第七章 ある、限りは(5)
こどもたちは少しも笑わなかった。セロヒキが限りある材料で、それでもなんとかできるかぎりの料理をつくった。出来上がった湯気立つ料理を前にしても、こどもたちは無感動で、とくに小さなこどもがそうだった。トーコだけが、少しだけ笑んでみせてくれた。彼女たちは無感動のまま黙々と食べ続けた。残さずすべてを食べ終えた。それから、また、茫然としていた。ひどい言い方だが、生きている感覚が奪われ、失われているようにみえた。
食事が終わると、リスが「石鹸あるぜ」と、トーコたちへ掲げてみせた。「林檎のかおりつき」
彼女たちは、きょとんとしたが、それから次々に、石鹸へ鼻を近づけて、くんくんとかいだ。
「石鹸はたくさん持って来た、つかってつかって、洗いたい放題。そして、林檎にもなれる」
リスがそういうと、小さな女の子が石鹸を、掴み取り、じっと見て、口に入れた。
「歯は洗えんって、少女よ」
リスはそう注意した。そばにいたヘルプセルフが「それは食べ物ではない」と、注意する。
それから、おれたち七人は集合した。そして、まずは六人でホーキングを見た。
「奴はあっちの大陸へいっちまったってことだ。しかも、三日前だ。この島にはいねえってわけで、さて、じゃあ、どうするか、ってことになってるわけでさ」
ホーキングは大陸の方へ、右目と眼帯をつけは左目を向けた。風が彼の前髪をもてあそんでいた。
「三日前つったら、俺たちがあの大陸に来たくらいだ。同じ頃、奴と地面を踏んでたってことだ。こいつはびりびりきやがるね、はは」ある感情を制御するためか、ホーキングは目をつぶり、少しだけ笑った。「ビットの姉さんの言うとおり、奴の狙いが人間を片っ端から焼くためなら、あっちの大陸も危険だ。そのうえ、どういう仕組みか奴は他の竜を操るときやがる」
人間の言葉をしゃべり。
光線のような炎を吐き。
他の竜を操ることができる。
まだ目にしたことのない、その竜を想像する。これは仕留めるには、ひどく苦しい場所通り抜ける必要があった。
「俺には白い竜を野放しにはできねえ」
ホーキングは言い切った。おれも同じだった。たぶん、他のみんなも同じだった。おれたちはいま、焼かれた村のなかに立っている。
白い竜はこれを同じことを、あの大陸でやろうとしているなら、それを知っているのは、まだおれたちだけなら。
「あたりまえだが、この島もこのままにしておけねえ」
並べられたその選択肢は、きっと、みんなもずっと考えていることだった。
白い竜を早く仕留めなければあの大陸が焼かれる。多くの人が犠牲になる。
けれど、この島には、傷つき、まだまだ回復もままならないトーコと、こどもたちがいる。おれたちでも、いれば何か島のために動けるかもしれない。無感情のまま料理を食べていた小さなこどもの顏が頭に浮かぶ。
「あたしはこの島にしばらく残ることにする。つか、残るしかないよ」
いち早く宣言したのはリスだった。
「あんたたちがやつけた竜、あんな大きいのが二個もあるしね、骨を回収しなきゃ。あれはそりゃあもう、がぼーんと稼げそうだし」
本心と建前が半々で混ざっているようだった。
「そうかい」ホーキングうなずいた。
「しばらく島に残りたい」言い出したのは、セロヒキだった。「竜とは戦えそうにないし、足手まといになってもいけない」
彼は、はっきりとそう切った。
「軍では被災地の復興作業も学んだ。役立てられるなら、この島の立て直しに役立てたい」
そばで聞いてたビットは「ありがとうございます………」と、感謝を込めて頭をさげた。その横でリスが「いや、つか、あたしも、じつは手伝うかんね、島の立て直しとかも」と、何かを取り返すように言い出す。
「わたしは追うね」フリントが口を開いた。「誰かが追わねばなるまい。それに諸君たちと違って、わたしはならず者の海賊だ。堅気の島にいるのも迷惑がかかる」
「うん、そうね」リスが遠慮なく肯定してゆく。「犯罪者がいるだけで、島の酸素が汚れるわ、滅入りそうになる」
「ふふ」
しかし、フリントはうすく笑いだけだった。寛容なのか、聞いていないのか、判断がつけにくい。
「おれは残るよ」
気が付けば、とっさにそう宣言を口にしていた。しかも、言った後で《あれ? おれ、残るのか?》と自身へ聞いている。なんで残るんだ。追わないのか。そのまま考えながら言葉を続けていた。
「この島のひとを助けるためにこの旅をはじめた」
今度もそれを言った後で、そういえばそうだった、と独り納得している。いっぽうで、残ってなにが出来るかまったくわかってもいない。
「わかったよ、ヨル」
ホーキングはうなずき、おれの名前を呼んだ。それから、顏をあげた。
「俺は奴を追いたい、ビット、それにみんな、すまねえ。頼む、奴を追わせてくれ。俺は、これ以上、奴を放っておきたくねえ」
ホーキングはみんなに頭をさげて頼んだ。誰も非難するはずがない。けれど、彼は、ほんとの申し訳なさそうに、わがままを聞き入れてもらうように、おれたちに許しを頼んだ。もちろん、おれにはどうするべきか、正しいことなのかなんて、わかるはずもなかった。けど、選ばなければならない。いま、やるべきことを、なすべきことを。
この島の回復か、白い竜か。いずれ訪れるかもしれない、どの種類の後悔を背負うか、それを選ぶような気持ちだった。
「オレは残る」
ヘルプセルフの言葉は、みんな意外だったらしい、一斉に彼を見た。
「人手が必要だろう」
彼の答えは明快だった。わかりやすかった。
「ホーキング」そして、ヘルプセルフはホーキングの名前を呼んだ。「可能であれば、白い竜をみつけたら、島へ戻って教えてくれ。難しい場合なら他の方法でもいい、教えてくれ、オレも戦う」
淡々とした口調で、業務的なものだったけど、それはきっと、彼の願いで、おれの願いでもあった。
「ホーキング」おれもそこへ飛び乗った。「おれも戦う、絶対に戦うから」
「ああ」ホーキングは、少しだけうつ向き、淡い救いを得たように、わずかにだけ笑んだ。「ああ、わかったよ、わかったわかった」
うなずき、彼は顏をあげた。
「その時が来たら、めちゃくちゃ頼りにしちまうからな」
言って、またわかすかに、少しだけ笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます