第十章 竜払い 後編(4)

 夕方になると、都を囲っていた群れの三分の一が空へ飛んだ。動きはそれほどそろっていなかった、軍隊行動としては緩慢な方だった。セロヒキいわく「きっちりした訓練はしていないな」らしい。

 人々の中央部への避難は終了していた。自宅から離れたくないという者に対しては、ホーキングの笑顔の恫喝などが駆使された。

 群れから放たれた竜の一団は、およそ三十匹。どれも大型だった。都の上空まで来ると竜たちは、口に炎の光りを灯し出した。焼く準備をしている。

 その状況を目視しつつ、弓兵とともに今日、竜に《消滅させる予定の領域》へ移動する。協力してくれた弓の使い手は、竜払いではなく、軍隊経験者だった。弓兵は三名。ひとりはセロヒキだった。弓は得意らしい。

 用意した弓はそれぞれ三種類。血をつけて放つもの、竜の骨でつくったものを、竜の肉を括り付けたもの。弓兵は矢の種類の違いにそって、三つの部隊に振り分けられた。血の部隊にはおれがついた。骨の部隊にはフリント、肉の部隊はホーキング。

 リスとビットは中央に残った。ヘルプセルフは自ら、足手まといにならないように、リスたちと中央へ残った。

 セロヒキは血の部隊に入った。おれと一緒に、まもなく炎に包まれる場所を駆け抜ける。

 夕焼け空に、三十匹の大型竜の影が浮かぶ。口先に用意された炎の鱗片が、地上からでもちりちりと瞬いているがみえた。

 やがて、最初の一匹が地上へ降下して、都のまだ無傷の領域へ口から炎を放った。

 そして、つられるように、竜たちが下降して、炎を都へ放つ。

 都の中心に立つ、塔の周囲が炎の壁に囲まれた。

「もうすこし町を焼かせてからだ」おれは自身に言い聞かせた。

 竜は空中から都へ迫り、届く距離になると炎を吐き存分に焼いた。すべてを吐き終えると、ふたたび、空へ戻る。そして、そこで炎をため込んで、都へ降りて炎を吐く。それを繰り返す。

 なかには下降し、炎を吐いて、間違えたのか、そのまま一度、着地してしまう竜もいた。おととい、昨日と、この大陸の竜払いたちが倒したのは、そういった不時着した竜たちだった。竜とはいえ完璧な存在ではない。何か間違えることもある生物だった。

 手立てなく、住処をやかれる人間たち。その時間を竜たちへ与え続けた。

 やがて中央の塔、時計版が一瞬、光った。

「やろう」おれが言って、セロヒキがうなずく。

 矢先に採取した竜の血を浸す。

「あれが来そうだ」セロヒキがいった。

 空中にいた一匹が、口の炎をため、こちらへ降りようとしていた。

 セロヒキが「あいつは何度か着地に失敗してた」といった。実行可能か、現在地の確認をする。ここなら、群れに潜む白い竜からも死角になる。決まりだった。

 狙った竜がこちらへ迫った。そして、炎を吐こうと口を大きくあける。

 セロヒキが矢を放つ、鋭い。流れ星が空へ還るようだった。矢は美しいまでに狙い通り、大きく開かれていた竜の口へ入った。

 とたん、竜の目が変わったのがわかった。吐こうとした炎が空中で霧のように消えて、竜が悶えだした。そして、竜はそのまま頭部から地面へ落ちた。

 おれたちは数秒ほど黙ってしまった。それからセロヒキが「………利いた」と、唖然とした様子でつぶやいた。

 矢を喰らった竜は、地面でも痙攣していた。おれは背中から剣を抜いて、竜の元へ向かった。

 そして、容易く、その竜を仕留めた。

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