第五章 いまを奪い続けるもの(2)
御者は約束通りの場所までおれたちを運び終えると、荷物を降ろし、来た道を引き返っていった。ここから先は、崖ばかりで、馬車が通れるようなまともな道もなく、歩いて海まで行かなければならない。
それぞれが決めた担当の荷物を背負い、道を知っているビットを先頭に歩きはじめる。道を知っているといっても、一度通ったことがあるだけで、道案内するには確かな経験を持っているわけでもなく、リスが都で手に入れた地図で補佐しながら進むことになる。
陽は沈みかけていた。人里は遥か遠く、平原は終わり、ここから先は、切り立った崖をゆく。明りは持参したが、完全に陽が沈んでから森を進むのは危険だった。道中、どこかで仮眠するために休憩するつもりだった。
御者の馬車が遠ざかるのを全員で見送る、きけば御者の男は、今日は道の途中にあったという親類の家に泊めてもらうらしい。
荷物を背負う。リスが決めた配分により、身体の大きなホーキングが最も大きなやつを背負った。荷物の中身は食料と医療品だった。おれたちぶんは当然、それから、島に人にもわけられるよう、かなり多めに持って来た。
「よーし、こっからはいよいよビットだ」
巨大な荷物を背負い、鯨銛りを肩に担いだホーキングがいった。重い荷物を背負っても、背はまっすぐに伸びていた。
「先頭、頼むぜビット」
「はい」
ビットは真剣な表情でうなずいた。
「そのまえに、いいか」
口を挟んだのはヘルプセルフだった。
黒い仮面に、黒づくめの装いに、鞄を背負っている姿は、奇妙な牧歌感を発している。
「白い竜ことで確認しておきたい」
「ああ、なんだい」ホーキングが問い返す。
「白い竜は《払う》ではなく。《殺す》でいいんだろ」
「ああ」
ホーキングは迷わなかった。夕陽のなかで、はっきりとうなずいてみせた。
「小さな島だってはなしだ、竜に傷を負わせても逃げてく場所もねえだろ。だったら、心臓を止めちまうしかないさ」
反対は誰もしなかった。
ヘルプセルフはみんなの反応を見届けた後「それでいいと思う」といった。
彼は馬車では一日中黙っていた。もしかして、ずっとそのことについて考えていたのかもしれない。
白い竜を殺す。たったそれだけの確認だけど、ここまで、いつで聞けるかなり時間があったはずだった。でも、ここで聞いてきた。
「あたしは戦わないからね」
不意をつくように、リスが躊躇なく宣言した。
「あたしは、あんたらがもしやられたら、あんたらの竜の骨の武器とか、全部回収して売ってひと財産にする。この旅の旅費をけっこう出したのは、そういう投資目的だから」
腕を組み、視線は遠くへ向けていた。
「島までは一緒にいくよ、出ないとあんたらの屍からブツをひっぺがえせないし」
「きっきっき」
笑ったのはフリントだった。手の甲で口を隠している。
「我ながら、なかなかめんどうなところへ入りこんでいる」と、リスへいった。それからおれたちへ向け「きいたか諸君、死んでも、彼女が骨を拾ってくれるぞ、死んだ本人の骨ではないが」
「というか、そこの海賊」リスが問いかける。「あんた、竜と戦ったことあるの? 戦えるの?」
「ないさ。竜から逃げたことは何度かある。竜は様々な大陸で何度も見た、大きいとか、いろんな種類をね。思うに、人間は決してあんなものと戦ってはいけない。人間にそう感じせるために創造されたとしか思えない存在だよ、存在自体がズル過ぎるんだ、意地悪過ぎるんだ。しかし、特別な時はある。竜と戦争したことはないがね、今回は事情が事情さ。私の船の船員が起したことだ。私は責任をとらなければいけない、この手でね。そういうわけで、とりあえず、銃は持って来た」
「つまり、あんたにはあたしが拾う骨がないってことね」
「ただし、秘策は用意した。これさ、竜の骨で作った弾丸だ、ここに六発ほどある」
フリントは小さな袋から白い弾丸を取り出してみせる。それは夕陽に煌いた。
