第四章 竜を殺す竜(4)
会長の部屋へ通される。たしか、ホーキングは、その人を受付でオウガンと呼んでいた。
机に座っていたのは、五十代くらいの男だった。顏は違うけど、なんだか、トルズに似た雰囲気がある。貫禄は充分だった。元の顔立ちなのか、異様に鋭い目つきと、厳しい顔つきをしている。
ひとりでこの部屋に立たされていたら、緊張で気絶していたかもしれない。
部屋にはオウガンと、ホーキングとおれしかいない。扉は閉められていた。
「はじめまして、会長さん」
ホーキングが挨拶をし、おれも慌てて頭をさげた。
「あー、俺らは、そのー、この大陸に所属する竜払いじゃなくてー」
「要件を言え」
まるでいきなり短剣を腹に差し込むような言い方だった。こどもなら泣いている、犬猫なら、逃げている。
「それでもまずは名乗るぜ」ホーキングがまったく怯まなかった。「俺はホーキング、竜払いだ。ああ、この大陸の竜払いじゃない。外から来た。で、こっちがヨル」
只ならぬ雰囲気だったけど、とりあえず、また頭をさげておいた。
「じゃあまあ、あとは焦らさず、話すよ。会長さん、あんた、フリントのことは知ってるよな、いや、はは、よーく知ってるはずさ」
「ここには、常に三十人近く竜払いたちがいる。どれも腕利きだ、呼べば瞬くまにこの部屋にやってくる」
「だろうな、万全にみえるよ。なのに、あんたは俺たちをこの部屋に入れた、しかも、他の人間はなしにだ。話を聞きたい気はあるんだろ」
「油断させてるだけだとも思わないのか」
「くすぐり合いはやめようぜ、おもしろくねえ。本題だ、そっちを話させてもらう」
この大陸の竜払いの協会へ挨拶に行くと言われて着いて来た。でも、ここまでのやり取りから総合的に判断すると、戦争を仕掛けに着ているようにしかみえない。
どうしようもないけど、やはり、思ってしまう、どうしよう。
「オウガン会長さん、フリントから伝言だ。《この気持ちを言葉に出来ないで、近々会いに行く》ってさ」
「ふざけてぇ!」とたん、オウガンは机を叩く。「なんだんだお前らは!」
あまりの迫力に、身を強張らせてしまった。
「奴は生きてるぜ、俺たちが助けた。いまは仲間だ」
けど、ホーキングは飄々としていた。
それから「よう、フリント」まるでそこに彼がいるように、オウガンの背後へ向かって挨拶を放つ。とたん、オウガンは後ろを振り返る。でも、誰もいない。窓があるだけだった。出没不定期な幽霊に怯えるような動きだった。
「っく、貴様ら出てけえ!」
「いいや、大事な話はこれからだ」ホーキングは相手に不吉を感じさせる笑みを浮かべてみせた。「こっから先の話こそ、あんたは聞かなきゃなんねえ」
「なんなんだお前らは! 金か!」
ふと、オウガンの後ろの窓が開かれた。そこからフリントが「よっと」と言いながらぬりと入ってきた。
「失敬、ちょっと登場の間合いがずれずれだった」登場して、すぐフリントは小さな謝罪を述べた。「長い牢屋生活のせいで、運動神経が錆びたようだ」
「かっこわりー」
ホーキングが何故か嬉しそうに言う。
「フリント!」オウガンが驚き叫んだ。本物の幽霊を目にしたら、こんな顏をするだろうという顔をしている。
何も聞かされてないけど、彼にとってはただならない状況らしい。
「やあ、会長さん。会うのは二度目だ、その顏はよく憶えているよ」
「近づくなぁ!」
オウガンは机の引き出しから拳銃を取出し、銃口をフリントへ向ける。でも、銃口を向けられた方は落ち着いていた。
「引き金を引くのはよすんだな、一人倒しても他のふたりがあんたを仕留める」
「おまえらの望みはなんだ!」
それにしても、オウガンはかなりの声で怒鳴っているのに、部屋には誰もかけつけてこない。防音機能が高い部屋なのか。ふだんは、この優秀な防音機能のおかけで、野蛮なやり取りも、外に漏れずに済んでいるのではないか。そして、いまは、その防音が、オウガンの助けになっているのか否か。
「じゃあさ、その望みを言うぜ」
ホーキングがオウガンへ歩み寄った。とっさに銃口を向けたが、引き金から指は遠く、まったくかかっていない。
「あんた、白い竜を海賊たちに船で運ばせたろ」
オウガンの顔色が変わった。
「あの白い竜を、この大陸から少し離れた島へ、海賊に頼んで船で運ばせたろ」
そんなこと。きいて驚いた。でも、なんでそんなことを。
「あの竜はまずい、って思ったのか。そんなところか、あいつがこの大陸にいられたらヤバいって思ったんだろ」
「ちがう!」
オウガンはかぶりふってさけんだ。
「私があの島へ運ばせたんじゃない!」
