第四章 竜を殺す竜(3)

 きっと、この旅でなければ、いろいろ見て回りたいと思う。

 でも、これはそんな旅じゃないんだ。と、心に言い聞かせる。それでも、やっぱり、めずらしい建物や、見たこともない料理や商品がならべられた露店に目をとられそうになる。都を行き交う人たちの服装にしても、同じように好奇心が働いてしまう。

 ああ、あの服装は、この大陸で流行っているんだろうか、お洒落とされているんだろうか。

 気になってしまう。もちろん、立ち止まりはしない。けど、けっきょく、きょろついてしまい、いずれにしても、挙動不審になっていた。

 少しまえを行くホーキングはというと、落ち着いていた。さすがに捕鯨船に十年も乗っていただけのことはあるというべきか、いままだいろんな港も経験して来たんだろう。おれの方は、観光客と見極められているのか、異様なほど、道端でなにかを売りつけてこうとする。

 それにしても大きな都だった。中央には長方形のかなり高い時計台があった。文字盤は東西南北、四面体に設置されているので、あれなら町のどこからでも、時間がわかりそうだった。さっき、正午丁度になった時に、鐘がなるのも聞いた。町の中心に時計台を設置したのは、やっぱり、商人の町というのも関係あるんだろうか。

 混み合い、にぎわった通りを進むせいで、少し頑張らなければホーキングと会話はできなかった。そのうえ、おれの方は、はじめて歩く知らない大陸の、しかも、大きな町に、なんだかんだ興奮してしまっている。修行不足だった。

 ホーキングがこの都に来たことがあるのか、不明だが、手には地図を持っていた。彼は何度も時計台を見上げていた。よく見ると、文字盤はそれぞれ別の色がついている。色の違いで、方向も判別できそうだった。

「こっちだ」地図を握り締めつつ、ホーキングが指差す。細い路地に入った。進んで道が二手に別れると「で、こっち」と、方向を指差す。これが何度か繰り返された。

 たどり着いたこの大陸の竜払い協会は、そう、つまり、総合的な言い方をすれば、じつに立派な建物だった。大きさも、おれたちの島の、番大きな図書館くらいの大きさがある。それも、見たこともない造りだった。そのうえ、壁には竜の彫刻が、まるで全身に彫った入れ墨みたいに入っている。

 竜払い協会とよりは、むしろ、竜の好事家の砦にみえた。

 けれど、大陸が違えば、文化も大きく違ってしかり。勝手に納得しておいた。

「そうだ、あのさホーキング」

「あいよぅ」

「この大陸の協会への挨拶って………どんな感でするの? いや、おれ、こういう………大人のやりとりって………やったことなくって」

「なーに、真心が伝わりさえすればいいのよ」

「………参考にならないんだろうな、きっとそれ」

 実行するまえから決めつけてしまった。でも、とうぜんのようにホーキングはきいていない。相変わらず、出どころ不明の御機嫌な感じで扉を押してあける。

 入るとすぐ受付だった。そして、外観に反してなかは、まさにうちの島で一番大きな図書館みたいだった。

 外側の飾りで、職人の集中力でも切れたのか。ありふれた内装にそんなことも思っていた。いっぽう、ホーキングはもう受付に寄りかかって、相手にしゃべりかけている。彼の巨大をかわして、受付をのぞき込むと、相手は若い女性だった。

「あー、きみきみ、オウガン会長さんに会えるかね」

 ホーキングは白い歯を見せて笑みながら問いかける。

「失礼ですが、お約束をなされておりますでしょうか」

「いやぁ、約束ってのはないんだかねぇ。なんでもここに来れば会えるって聞いてね、会長さんに。ああ、俺の名はホーキング、で、あっちがヨル」

 急に紹介され、慌てて会釈をした。

 ただ、受付の若い女性は、ぴくりとも反応せず、数秒だけじっと見返し、ホーキングへ視線を向け直した。

「いやぁ、俺はよ、この大陸の竜払いじゃないんだ。ただ、ちょっとな、この大陸で、ってわけじゃねえだが、近い島でね、ちょっとした竜を一匹、なんとかしようってんで、まあ、礼儀として、会長さんにご挨拶、っての、大人だし」

 笑顔でいっているが、まるでならず者のやんわりとした脅しの感じが出てしまっている。

「お約束がないのであれば、申し訳ありませんが、会長と会うことは出来ません」

「ん、いまいないの?」

「お答え出来かねます」 

「ああ、じゃあとりいそぎ、一言だけ、会長さんにこれを伝えてもらえるかな」

 受付の女性は、伝言を受け付けるとも言わなかった。けど、ホーキングがかまわず言った。

「『フリントから伝言がある』ってな。頼むよ、伝えてくれ。おそらくいますぐの伝えに言った方がいい、君がのちのち会長に怒られるといけない」

 ホーキングは白い歯を見せて笑みながら露骨に意味深なことを告げた。

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