二人は竜のベルヒアーに雇われているんですから。


「あの白い鳥は?」シモンが尋ねました。

「ん?あれはわたしが変身してたんだよ」

「他にも魔術師はいるんですか?」フランが尋ねました。

「いや。魔法使いも魔術師も、もうみんな去って行ったよ。この世に残ったのはわたしだけ」


シモンとフランはたらふく食べました。

今まで生きてきて一番幸せな時間だったと、二人は思いました。

「さて」

白い魔術師が言いました。

「シモン。フラン。きみたちはもう出発しなきゃいけないよ。また太陽が高いうちに遠くに離れなくちゃいけない。きみたちが来たことで、ベルヒアーがここを見つけたからね」

二人は唖然としました。

ベルヒアーがここに来る?

このやっとみつけた素敵な場所に?

「そこできみたちに贈り物があるんだ」

白い魔術師が、緑色の箱をテーブルの上にのせました。

「あけてみて」


シモンとフランは顔を近づけて、箱を開きました。

中からバネ仕掛けの道化の頭が飛び出しました。びっくり箱です。

二人は椅子からころがり落ちました。

「あはははは!!」

机を叩いて笑う白い魔術師。少年たちもいっしょに笑いました。


「わるいわるい。本物はこっちさ」

白い魔術師は透明の液体が入った瓶を机に置きました。

「これは変身の薬。これを飲めば誰でもどんな生き物にでも変身できるんだよ」

「じゃあ」と、シモン。

「あなたがベルヒアーより強い竜に変身すれば、ベルヒアーを倒せるんじゃ」

「馬鹿言うな。そうしたらベルヒアーは自分で同じ薬を作って、ベルヒアーより強い竜より強い竜に変身するにきまってるじゃないか」と、フラン。

「フランの言う通りだよ。もう力でベルヒアーを倒せる者はこの地上にはいないんだ。さあ、もう時間だよ。あの空を飛ぶ乗り物で出発して」

「あの…」

フランとシモンはもじもじと照れくさそうにしました。

最後のお願いを口にしていいものか躊躇ったからです。

白い魔術師は両手を広げて二人をぎゅっと抱きしめました。

「シモン。フラン。この森を去るとき、後ろを振り返らないで。それがわたしからのお願い」



ききゅうが浮上しました。

空高く舞い上がり、風をつかまえました。

きりゅうに乗って東に飛びます。

森を過ぎ、隣の山を越え、海が見えてきました。

ちょうど夕焼けのころでした。

そこで二人は、白い魔術師に言われたことに背いて振り返ってしまいました。


森がなくなっていました。

森の中にあった山も。

そして山にあったへんてこりんな塔も。

お昼ごろには森があった場所には、

大きな大きな丸い穴が空いていました。

見えるのは土と暗闇だけでした。


シモンとフランは泣きました。

交代で泣きました。

シモンが泣き止むとフランが泣きだしました。

フランが泣き止みとシモンが泣きだしました。

少年たちは7日7晩、かわるがわる泣き続けました。

幸いなことに、そのあいだ電話はありませんでした。

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