第十章 竜払い 後編(5)
夜を迎えるまえに、使命を終えた竜たちは都の上空から離れ、群れへと合流していった。
利くと確認できたのは血と骨だった。矢を括り付けた肉は、けっきょく上手く飛ばず、竜の口へ入れることが出来ず試せなかった。けど、血と骨、どちらも竜の口から体内に入れると、竜の動きが止まって痙攣して、墜落することがわかった。
ここに来て、竜の生態を知り、どの竜払いたちも「そうだったのか………」といって、驚いていた。
たしかに、いままで誰もそんなことを試してみようと思わなかったのかもしれない。獅子に向かってゆくとき、同種の獅子の血が毒になるとも発想しないし、同種の骨を食わせることで効果があるのではと発想はしない。
偶然、貴重な竜の骨の剣を二本持ってたおれが、防御のため竜に剣を噛ませた。その時、竜の不愉快そうな反応をしたから気づけた。おそらく竜は同族の身体の一部を口にすると、身体が強烈で過剰な拒否反応を起すらしい。もしかすると共食いを回避するようにつくられた生命なのかもしれない。
「つか、これ希代の大発見なんじゃないの?」
リスがぼそりといった。
「竜払いの歴史が変わるじゃない?」
さらにそういった。
とにかく、都は焼かれてしまったが、竜に竜を与えてしまうことで発生する現象は確認できた。明日は、これで竜と遣り合える。
そこからはリスがよく動いた。まず、仕留めた竜の亡骸ら必要なものを回収した。白い竜に気づかれないように、夜のうちに行う。同時に弓遣い探した。だが、優れた人材はあまりみつけられなかった。すると、フリントがいった。「矢じゃなくても、竜の身体の一部を弾にしたのを食わせればいいんじゃないか」
そういえば、フリントがそんな銃の弾を持っているといっていた。すると、大陸の竜払いのひとりが「銃の在りかならわかる」といった。そこは、竜払い協会の地下だった。いまは建物は壊滅したが、地下は無事だった。そこには、戦争でもするつもりだったのか、大量の銃が残されていた。
そもそも、銃で竜を攻撃すれば、竜の怒りを買って、群れを呼ばれて、人間の領域など壊滅される。もちろん、通常の弾で竜を撃っても、一発二発じゃ倒せないのもある。
けど、もうこの状況だった、銃をつかってもつかわなくても同じだった。
都には職人も大勢いる。矢の時のように、弾丸に竜の一部を仕込む作業を一晩中やってもらった。優秀な弓使いはそうそういなかったが、銃を扱える者は、避難してきた人たちのなかにも大勢いた。説明はリスが行ない、兵力を募ると、かなりの数が集まった。
「ひたすら竜の口んなかを撃て。炎を吐こうとしたときを狙うの。口のなかに弾が入ればどんな竜も一発でやつけられる」リスは力まずに言う、まるでごくかんたんなことのように。「あたしたちでも竜をやつけられるから」
銃の使い手は、男性だけにではなく、女性からも集まった。
対決の準備が進んでゆく。その最中だった。
「先生」
と、おれは見知らぬ人から声をかかられる。
それも一人や二人じゃない、準備のために移動する間、いろんな人たちから「先生」「どうか守ってください、先生」「先生、おねがいします」ゆく先々で、先生、と呼ばれた。どこかで、妙な噂が流れてしまったみたいだった。
「きみの伝説を聞いたことで、きみがみんなの精神的支柱になってるようだ」
ヘルプセルフがそういった。
「それでみんなの心が安定するなら、すべてが終わるまで演じているべきだ」
なんだか大勢を騙している気分だったが、あと一日にも満たない時間だけ、そのまま演じ切ることにした。というより、事情を説明している時間もなかったというもある。
準備は夜通し続けられた。とうぜん、白い竜に気づかれないように遂行された。作業の音を隠すために、各地で楽器の演奏を頼んだ。人間たちが、恐怖から逃れようと、最後の夜に現実逃避のための音楽を放っている。そう思われることを目論んだ。
音楽は明け方まで続いた。演奏者も戦うように歌ったり、奏でたりしていた。
準備の目途がついたので、少し眠った。気が付くとまだ朝で、けっきょくあまり眠れなかった。
都の中心では、火を通した料理をみんなに配っていた。その近くを通りかかったときだった。
「あなた」
声をかけれらた。見ると、昨日、赤子を受け取った女性だった。腕のその子を抱いている。顏もきれいに拭かれ、眠っていた。
「ああ、これはどうも」
寝起きのせいか、間の抜けた挨拶を返していた。
「この子は元気です」
「そうですか」おれは彼女の腕なかで眠る子供を見た。可愛い顔で眠っている。「よかった」
「あの、名前」
「え」
「この子の名前がわからなくて………」
「ああ、そうか………」
おれも知らない。
「つけていただけないですか」
思わぬ頼みに、目が覚めた。
「あなたにつけてもらったって教えれば、この子もいつか嬉しくなる日が来ると思うんです」
彼女は愛おしそうに、眠る子供の顔を見て微笑む。
そうか。
「アサ」
無意識のうちに、それを口にしていた。
「アサ」
と、彼女も言った。
「アサ、おれの母親の名前なんです」
そう説明した。
もういない母親の名前を口にしたのは、何年ぶりだろうか。
「アサ………なのね………そう………この子はアサ」
また輝く場所をみつけたように彼女は微笑んだ。
その光景を見ているうちに思った。おれにも昔、名前をつけれた日があったんだろう、とか。
そんなことを。
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