「オウガン会長の《御好意》で頂いてきた。彼の秘蔵の品だ。なんに使おうとしてたのかねえ。いや、あたりまえだが、例え竜の骨の弾丸でも、この大陸で竜を撃ってしまえば、竜たちを怒らせて集まり、この大陸は炎の日を迎えるだろう。でも、あの島でなら他の竜もいないときく。撃ってもだいじょうぶだと踏んでいる」
「あ、まってください」
ビットが言葉を挟んだ。
「島にはむかしから二匹だけ竜がいました。二匹ともかなり歳の竜でした………身体は大きいけど、すごく大人しい竜だったので、島でこまったことは一度もありませんでした」
「なら、出たとこ勝負かな」フリントは深刻にはとらえなかった。「賭け事は嫌いじゃないし」
すると、リスが「銃、自決には使えるわよ」と、闇色を帯びた冗談をいった。
「そういうのは何度かやろうとして失敗した。私は運動神経が良すぎるらしい。思わず首を傾けて避けてしまう、ある意味、弾丸を避けられる人間だ。時と場合によっては、この冗談はひどく受ける。今日はいまいちになってしまったが。いいや、それに竜と戦ったことがないのは、私だけではないと聞く」
フリントが視線を向けると、セロヒキは無表情のまま、やがて「ん?」と、喉をならした。
「ああ、オレもない。今回が初めてだ。オレも竜を見たことだけは何度もある」
「あんたも死ぬわね」
リスは遠慮なく言い切る。
おれはセロヒキがこの旅に参加してくれたことは嬉しい。でも、竜と一度も戦ったことの人間が、竜を払うことが出来るはずもないとはわかっている。ましてや殺すことなんて不可能だろう。竜と対峙したことのない者がどうなるのか、現実はよくわかっていた。でも、ここまでの旅で誰もはっきりと、冷たくそれを伝えたことはなかった。他のみんなが言わない理由はわからない。ただ、おれは、セロヒキが仲間でいて欲しかったから言わなかったんだと思う。きっとおれは現実より、自身の気持ちをとっていた。
「オレでも荷物運びくらいの役には立ちたい」
セロヒキが笑った。笑ってそういった。
「島には物資も不足しているんだろ」と、彼はビットへ問いかけた。ビットがうなずくと「持てるだけ持ってゆこう、オレが運んだ物資で、もしかしたら誰かひとりでも多く助けるかもしれない」と、そう続けた。
きいて、おれは茫然としていた。相手がそういう発想で生きていることを、想像できていなかった自分の不備をまえにして、自分を痛めつけたくなった。
「ありがとうございます………」
ビットが頭をさげる、彼はひさしぶりに涙ぐんでいた。
「………がー」
不意に、リスが短く吼える、小さな竜みたいな吼え方だった。表情こそあまり変わってないが、苛立ってみえる。
「おい、少年。少年ビットよ」
「あ、はい………?」
「はいこれ」
リスは苛立ちながら、自身の鞄から木製の鞘におさまった短剣をビットへ掲げた。そして、鞘から抜く。短剣の刃は骨のように白い。
「ん、これ竜の骨で作った短剣」
「………はい?」
「きみに」
鞘に収め、ビットの胸に押しつける。
「貸すだけね、いざという時、竜をあれする武器。きみも持っとらんと、あれだし」
「あ………はい………」
「貸すだけね、返してね」
「あ………ありがとう………ございます………」
リスの内部で何が起こったのかは知らないが、どうやら所持していた秘蔵の竜の骨で短剣を貸すことにしたらしい。けれど、そうとう頑張って貸し出したみたいで、つんけんした感じが溢れだしている。
「いい、やべえぇときは、刃こぼれとか気にしないで使うのよ。あたしもおなじの持ってっから」
何を気遣っているのかは意図がわからないが、リスは鞄からもう一本、同じ大きさの短剣を出す。わざわざ、鞘から抜いて、白い刃を見せて証明した。それから「あたしは戦わないからね!」と、念を押すように叫ぶ。
夕陽はまだ沈み切っていなかった。
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