第七章 ある、限りは(4)

 村だった場所はほとんど黒くなっていた。時間が経った炭からも冷めた焦げのにおいがする。

 無残だった。この無残な光景のなかをトーコは淡々と歩き続ける。ビットもこの光景は知っているようで、動揺はしていなかった。彼が島を出発するまえには、もうこうだったらしい。動揺なく歩くのは少女、アンも一緒だった。ただ、彼女にいたっては、おれたちの存在を、まだ濃く懐疑的に思っているらしい、トーコのそばにいて、時々、警戒したような視線を送ってくる。

 壁の部分だけが残り、天井が消えてしまった建物もある。戦争が通り過ぎた後も、こんな感じなんだろうか。村全体を、巨大な怪物が一度口に入れて、噛み砕いて吐いた後のようだった。

 これと似たような光景を見たことがある。父さんが町で暴れる竜と戦ったあの日に見た。父さんはあの戦いで命を落とした。

 あの日のことは時々思い出す。父さんが死んだ日。十年は経っているせいか、いまでは思い出しても、そこまで気の負担になることはなかった。むかしは違った、思い出すと、途方にくれた。ただ、いまでも忘れることだけが出来ない。身体についた傷は石化したみたいな感じだった。

 村はどこも焼かれていた。徹底されている。漏れを許さない意志さえ感じた。邪悪がみえる。焼かれてだいぶ時間も経っているせいか、風化もはじまっていた。歩いていると、たまに炭を踏んだ。踏むと炭は粉々に砕けた。そして、妙に申し訳ない気持ちになり、なるべく炭を踏んでしまわないように気をつけた。

 みんな黙っていた。たぶん、気持ちの置き場所が難しいことが影響してそうだった。これをやった白い竜は、もうこの島にはいないという。物理的に感情をぶつけるものは不在なのが、強い苛立ちを生んでいそうだった。

 山へ向かって歩き、やがて村の端まで来た。そこに一件だけ、焼かれていない家があった。小さな家だった。

「あの家です、あの家でこどもたちと」

 トーコがおれたちの方を振り返り伝える。風で髪が揺れ、ひび割れた唇に毛先が少しかかっていた。

 きれいなひとだ。彼女を凝視しかけている自身に気づき、地面を見た。みっともない、いまさっき、この村のあれだけの状態を目にしておきながら、いまここで彼女に関心を持っている。人として情なく思った。いまはそんなことを考えている状況じゃない。決してない。自身という人間をおそろしく不気味に感じる。

 そのとき、小さな家の扉が警戒的な幅で開かれた。アンよりも歳の小さな女の子が姿をみせた。すると、開かれた扉の隙間から、次々に別のこどもたちが顏を出した。トーコがわずかな体力で、それでも懸命に声をだし「みんな、だいじょうぶだから!」と伝えると、こどもたちは、ゆっくりと扉を開き切り、あとは一斉に駆け寄ってくる。こどもたちのなかにはビットの顔をみつけ、彼の名を呼ぶ子もいた。ビットも、こどもたちの名前を呼んだ。

「島で生き残ったのは貴方をふくめて七人」フリントが神妙な面持ちでつぶやく。そして「これで全員なのか」続けてそういって、表情に陰を落とした。

 こどもたちがトーコの周りを囲う。みんな弱っていたが、それでも走って来たし、健康状態は深刻ではなさそうだった。彼女は集まって来たこどもたちえ「終わったの、みんなが助けに来てくれたの、ビットが呼んでくれたんだよ」と、母親のように伝える。

 けれど、おれたちみんな、こどもたちを見ているうちに気づいて、言い知れない何かを感じていた。

 トーコをふくめたこどもたちは、みな、おそらく女の子だった。偶然なのか、それもとうぜんありうる。けれど、どうしても、違和感があった。意志があってつくられた状況にもみえる。

「だいじょうぶ、もう終わったの、だいじょうぶだから」

 彼女はこどもたちへ伝え続ける。こどもたちの方は、むしろ、茫然としていた。今日まで続いた現実が終わったことに対する実感がわからないらしい。

「ねえ」

 リスが声をかけた。

「女の子………ばかりなの?」

 トーコは近くのこどもたちの肩をさすりながら、うなずいた。

「あの竜がそうしたんです」

「なにそれ………」

 トーコは言いづらそうにうつむいた。

「…………人間の男は、人間の女のためならすぐに命をかけるから。女だけを生かしておけば、そのうちこの島に男たちが助けに来て………でも、来た人はみんなあの二匹の竜に襲わせるようにしてたんです………」