「知ってるよ」フリントが答えた。「白い竜が、自らあの島に運んでくれって、交渉しに来たんだろ、オウガンさん、貴方を通して人間側へ。それから、貴方がわたしの部下に運搬の話を持ち掛けた。見事に部下たちはわたしを裏切ったよ、あの竜はわたしの船へやってきたよ、貴方の紹介だといってね、しかも恐るべき手土産持参だった。同じ竜の躯だ、白い竜自身が仕留めたと思しきね。とはいえ、わたしはそのときすでに部下たちに取り押さえられていた。ああ、あのとき喰らった傷はまだ傷んでいる」
「おまえの部下はおまえが嫌だと言っていたんだ!」
「海賊を狩る海賊はしんどくて当然さ、同業種には意味嫌われるしね。しかし、でなくても海賊は海賊だし、海賊以外に人にも基本的には嫌われる。海賊には腹立たしい者たちが多い、ゆえに、あいつらを叩く甘美な解放感は手放せない」
述べて、フリントはなぜかこちらへ目線を送った。そうか、わざとらしい説明口調は、どうも、おれに自分の素性を教える狙いもあったらしい。
にしても、竜払いが、竜と交渉した。きいたこともない話だった。でも、なんとなく、やってしまう人間もいるんじゃないかという気もあった。協会を知っているぶん、そう思えてしまう。あそこは政治を含んだ組織でもある。
ホーキングがおれだけを連れてきた意味が少しだけわかった。竜払いたちの組織が完全でないことを知っているおれならまだ、取り乱さずにいられるからだろう。他の者なら、命を奪いかねない。でも、やっぱり、どうやっても、きつかった。
「俺らの望みの件だがな、かんたんな話さ」ホーキングが言う。「これから俺たちは、白い竜を遣り合いに、れいの島へ行く。俺たちの邪魔をするな」
「ま、まて!」
オウガンは再び顔を青ざめさせた。
「やめろ!? 絶対に奴へ手を出すなぁ! せ、せっかく奴の願いを叶えてあの島に移住させてやったんだぞ! 封印なんだ、あの島へ移動させておけば、この大陸にはもう来れない、封印なんだよ!」
必死に放たれた発言には、おぞましいものが含まれていた。
「あいつにこれまでこの大陸の何人の竜払いたちが殺されたかわかるか!?」
「それでもあんたは、あいつと交渉した」
「あいつは! あの島に移住させれば二度とこの大陸には手を出さんと言ったんだ! いいか! いいか、きけ、きくんだ! おまえたちは他所者だろ!? これはこの大陸の問題なんだ! あいつはな、あの竜は、あの島へ自分を船で運んだら、この大陸は荒らさないと契約を持ちかけたんだ! わかるだろ!? あの島にやってしまえば、あの竜は、どうやったって海を飛んで渡ってこっちの大陸へは来れない! 問題は完全に解決なんだよ!」
ホーキングが「だから運ばせたのか」淡々と訊ねた。
「そうだ! 人間は絶対にあいつには勝てん! あの………あの………うう、あんな恐ろしい竜は………だめだ………絶対に………だめだ………人間が立ち向かえはずがない、立ち向かってはならないんだ!」
「けどよ、島には、島で暮らしてる人たちがいた」
ホーキングが冷静だった。
「苦しんださ! 苦しんだよ! あの竜は、島の人間には手を出さないと言っていた、言っていたはずなんだ! 奴が………奴が裏切った………」
「島にはさ、家族で住んでて、聞けば毎日それなりに幸せにやってたりしたんだぜ」
「やめろ! もうじゅう苦しんだんだ! あいつが裏切ったんだ! あいつがすべて悪いんだ!」
「父ちゃんがいて、母ちゃんがいて、なかのいいきょうだいなんかもいて。なにもない島ってきいたが、夕飯をみんなで食ったりさ、父ちゃんの昔話なんか聞いたりさ、夏には友だちと泳いだり、同じ島の好きな子とかもいたりしてな、犬なんかも飼ってて、そいつもよく懐いてたりしてさ」
なんだろう、ホーキングはまるで自分の記憶のような言い方をした。
「でも、もうすべて無くなった、あの竜に消された。消されなくてもよかったはずの時間たちだ」
「本当の望みを言えええ! 金かぁ!? 金なんだろぉ!?」
「ああ、俺も金は大好きだぜ、酒が好きだからさ。いくらでも金は欲しい」
苦笑してうなずいた。
「けど、すげぇよな。この件に関しちゃ、さすがの俺にも金が通じないんだよ。望みはさっき言った通りだ、俺たちはこれから白い竜を仕留めにあの島へ渡る、邪魔をするな。いまはそれだけだ」
「ゆるせるかぁ! あの竜に手を出すな! いいか、いいかぁ!」
「もう何もしゃべるな」
オウガンの反抗を遮るように、ホーキングがいった。
「俺はいま最悪の気分なんだ。たぶん、あんたをバラバラにしても気はおさまらない」
その一言で部屋は静まった。
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