第八章 生まれた場所以外のために(10)
静かに、けど、しっかりと揺さぶられ、目が覚める。
目をあけるとトーコの顏が間近にあった。
「船が来ます」
彼女が小声でそう伝える。
薄暗い。まだ夜が開ける前だった。「船………」つぶやき、二秒で意識を人工的に覚醒させた。「船ですか………?」
「はい、あっちから」彼女は視線で方向を示す。岩場の方だった。「島に近づいてきて」
彼女もビットと同じく優秀な夜目の使い手なのか、言われても、すぐには夜明け前の海面に浮かぶ船の姿を認識することはできなかった。けど、島暮らしで、自分にも多少は備わったのか、目をこらすと、たしかに船が島に近づいてくるのが見えてきた。
小船じゃない。まえに乗ったフリントの海賊船くらい大きい。
というより、まさにフリントの海賊船なんじゃないのか。かたちになんとなく心当たりがある、船全体にあの漂う、いまいちな雰囲気もふくめだ。もちろん、その察知も確実とはいえない。似たようなかたちの船はいくらでもあるだそうし。警戒しつつ、抱え込んでいた剣を手に携え、自身の察知機能を大きく疑いつつ、ひとまずトーコを「こっちへ」と誘導した。
「はい」彼女は返事をしてついて来る。あずけた剣を抱え込んでいた。重そうにしているが大事に扱っていてくれたらしい。
船は岩場の方へ近づいていった。どこから来たんだろうか。真向かいの大陸からやってきたとは思えない。島周辺の海域は、波が強く荒れているため、航行は難しいときいていた。
様子をうかがいに、ふたりで岩場へ移動する。その間に、大陸の動向もうかがった。赤みがかなり薄まっていた。火の手がおさまりつつあるのかもしれないし、もう燃えるものがついえたのかもしれない。
船はじっくりと島へ近づいて来る。そして、近づくたびに、やはりフリントの船に見えてしかたなくなる。正体がいずれにせよ、島に向かって来ているのは間違いなかった。
船は浅瀬に入る前に動きを止めた。船の甲板上をふくめ、明り一切が灯っていない。薄暗さのなか、甲板の上で人影が動いているのがわかった。その影も慎重に動いている。相手も警戒しているようだった。
こっちのことは気づかれているのか。正直、人間とはほとんど戦ってこなかったので、やり方がわからず、けれど、心構えを生産するような贅沢な時間は存在せず、いまはとぼしい自前の勘でやっていくしかなかった。フリントの船に思えるけど、その船にフリントが乗っているとも限らないし、それに彼が乗っていたとして、その彼はこの島の味方であるのか。あの人は海賊だ。
無垢にはなれず、かつての仲間だった人を疑う。少し嫌になった。でも、トーコたちを守、それが島に残ったおれの役目だと思い、正気を保った。
ほどなくして船から小船が海面へつるし落とされた。甲板から三人ほど小船に乗り移るのが見えた。そして、その影の動きで、緊張が緩んだ。
見覚えのある動きだ。リス、彼女の飄々とした動きに似ていた。彼女の動きをした影を含め、小船は三人を乗せて浜へ向かって行く。
おれはトーコへ手の動きと視線で移動をうながす。彼女は、闇夜のなかで、彼女はまだ凛々しい表情をつくっていた。そして、小船の上陸に合わせて移動した。闇を味方につける気持ちで音も立てず、素早く追跡する。小船からひとりが降りて、浅瀬を歩き砂浜へ上陸した。
そのとき、最初上陸した影がくしゃみをした。それでようやく確認した。
「リス」
と、呼んだ。
「うぉ!?」すると、彼女の影が驚き、慄いた。
「おれだよ」
「っぐ、あんたかい………」
トーコと共に近づいて顏をみせると、リスは猫背になった。けど、その手にはいつの間にか小剣がにぎられている。
「あんたか………脅かさないで………でも………あんたか………」
再会早々物騒なことをいう。ただ、よほど驚きが大きかったのか、少し息も切れていた。
「トーコも一緒なのね………」
「ああ、見張りだよ」言って、おれは「………その、なにから話そう?」ときいた。
「まあ、大陸のことになるよね」リスは疲れ切ったようすでそう言った後で「ヘルプセルフが死にかけてる」そう告げた。
とたん、頭のなかが白んだ。
「嘘、死にかけてはない」が、リスはすぐに訂正した。「でも、ひどい怪我。彼、いまは動けない」
生命の危機かと思ったので、訂正されて、少し落ち着いた。そこがきっと、リスの目論みだった。最初に大げさにいって、でも、じつはそこまでじゃないと教える、なんだと安心する。ただ、死にかけているという発言は、いささか攻撃力が強過ぎる。
それに目の前の大陸のことがある。なにしろ、現実味もあった。
「彼、竜と人間にやられた」
リスは続けてそういった。
「それって」
「逃げるとき、そうなったの」
真っ直ぐに目を見て告げてくる。
「それでみんなでフリントの船に乗ってこの島まで来た」
「みんな」
小船には、リスの他にふたり乗っていた。おそらく十後半代と三十代、ふたりも知らない男だった。
「ヨクモさん?」
トーコがふたりのうち、三十代の男の方を見てそう呼んだ。その男は「ああ」と、うなずいた。
おれが彼女を見返すと「むかしこの島に住んです」といった。「三年くらいまえに都内の方に移り住んでいきました」
「船の乗せてもらって、逃げて来たんだ」ヨクモと呼ばれた男は、どうか聞いて欲しいという感じで急くようにそう答えた。「家族でだよ」
そこでの生活を捨ててここまでやってきた。その疲労感が顏に現れていた。やむえず、置いてきた人生部分を、悲しむような。
「船にはあと三十人くらいいる。トーコ、島に入れてもいい? この人みたいに、むかしこの島にいたわけじゃない人もいるよ」
「はい」彼女は迷わず返事をした。
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