第4話

4.

ジリリンジリリン。

ききゅうの上の朝です。今日も電話が鳴ります。

少年たちは毛布の中から飛び起きて、がたがた震えながら受話器をとります。


『人がこの退屈な世界を楽しみに満ちているかのように生きているのは、奇跡に思えます。あるいは人もまたその仮面の下に、退屈で窒息しかけた青白い顔を隠しているのかもしれません。

それとも限られた命というのは、生に喜びを与えるのでしょうか?

ならば極限まで限られた命は、極限の喜びを与えるのでしょうか?

黒い死が彼らを襲うとき、彼らは狂喜に身を焦がすのでしょうか?

郵便をたくさん送りました。郵便局で受け取ってください。

中に入っているものを街に放つのです。あなたがた二人は、中のものに決して触れてはいけません。仕事が終わったら、すぐにいまいる地方から遠くに離れてください』


今回の仕事は楽です!

だって人を…したりしなくて良いのですから。

二人はききゅうを降ろして、街の郵便局に向かいました。

親切な郵便局員さんは、ベルヒアーから荷物を受け取るなんて、なんてあわれな少年たちだろうと、げんこつをくれました。

郵便局員がげんこつをくれるなんて、なんて素敵な街でしょうか!

だって郵便局員が郵便以外で他人にくれてやるものと言ったら、鉛だまが普通ですからね。

シモンとフランはお返しに郵便局員をピストルで撃ったりはしませんでした。

だってそれはベルヒアーから与えられた仕事ではないからです。


荷物はたくさんの木箱でした。

あんまりにもたくさんの木箱だったので、二人は荷馬車を雇ってそれを街の人気のない路地に運び込みました。

それから箱の上に乗り、バールでこじ開けました。

すると中からたくさんのネズミがあふれ出し、街路を駆けだして行きました。

それはもうたくさんのネズミです。

二人はその様子を満足気に見送ると、ききゅうにのってこの素敵な街を離れました。


さて西風にのってききゅうは東に向かいます。

何日か後の夜明けのころ、広い森の上で、一羽の白い鳥が飛んでいるのをシモンが見つけました。

さっそく望遠鏡でのぞいてみます。

「やあフラン。あの鳥はきっと珍しいよ。きみも見てみなよ」

フランが言い返します。

「どうせ図鑑にのっている鳥だろう。きっと白鳥だましかコサライノトリってところだ」

そうしてさっとシモンから望遠鏡を受け取りました。

「ぜんたいこれはどうしたことだ。あの鳥は確かに図鑑にのっていないぞ。

もしかしたら珍しい鳥かもしれない。行ってみよう」


二人はききゅうを操って白い鳥の方に向けました。

追いついてみると、それはたいへんに優美な鳥でした。

翼はとても長く、先の方は透き通ってきらきらしていました。

くちばしは細く風雅で、朱で塗られているかのようでした。

そして羽毛の白いことときたら!!

もし天使が本当にいたら、きっとあれくらい白いのだろうと二人は思いました。


少年たちは迷いました。

ついに本当の仕事を果たす時が来たのです。

きっとはじめて"珍しいもの"を見つけたのです。

ですがカメラに手を伸ばすのは躊躇われました。

だってこんなに美しい生き物をベルヒアーに教えたら、きっとすぐに飛んできて、

かみ砕いてしまうのではないでしょうか?

なぜってベルヒアーはじゃあくな竜だからです。


なのでシモンはフランに仕事を押し付けることにしました。

「きみがカメラを使えよフラン。

きみは機械に詳しいし、カメラを扱うのも上手だろう。

それにきみが良い写真をとれば、僕はベルヒアーにきっとこう言うだろうさ。

『この素敵な写真をばちこんと撮ったのは、きっと驚くでしょうがこの写真の名手、

我が親友のフランです。彼ほどの写真の名手は、世界を探してもきっと2人か3人かもっと多いかもしれません。でも100人はいないと思います。だって写真機はまだ世界に100台ほどしか無いですから。

だからと言って、彼が素晴らしい名手であることに間違いはありません。その老いたよぼよぼの目でご覧になれば良くわかると思います。だからどうか彼を食べないでください』ってね。

ささ、カメラを使いたまえ」

フランが言い返しました。

「いやいや、きみがカメラを使うべきだよシモン。

きみは目がいいし、あの鳥を見つけたのはきみなのだからね。それにきみが良い写真をとれば、僕はベルヒアーにきっとこう言うだろうさ。

『この記念すべき写真をがしょんと撮ったのは、もしかしたら驚かれるかもしれませんがこのふうてん小僧、我が腐れ縁の親友シモンです。彼が泣かせてきた人間は、この地方だけできっと2人か3人かもっと多いに違いありません。

確実に100人は超えます。だって貴方さまに仕えているんですから。

彼の今までの仕事ぶりは良くご存知だと思います。

だからどうか彼を食べる前に、今までの奉公のことを今一度考えなおしてください』ってね。

ささ、カメラを使いたまえ」


そんな風に言い争ってもみ合っていると、

白い鳥は森の中にぽつんと盛り上がった緑の山に降りていきました。

顔に青いあざを作った二人は、あわててききゅうを追いかけさせます。


山に近づくと、へんてこりんな家が一軒見えてきました。

キノコのような笠をかぶったずんぐりとした塔があります。

そのまわりに、キノコのような笠をかぶった小さな出っ張りがたくさんくっついていました。キノコ塔には窓や扉がありました。白い鳥はその窓の一つに消えていきました。


「おいおい、へんてこりんな家に入ったぞ」と、シモン。

「あの家がへんてこりんなことに異論はない」と、フラン。

「しかし僕らはあの家を訪ねないわけにはいくまいな」

「それもこれも、君が早くシャッターを切らないからだ」

「まぁ、いいじゃないか。ああいう人里離れたへんてこりんな家に住んでる人というのは、いっけん気難しいが実は根っからの善人だって決まってる。

なぜって悪人という奴は、始終他人を傷つけていないと気が済まないから、人が沢山いるところを好むものだからね。

対して善人は傷つけられてばかりだから、人がいないところを好むんだ。

だから僕たちが尋ねていけば、おおこの世界一あわれで利口な少年たちよ、さっそくごちそうにするとしよう、って言って、たらふく振舞ってくれるに違いないさ。

それから僕らは例の鳥の写真を撮って、ケチなベルヒアーに送り付ければいい」

「きみにしてはまともなことを言うな。

さあ、さっそくききゅうを降ろして、あのへんてこりんなキノコの家に訪ねようじゃないか」

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