第七章 ある、限りは(9)

 そして、もうひとつのきついほうは、フリントの指摘からはじまった。

「島民の遺体がない」

 到着した夜、おれたち七人だけで火を囲んでいる時にフリントがつぶやいた。たしかに、島についてから一度も目にしていない。ビットが島からおれたちに出会うまで、数か月が経っていた。彼が出発する前には、すでに島では、白い竜の猛威よって、多くの人々が犠牲になったときいていた。到着してみれば島で生きていたのは、トーコとちいさな女の子たち、七人だけだった。

 島には焼けて落ちた家屋のあとは残っていたが、かつての住民の亡骸はまったく見かけなかった。目にするだろう、覚悟もしてきたつもりではあった。もちろん、その違和はみんな気づいてはいたが、口に出したのは、夜になってだった。それまでは、物理的な整理と、気持ちの整理で手いっぱいだったからもしれない。

 フリントの疑問はみんなの疑問だった。すると、ビットが「姉さんが」といって、顏をあげた。焚火越しに見えた彼の表情は沈痛なものだった。「みんな埋めたみたいです」

「みんな埋めた」リスが反応して口を開く。けど、開いてそれを言っただけだった。その先は続けない。

 さらにビットはいった。「姉さんに、ひとりでみんな埋めたって」

 教えられ、心臓にこたえたものがあった。

 そして島についてから三日目の夕方、陽が沈むまえに、ようやくあの、海に面した崖へひとりで向かった。上陸する時、竜に襲われ見上げ崖の上だった。向かっているうちに陽がどんどん沈んでいった。

 崖の上に着く頃、まだなんとか陽の光りが持ちこたえていた。崖の上には数えきれないほどの墓標がわりの杭がどこまでも延々と並んでいるのがわかった。杭だと思っていたものは、きっと、壊れた家屋の木片だった。長さも太さもいびつできれいに整っていない。拾って、そのまま地面にさしてある。杭の麓には少し萎れた花と、最近掘り返した土の跡があった。

 墓標の数をまえに途方に暮れていた。何十という数じゃない。百以上はある。犠牲者数を体感した。ビットから話はきいていた、知ってるはずだったけど、身動きができなくなった。

 彼女がこれだけの人々をひとりで埋葬した。どんな気持ちだったんだろうか。想像すらできなかった。

 その場に立ち尽くしているうちに陽が沈んで、夜が濃くなった。ふと、目の前の墓標に代用してる木材が少し曲がっているのに気が付いた。真っ直ぐに直そうと思って手を伸ばしかけて、とまった。なぜか、直すのは勇気が必要になった。恐る恐る、手を伸ばして真っ直ぐにした。

 ビットは姉が毎朝、ここに白い花を添えに来るのだと言っていた。数が、多く、すべてに花を添えてしまうと、咲いている花がすべてなくなってしまうから、順番で少しずつ添えていると。

三日前の朝、崖の下でおれたちが目にした彼女はここに花を添えに来たところだったらしい。

 島中に投げ出された遺体には、とうぜん、知り合いもいただろうに。彼女は、ひとりでここに埋葬していった。どれだけの時間がかかったのか、なにを想ったのか。まだかすかに浮かぶ墓標と、墓標の影を目にして、また、ひどく気が沈んだ。生意気だなと思った、じぶんが埋めていったわけでもないのに、勝手に落ち込んでいる。勝手につらくなっている。

 後日になって、他のみんなも、それぞれあの崖の上に行ったときいた。

 ホーキングは神妙なビットに「おまえさんの姉さんはすげえな、頭がさがる。他にはいないよ」そう言っていた。

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