第九章 竜払い 前編(4)

 こんなに竜と連続で戦ったことはない、最初の竜から数えて十匹以上になる。しかも夜通しだった。数も十匹以上からさきは数えていなかった。

 都へ向かう道の途中、人が竜に襲われている場面に何度も出くわした。不思議なことに、人を襲っているのは、皆、小型の竜だった。そして竜は揃えたように、人を襲うのに夢中で、毎回、不意打ちで対処が出来た。何か役目を果たそうとし過ぎて隙だらけに思えた。おれの知っている竜とは違う感じがある。竜は決してここまで油断ある生命ではない。

 戦った竜の数がわからなくなってきたと同時に、どんな人が襲われていたのかも記憶しなくなっていた。ただ、どこかで竜を払った後「あいつの留めをさせ!」と、怒鳴られた。それから別のところで「おまえたち竜払いはいったいなにをしていたんだ!」と、責められた。

 おれは竜を払うと、すぐに道へ戻った。

 一度だけ、道から外れ麦畑のなかに身に潜め、給水と食事をとった。夜はまだ濃く、朝まではだいぶあった。休息の間、二回、夜道を足早に走ってゆく人間を見た。その人たちは、おれの存在には気づけていなかった。

 小型の竜しかいない、そして、小型の竜は、あの道から外れてゆこうとする人間を襲っている。やがて、それに気づいた。おそらくそうだ。そして、あの道は都へ続いている。

 竜は都へ向かう者を襲っていない。いっぽうで都へゆこうとしない者を襲っている。

 人間を一か所に集めているのか。わかって、いい予感がするはずもない。けれど、疲れていたせいか、発狂すらできなかった。ただ、いまは動くしかない。それだけを思っていて立ちあがって、出発した。

 ふたたび竜と戦う。道から外れて逃げようとする人を竜が持てる脅威で押し戻そうとする。それをするに注意散漫な竜を攻撃し、どこかへ払う。

 同じ世界が繰り返されるような気分だった。しかも、いつも、高く死ぬ可能性がある世界だった。どうやったって慣れない。疲れに引きずられても、竜を知る身体は、如何なる竜と戦いで自動的の手を抜かないようになっている。竜払いとしてやってきたことで得た、祝福された呪いみたいだった。

 竜を払いながら都を目指す。

 そう、なぜだっけ。

 そうだ、ホーキング、彼がそこにいるはずだ。彼なら、いま戦っているはずだ。負けてないだろ、やられてないだろう。そのはずだ。

 気を抜くと、前進の理由は一瞬で消えそうになる。けど、考え過ぎるとたちまち油断が生じて、現れる竜にやられそうになる。げんに、ここまで何度も反撃は喰らっていた。致命傷はもらってないはずだが、確認はしてない、身体の動きがにぶってるのは勝手に疲れのせいにして片づけていた。

 夜が明けて来た。都まではまだありそうだった。遠目にも見えない。眠っていなかった、水は時々飲んだ。

 陽が登り、ようやく、世界がどうなっているのかをはっきり見た。大地が無差別に焼かれている。家も畑も炭になっていたり、なっていなかったり、法則性はなく、雑に焼かれていた。生き物も同じ扱いだった。かなり、きつい。

 夜がなくなってしまうと、ただ道を進むことがひどく危険に思えてきた。ともより、夜だったから安全という理由もみつけられなかったが、勝手に夜を味方につけていると思う混むことで、少しでも心の安定の足しにしていた感じはある。

 迷って、近くにあった農家の馬屋に身を隠した。馬はいなかった、あわてて人が連れ出した痕跡がある。

 はじめは、ここでそのまま新しい夜までじっとしているつもりだった。疲れているはずだ、目を閉じると、すぐに眠れるものだと思っていた。でも、おそらく、数分と経たないうちに目があいた。

 昼間では夜のように闇に身を隠せない。眠れなくとも、ここで夜を待つべきだ。けれど、どうだ、こうして休んでいるうちに、すべてに間に合わなくなるんじゃないか。

 よくない焦りだった。でも、身体は焦りの方に動かされた。一度地面置いた剣をそれぞれ背負い直して、馬小屋を出た。

 ついに白昼の道を行く、姿は丸見えだった。ただ、感じていることがあった。夜通し戦って、ふと思い至った。竜はこの道を外れるものを攻撃し、道へ戻そうとしている気がする。どこかに留まって、道を進まない者に対しても襲撃し、道を進めさせとしていた。

 理由はわからない、竜の動きに法則ある。とにかく、どうしても、人間たちにこの道へ進ませたい、その意志を感じた。

 きっと、最悪の目論みの元に発動されている、それは、かんたんに察せた。白い竜に知性があることを知っている。他の人は、竜が何かを考えているなんて、想像もしてないかもしれない。

 たぶん、このまま道をゆけば罠がある。けど迂回すれば到着が大きく遅れる。道を外れると竜の激しい攻撃を受けるかもしれない。昨日の夜、何度も竜と戦った、そして、なんとか退けられたのは、竜がすでに誰かを襲っている場面だった。どの竜も、何かの命令を果たそうと得物に集中しているせいか、おれの不意打ちに気づけなかったらしい。

 だとすれば、この道を真っ直ぐにゆけば竜に襲われることはないのではないか。弱い仮定を頼りに進むことにした。不気味な相手と試合をしている気分だった。

 警戒しながら道をゆく。しばらく進んでも竜が現れることはなかった。延々と、焼かれた世界が展開され続ける。一瞬、もうすべて終わったんじゃないか。そう思いたい誘惑にかられたが、なんとか心から断ち切った。それはないよ、と友だちを説得するみたいに、言い聞かせた。