「人間をおびき寄せるための囮か」フリントがいった。

 そういえばきいたことがある。どこかの大陸は、あえて女性を前線に入れないらしい。男の兵士は女の兵士がやられると過度に復讐へ向かいやすく、作戦が破綻することを懸念して。

 つまり、相手は人間のことをよく知っているということか。

「解せない」

 ヘルプセルフが仮面の向こうからいった。こどもたちは、彼の外見に少し怯えていた。

「島まで人間をおびき寄せるまではわかる。それで、二匹の竜はなぜ、オレたちを襲った。俺たちは竜に危害はくわえてない」

「あの竜は他の竜を操ってました」

 トーコの発言に震撼する。

 竜が他の竜を操る、ありえなかった。

 けれど、白い竜には、もうここに来るまでに何度も、おれたちの知る竜の前提を覆されている。そして、その通りの傷跡を目の当たりにしている。ふらつくが、疑う気はあまり起こらなくなっていた。

 でも、みんな沈黙していた。それでも、かんたんには受け止めがたい話だった。

「ちきしょうが、現実がどんどん酷になりやがるぜ」

 すると、ホーキングがうつ向きがちに言葉をこぼした。そこには、数日の差で、白い竜を捕り逃した悔しさがあった。でも、ホーキングがすぐに顔を上げた。いまの彼なりに可能な限り、なるべく柔らかい表情をつくって。

「まあ、その話はあとにしとこうや」

 おれたちにはそう言った。それからトーコとこどもたちへ顔をむけた。

「ビットの姉さん、島には食いもんはあったのかい。食えてたのかい」

 きかれると、彼女は「どうしてものときは鶏をつぶしました、木の実は少ないけどありました………」とう回答した。

「そうかい、姉さん、よく持ちこたえたな。すげぇよ、たいしたもんだ」

 躊躇せず褒めた。

「俺たち、食いものも持って来たぜ、ひとまず………ひとまずだ。いますぐ用意する、なんたって、料理人も連れてきた、おい、セロヒキ! はは、出番だぜ! 姉さんとこどもたちによぉ、なにか、美味いものつくってくれよ、な!」

 言って、ホーキングはいつもの陽気さ任せとは違う笑顔をつくってみせる。指名されたセロヒキは我に返ったように、少し驚いていた。

「あいつさ、じつは料理が美味いんだよ、つか、腹が減ってるか? おっと、そうそう、いますぐに食えるものもあるはだぜ、はは」ホーキングは言いながら、背負っていた荷物をその場に降ろし、しゃがみこんで荷を解きだした。「あー………料理が待てなきゃ、おう、これこれ、これとか、すぐ食えるやつだ………ええーっと、なんだ? 薄荷の………飴か………? ま、いいや、ほら!」

 小さな女の子たちと同じ目線になって差し出す。目の前にいた女の子は、機械のようにただそれを受け取った。

「はは、いよぉーし、じゃあさ、じゃあよぉ、セロヒキ料理人大先生に、ここにいるみんなになんか、うまいもんつくってもらって、食ってもらおうぜ! な、頼むぜ、セロヒキここはお前さんが頼りだ、俺の料理は不味いからな、はは、ここはお前さんがいちばんだ! 是非やっちまってくれ!」

 痛い痛しい明るさだった。でも、とても、それを否定できない。ホーキングは、いまここで、出来る限りの全力を出そうとしている。滑稽になることを恐れず、拒否されることを恐れず、自分というものに重きをおかず、とにかく、目の前のこどもたちのために自分を使い尽くそうとしている。

 好いなんと思った。おれも、そこにのかった。

「セロヒキ、おれたちも手伝う! 料理だ、料理! おれたちの島の料理をみんなに食べてもらおう!」

 滑稽になることを恐れず、拒否されることを恐れず、自分というものに重きをおかず。間抜けに見えること恐れずやった。

 すると、セロヒキの目から涙がこぼれた。彼は解放されたように、何度かうなずいた。

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