第七章 ある、限りは(8)

「悪く思わないでくれ」

 ホーキングは謝罪を述べ、村の全壊した家屋を巨大な木槌で打ち崩す。

 島に来て一週間。彼まだ島にいた。

 村の焼かれた部分を片づけていた。焦げて、目するたびに痛々しい気持ちになる家屋をひとつずつ、更地にしていった。そしてフリントもまだ島にいた。彼は島にあった小船に乗って、発見した投網で一挙に魚を捕り始めていた。しかも毎回大漁だった。「どうしてそんなにばかみたいに捕れるんだ、海賊」とリスが訊ねると、フリントは「下積み時代が長かったからさ」と答えた。

 如何なる下積みだったのか。誰も追求はしない。

 セロヒキによる家畜小屋も完成した。取り戻した鶏は、二日前から卵を生みだし、食料生産の安定性もぐんと増した。牛は、半壊した建物に急造の屋根覆い、その下に繋いでいた。乳はもうすこしで出そうだとビットは言っていた。

 ヘルプセルフは仮面以外の黒衣を脱いで、洗い、外に干していた。ここ数日で、中途半端になつかれた女の子たちから「どうして、かおの、つけたままなの?」と聞かれ、彼は「日焼け対策」と、答えていた。

 ここまでが順調なのかはわからないし、復興なんてやったことないし、学んでもない。けど、何か少しずつ進んでいる気がした。もしかしたら、ひどく効率を欠いていたり、無駄な作業をしているのかもしれない。それでも零じゃない。そう思うと、どんな手も止めていたくなくなった。

 この一週間の間、かなりきついことがふたつあった。

 ひとつは仕留めた二匹の竜の亡骸の件。砂浜でヘルプセルフが倒した竜と、おれがやってしまった竜。

 リスが「解体しなきゃ」と言った。きいて、ぞくっとした。情無いはなし、そんなことは考えもしなかった。

「とくに砂浜の方、海から丸見えだし。この島に骨取り放題の竜の亡骸があるなんて知れたら、変なのが骨を盗りに来ちゃう、早々にやんなきゃ」

「そうだな」同意したのは、ヘルプセルフだった。「倒した竜をそのままにしてはいけない」

 それでリスと、ヘルプセルフとおれ、三人でまずは砂浜の竜の亡骸へ向かった。絶命してまる一日たった竜は力尽きて落ちた鳥みたいに両翼を広げて砂に伏していた。目はあけっぱなしだった。解体といったが、あまりに巨大な身体で、どこからどうするのか検討もつかず、そもそも竜の解体なんてやったことがなく、こんなとをするんじゃないかと想像して、ずっと、ぞっとしていた。するとヘルプセルフが剣を抜いて、竜身体と首のつけ根まで近づいた。そこに、剣の先を立てる。「手伝ってくれ」といった。近づくと「一緒に剣を押して欲しい」そう言われ、ふたりして竜の中へ剣を押し込んだ。かなり力を入れても、最初は剣先がめり込みもしなかったけど、ある時、ずずっと剣が入り込んだ。それからさらに力を入れて押し込むと、最後は剣先がすべて竜に刺し込まれた。「抜くぞ、下がるんだ」ヘルプセルフに従い、剣が抜かると同時に、後ろにさがると、刺し込んだ痕から、竜の血がこぼれだした。

「しばらく血を抜く」

 ヘルプセルフがいった。

「血が抜けたら焼く」

 森にあった竜の亡骸の方は、おれが剣を刺した。じぶんでやるべきと思った。砂浜の竜と同じ個所へ刺し込んだ剣を抜くと、静かに血がこぼれだした。この大きさの竜の血を抜くには、半日はかかるという。

 教えてもらった竜の血抜きの箇所は、何か一線を越えたとたん、剣が深くまで刺し込める。けれど、交戦中にここを狙うのは難しそうだった。かなり力はいるし、時間もかかる。っ竜がじっと止まっていてくれるはずもない。

 そういえば、リスが竜の骨でつくった小剣を持っていたことを思い出していた。協会に所属しているとはいえ、幽霊的な竜払いの彼女が、竜の骨の小剣を持っている理由は、こうして竜の血抜きに使う目的もあったのかもしれないと想像した。

 半日後、夕方になって、松明を持って砂浜の竜の元へ戻った。血が染み込み、砂浜を揺らしていたが、夕陽のおかげで、鮮明にはわからなかった。ヘルプセルフは剣を竜の口に刺し込み、押し込んで口をあけた。死後硬直のせいで、開けるには力が必要だった。みえた口のなかの歯はかなり摩耗されていた。牙も小さい。隙間があくと、リスが油の入った袋を何個か竜の胃に向け投げ込んだ。島の半壊した家屋から見つけ出した油だった。最後に竜の下に油をまき、松明を置いて剣を抜いて口を閉じさせた。口を閉めてしまっては、火が消えるんじゃないかと思った。最初は歯の隙間から細い煙があがっていたけど、不思議と煙は大きくなり、しだいに竜の身体から強い熱が発しだした。

 そのままにして、森にあるもう一匹の方へ向かう。周囲の木は、引火しないようにホーキングとセロヒキが事前に切って倒してくれていた。行くと、木を切ったふたりと、フリントとビットもいた。けっきょく、四人でやったらしい。切った木は、とうぜん、村の家屋の補修に使う。

 森の竜はおれが剣で口をあけた。リスが手際よく油の入った袋を放り込み、最後に松明を入れる。みんな、その様子を黙ってみていた。

 砂浜の竜にくらべて、ひとまわり身体の小さい森の竜は熱を放つのも早く、しだいに竜の表面は溶岩みたいに赤くなり、その間に夜も来た。夜のなかに竜の燃える赤みが生えて、最後は全身が炎に包まれた。

 他の動物が焼かれる光景とは、まったく違っていた。内臓が焼かれている感じがない。焼かれるというより、この世界から消滅するような印象だった。

 その光景を前にして、はっきりとこの生き物は、他の生き物とは違うと感じることができた。きっと、特別な生き物なんだろう。

「この竜は、ぼく生まれるまえからこの島に、いて、ぜったいに人は攻撃しない竜だったんです」

 炎を囲んでいる間、ビットがいった。

 その竜を殺したのはおれだった。その事実は、まだまだ内臓にくるものがある。とても消化できそうにない。

 竜の亡骸は炎で燃え尽きると、不思議なことに骨だけが見事に残った。そのまま骨格標本に出来そうだった。海の方が燃え尽きるのは、もう少しかかった。

「骨はそのうち売りに行く」リスが淡々と告げた。

 竜の解体。それが、ふたつあったきついことのひとつ目。

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