 昼になる頃、道は土から敷石に変わった。そして、ようやく地平線の向こうに都が見えた。

 その都を竜の群れが包囲していた。百匹を越える大小の竜たちが都を囲い鎮座している。あんなのは、はじめて見た、竜が群れている。だって、竜は群れないはずだ。

 都は外側の皮をえぐられような破壊のされ方をしていた。都の中心にあった、あの高い時計台は中心にして半径のある領域までは都はほとんど無傷で、ある領域から破壊しつくされている。砂山に棒をたててやる、砂取り遊びの様子に似ていた。破壊された部分からは、生々しく煙が立ち上っている、崩壊した建材のにおいは風にのってここまで届いていた。

 道は都へ続いている、このまま進めば竜の群れのなかを通過する必要があった。

 いま目している光景は、すべて静寂のなかにあった。百数匹の竜が、まるで犬のように《待て》と言われ、その場に身を伏せているようにみえる。統率を感じた。そして、ふたたび思う、まるで人間みたいな生命体だ。人間以外が、人間らしいそれをやっている様子を前にして、絶望的な気持ちにさせられた。

 だが、頭から無理やり振り払う。竜の気配を確認し、近くの森へ身を潜めた。そして、意志の火へ、薪をくべるようにして探す。どこかに白い竜はいないのか、目を凝らした。

 だめだ、いない。竜は百匹以上いる、どれも白くはない。

 どこだ、きっと見落としている、そうさ、そうにちがいない。

 疲れなど忘れて集中して探す、そう思った時、別の道から都へ向かう行列がやってきた。大人と子供を合わせて五十人以上はいる、きっとみんな戦士ではない、逃げて来た一般の人だった。行列はそのまま竜の群れのなかを歩いて都へ向かっていた。無謀過ぎる、と思い、身体も動きかけた矢先、気づいた。竜たちの誰もその行列を襲おうとしていない。竜たちがすぐそばを通過する人間を公然と見逃していた。人間が歩いて都へ逃げ込むことを許している。昨日、やれるだけ人を焼き、やれるだけ町を焼き、やれるだけ田畑を焼いた竜たちが、いまは無防備に真横を通り過ぎる人間たちを見逃し、大人しくいる。

 おかしい、その異様さは誰だって察知できるはずだ。けれど、人々は足を止めず竜の群れを横断し、都内へ向かっている。ひとめで、もう半分は滅ぼされているとわかる、あの都に逃げている。まるで意志は奪われて、吸い込まれるようだった。竜はあえて都へ向かう者を攻撃しないようにしているようにしかみえない。あたりまえだが、都へ逃げ込んだからといって、新しく竜に攻撃されない保証はないし、むしろ、都へいれば、いずれ攻撃される可能性はひどく高い、そんなのはわかっているはずだ。それでも、あそこへ逃げ込んでいる。いいや、もしかすると、そのうち竜の気が変わってもう人間を攻撃しないかもしれない、そんな細い希望を持ち出しているんだろうか。なんだかんだで、けっきょく自分だけは特別助かるかもしれない、そう思っているのか。苦しいけど、その気持ちはわからないでもなく、だから深刻だった。

 考える。昨日、竜はまず人間たちを徹底的に痛めつけた、そして人間から客観的な判断能力を削いだ。そして、大陸内に人間をあの都へ、箱のなかに誘い込むように集めている。そうなんじゃないか。

 まるで人間みたいなことを考える。またそれを思った。

 いったい、この大陸の竜払いはどうなった。すべてやられたのか。

 いいや、ここでこうしてずっと観察しているわけにも。

 けれど、どうだ。おれも都に入るべきか。いや、外から何か有効な手立てを探るべきか。

 だいいち、有効な手立てとはなんだ。すでに大陸は竜たちの好きに焼かれ終えている。人々は、おそらく罠だとわかっていながら、けれど行き場もなく、あの都のなかへ逃げ込んでいる。いったい、この状況から目指すべきものはなんだ。それを自分で決めて、次々に現れる選択肢を選ぶ必要がある。それも悩んでいる猶予はない。

 身を隠して状況を確認している間、何度か人々が列をなして、都へ移動してきていた。竜の群れの真横を通り過ぎてゆく。

 ホーキングは都にいるのか。

 数か月前、ホーキングは、せんせいを竜に殺され、途方に暮れておれを助けてくれた。

 だから、今日はおれが彼の元へいなければ。

 ありったけのなにかをかき集め、心を補強して、なんとこの場に留まっていた。ここで竜の群れと遣り合う。戦争を独りで引受けるような気持ちだった。

 不意に、都を鎮座して囲って竜の群れから一匹が駆けだした。巨体のゆえ、相変わらず、しんどそうに駆け、翼を広げると、重力の反抗するように、地面を蹴って飛び立った。飛んだ竜は、旋回し、都の上空を通り過ぎると、港まで行き、撒くよう炎を吐いた。海へ逃げようとした船を焼いたらしい。竜は役目を終えると、ふたたび、元の位置へ、戻ってきて、着地した。

 やっぱり入ったら出られないじゃないかよ。外の海から船で助けに来ても、きっと同じように竜の炎に焼かれる。

 だめだ、内臓にくる、けれど耐えるしかない。どうする。

 機会が巡って来るのを待つんだ。

 それぐらいしか思いつけなかった。

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