第八章 生まれた場所以外のために(7)

 翌日、おれとセロヒキは修繕中の家屋の前に立っていた。

 空は晴れて、雲は流れていた。

 修理するのが難しそうなほど壊れた家屋は更地にして、手を加えればなんとかなりそうな建物は修理する。島で作業する当初にそう決めた。

 更地にするのはホーキングがほとんどひとりでやってしまったので、もう残ってない。あとは直せそうと判断した建物ばかりだった。

 そして、おれとセロヒキは今日、手をつけた修繕中の家屋の前に立っていた。

 おれたちは、家の修繕が下手だった。木材は上手く切れていないし、あちこちが歪んでいる。戸の建付けも悪く、何かを察知したように、のら猫も寄りつかない。

「なにを間違えたんだろうか」セロヒキは片手で口を覆い、真剣に考えだした。

「おれたちが修理したことが間違いなんだろうけどね」

 そう言ったが彼は無反応だった。無視というより、真剣に考え過ぎて、きこえていないらしい。

「わかったぞ、すなわち、我々は大工の才能が脳のどこにもないのか」

 そして、セロヒキはついに、といった様子で、真実に辿りつた感じを放つ。

 いらないな、この会話。心の底からそうは思ったが、いま島には人数が少ないし、仮にもめても仲裁するひとはいない。些細な発言で波風が立たないようするため黙っておいた。病気を放置している気分だったけど、しかたない。

 黙っているとセロヒキは「では、夕食の準備してくる」そう告げて、根城に帰っていった。

「手伝おうか」

 そう持ち掛けると、セロヒキは「ここのところ夕食の準備を子供たちが順番で手伝ってくれる、人気なんだ」と、断るでもなく、それはそれで受け取り方の難しい近況めいたものを返して来たので、つまり手助けは不要なんだと判断し、その場でうなずくだけにしておいた。

 ここに独り残っても無力さしか感じず、何の光りも見出せない。悟って、気分も滅びて、修理道具を手にとって家へ戻ることにした。けど、ふと、このまま、まっすぐ戻ると、まるでセロヒキを追いかけていったような印象になる。まるで彼に懐いているみたいに思われるじゃないか。

そんな妙な繊細さを発揮してしまい、なんとなく、寄り道をすることにした。行ったのはあの、墓標が並ぶ崖だった。

 新しい花が添えてある墓標もあった。トーコが花を添えることをやめてないらしい。以前来たときとは違い、白い色の花ではなく、色の鮮やかな花になっていた。

 なにか彼女の心境に変化があったのか。それとも、白い花が不足しているのか。ここのところ、空はずっと青く晴れている。今日もそうだった。崖の上からは見晴らしがよく、海を挟んで向こうの大陸がみえる。

 吹いている風も悪くない。ここは、島でもいちばん好い場所なんじゃなか。だから、島の人たちをここに弔っていったのかも知れない。最初に、ここに来た時には、まるでそんなことに気づかなかった。

 いくつか墓標が曲がっていたので、縦に直して村へ戻った。

 浜を歩き、森を抜ける。この森で、竜を殺した。それからすごい気分になりながら解体して、同じようにすごい気分で骨も回収した。骨はぜんぶ、村に設置した、簡素な倉庫に収めてある。

 小さな丘を越えて村に近づいたときだった。

 草原のなかに、トーコがいた。また、小脇に鶏を抱えている。よく逃げる鶏だった。

 彼女にしてもおれとは思わぬ遭遇だったらしい。少し驚いていた。おれは会釈をして、そのまま歩き続け、彼女の横を通り過ぎた。

 空がよく晴れているせいかもしれない。体をかわして時、間近で目にした彼女の顔色は、いままで目にしたなかでも最も好かった。大げさに言って、生きよう、という感じがでている。それでとにかく、おれは嬉しくなった。彼女を通り過ぎた先で、ひそかに笑んでしまった。

「あの!」と、トーコから大きな声で呼ばれた。

 おれはびくっとなって立ち止まった。彼女がそんな大きな声を出すのをきいたのははじめてで、驚き、一瞬で笑みの余裕もなくなった。

「………あ………はい?」

 おそるおそる見返す。もしかして、なにか苦言をされるのではないか。大きなものに、審判を下される気分だった。

「私を見てください!」

 そして彼女が次に大きな声で言い放った。

 なにを言われたのか、すぐには理解できず、代わりに、ああ、やっぱり顏の血色がずいぶんよくなったな、と、そんなことを思った。思ってうれしくなった。天気のせいかもしれないけど、顔色がよくなった、よかったな。

 ぶつけられた言葉に関しては、どうとらえていいか、手立てみつからなかった。どういう意味なんだろう。そういう意味なのかな。

「はい」

 茫然として、そう答え返していた。

 けど、見返した海を背にしたトーコの向こう、広がる空に青以外のもの混じっているのに気づいた。この島を挟む海の向こう、大陸の空に赤みがあった。まだ午前中だ、なぜ。

 だめだ、わかった。あの赤さを知っている、燃えているんだ、大陸が燃えている。竜だろう、竜が、あの大陸を攻撃してる、その赤さだった。

 茫然とした。その後だった。

「見ないで」

 まるで願うように、後ろからトーコにそう言われた。

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