第八章 生まれた場所以外のために(6)
死にたいとか思わないようにしよう、決めてしまってその日を力わざで乗り越えることにした。
夕食のときに、トーコとも顔を合わせたけど、ぜったいに見ないようにした。とにかく強い意志の力を駆使した。ただ、いつもと違ってリスもヘルプセルフもいない。食事の時に限らず、ふだんはリスがひとりで好き勝手にしゃべっている、もはや、この島の生活における、司会めいていた。そして、いま島に残っている大人は比較的無口な面々ばかりだった。それにこどもたちはみんな漏れなく礼儀正しく、食事の時はあまりしゃべらないようにしているので、夕食の静寂は維持され続ける。
けっか、どこか、刑務所の食事みたいな、沈黙の食卓が行なわれていた。
けど、我慢した。焦ってしゃべってよけいなことをすれば被害が増える可能性が高い。
にしても、あれは、どういう種類の出来事と捕らえればいいんだろ。いつから見ていたのかが気になってしかたなかった。
自分では直接、見たことがなく、見ることもできないけど、おれの背中には大きな傷がある。父さんが死んだ日についた傷だった、
こどもの時竜にやられた。そのまま気を失って少し死にかけたらしい。三日後に目が覚めたら病院だった。
父さんは竜と戦い、なんとか払いのけた。でも、致命傷を負って、まもなく命を落とした。父さんの死に目には会えなかった。おれが眠っている間に、父さんのかたちだけの葬儀も終わっていた。誰もいってないけど、もしかすると、父さんはおれをかばって致命傷を受けたんじゃないか。そんなことを想像して、出口のない気分になることは多々ある。
それはそうと、やっぱり、背中に傷は見られたんだろうな。まあ、しかたがない。そもそも、小さな傷は身体中にあるし、竜払いには生傷は絶えない。無傷な竜払いなんて、会ったこともない。
自分ことばかり考えていた、そんな時だった。
「あの」
不意に声をかけられた。相手はトーコだった。
「あ、はい」
つい、背筋をのばす。ほとんど襲撃を受けた反応になってしまう。
「洗濯もの………あったら出しとてください………あの籠に………」
「………ああ」おれは籠を見て「はい」と、うなずいた。
彼女から洗濯もの提出の催促をされたのも、はじめてだった。とっさのことで見事に戸惑う。
そして、そのあとはけっきょく緊張して、頭をさげていた。トーコは無表情に近いもので一瞥して、小さく頭をさげ食事へ戻った。
いまきっと、なにか気をつかわれた。
では、いったいなにに気をつかって来られたのか。
そこが最大の気がかりだった。
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