第三章 はじめての海賊(7)
海賊船はほとんど制圧後だった。
甲板に伸びた海賊のひとたちが転がり、呻いている。生命の危機に瀕している者はいないようだった。ただ、みな濃い戦意喪失に見舞われているらしい。
目に入る範囲にセロヒキの姿はない。先に乗り込んだホーキングとリスが状況を確認していた。ふたり合流すると、へプルセリフも相変わらずビットを脇に抱え込んだ状態でやってきた。その様子は、どこか小型犬の小脇に抱えている感じも醸している。ビットは少しぐったりしていた。
「で」おれはホーキングへ訊ねた。「なにしに来たんだっけ」
根本を問う。すると、なぜかリスが「いや、もしかたら所在を失くした金めのものがあるのかと思って」そう答えた。おれは「きみには聞いてないし、聞かされた理由がろくでもない」と、注意とほのかな罵倒をした。
「なーに」やがてホーキングが口を開いた。「セロヒキは俺らの仲間だろ、うわべだけとはいえ、仲間だったら俺たちが面倒みるしかねえだろ」
笑っていた。きっと、状況にかこつけての退屈しのぎをしようとしているにちがいない。そう、うたがっているとヘルプセルフが「オレは」ぼそっといった。「暇だった」正直にいった。そこですかさず問う。「けど、なぜビットを巻き込んだ」
ヘルプセルフはビットを一瞥した後でいった。「巻き込んだというより、いまは抱え込んでいる」
まったく答えになっていないものを放ってくる。反応の返し方も難しい。そうしている間に、突如、足元で巨大な音がなかった。音は甲板上ではなく、下からだった。それから大きな鼠が床下で暴れているような、どたばたとした音がなりはじめる。
同時に全員で甲板を見つめた。音は徐々に船の先端へ向かってゆき、おれたちの視線もゆっくりと先端へ向かっていった。甲板に揃って立つ、おれたちの統一感のない外見は、たぶん間が抜けている。
そして、その音もやがて止んだ。
無責任なまま、その雰囲気だけで「死んだな」と、リスがいった。
「よーし、かくにん、かくにん」ホーキングは鼻歌めいた口調でいい、鯨銛で肩を叩きながら御機嫌で歩き出す。「さあ、みんなぁ、めんどうみようぜ、どかんとめんどぉお、みようぜぇー」
誕生日当日を迎えた熊みたいに言う。贈り物は蜂蜜か。
御機嫌に甲板を歩くホーキングを先頭に、みんなで甲板を行く。リスはホーキングのすぐ後ろにいた。いざという時の、盾にしている。オレとへプルセルフは文句も言わず、ビットに関しては、ただ自由を奪われているだけだった。それでもビットは怯えているだけではなさそうだった。少年とはいえ、さすがに一人で竜払い探しの過酷な旅をしてきただけあって、肉眼で現実を直視しようとしてみえた。
甲板上では、セロヒキにやつけられたらしい海賊が倒れていたり、うずくまっていた。戦意は喪失していて、オレたちを見ても、襲い掛かって来たりはしなかった。もちろん、ホーキングの巨大と眼帯も、利いているだろう。
十年間、鯨捕りとして船に乗り込んでただけあって、船の構造は熟知しているのか、ホーキンはすぐに甲板から船底への入口の扉を見つけた。
船底へ下る階段を進む。壁には最低限の明りを維持する光源が設置されていた。それを見てリスは「あぶら、けちってるわね」と、文句を言った。そしてまえを歩いていたホーキングは、つるしてあった光源を拝借していた。
降りると、狭い通路のあちこちにも海賊たちが倒れていたり、うずくまっていた。武器も床に投げ出されている。「財布を落としたときのあたしみたい」リスが印象を述べた。
すると、ヘルプセルフが「その財布はみつかったのか」といった。いま、その話を膨らませる必要はきっとなかった。リスが顏を左右にふると、ヘルプセルフは「財布に鎖をつけて衣服につなげておくといい、それだと落ちない」と、助言した。さらに「音が鳴るからオレはつけないが」と、始末に悪いことをいった。
「金の話はそれぐらいにして」先頭をゆくホーキングがいった。
とたん、暗闇から何かが奇声をあげて飛び出して来た。まだ戦意を喪失していない海賊だった。慌てて背中の剣へ手を伸ばす。不意をつかれて間に合いそうもなかった。
海賊が逆手に握った短剣の先をホーキングへ叩きつけにゆくのが見えた。
それをホーキングは殴って弾き飛ばす。相手の顔面を、鼻先から眉間にかけて、拳を叩き込んだ。丸太の先を当てたみたいな一撃だった。
襲ってた海賊は、そのまま飛び出してきた闇のなかへと時間が巻き戻るように、傷だけ追って消えていった。
「いかん、驚いてつい殴っちまった」一瞬で始まり終わった後で、ホーキングがいった。それから殴って闇へ還した海賊へ向かって「おーい、なぐってごめんなぁ!」と謝った。
ほどなくして闇の向こうから「うごぁ」と、返事なのか、最後の呼吸だったのか、なにかが聞こえた。
「ちょっとぉ」リスが眉間にしわを寄せて言う。「あの人にも生んだ母親とかいるのよ、かんたんに殴ったりしたらだめじゃん」真っ当な苦言を展開した。ただし、この海賊船内部の物色という場面で説教をされると、それはそれでただ暮らしづらくなるだけだった。
そして、みんなそれについては追求することを放棄し先へ進んだ。
海賊たちが倒れているので、物音は途絶えたとはいえ、セロヒキのあとを追うにはかんたんだった。どこの光源も油の量を欠いているため、薄ぐたかったが、次第に目も慣れて来た。そのうち、ヘルプセルフにずっと抱え込んでいたビットが「あの、もうじぶんで………」そう、おそるおそる伝えた。ヘルプセルフはうなずき、ビットを床に降ろす。そして「きみの自立に立ち合えて喜ばしい」と、何の意図が図り知れない発言をこぼした。
「ああ、いがいとなげーわねぇ、この船のぶっしょく暮らし」リスが身勝手な不満を放つ。「とにかく、さっさとセロヒキを倒してこの船からでようよ」
「………セロヒキを倒すって、そういう話だったけ」
おれが指摘すると言うと、リスは「もーうなんでもいいじゃん、どうせもうヤツは死んでるって」とにかく、雑へ雑へと現在を投げ出す。
「おっ、いるいる、あれじゃねえの?」御機嫌を維持したまま、ホーキングが先を指差していった。
みんなで同時に見ると、確かに、うす暗い通路の先に立っているセロヒキらしき背中が見えた。これだけの海賊をひとりで倒したらしいのに、息切れひとつしている様子がない。
表情は見えず、目にしているのは背中だけだと、彼の佇まいを不気味に感じ、無意識のうちに背負っている剣に手を伸ばす準備だけはしていた。昨日今日、店や船の上で目にしたセロヒキとは別人に思える。まるで抜身に剣のような存在感だった。
「おーう!」
けど、ホーキングはさながら町中の花屋のまでばったり出会った、みたいな明るさと御機嫌さで、片手をふりながら近づいてゆく。どうかしていた。もちろん、彼がどうかしているのは、まえからわかっている。
「俺だ、俺たちだぁ!」明るく声をかけ、がっはっは、と笑い、近づく。
セロヒキは静かにゆっくりと振り返った。彼は無傷だった、どこもやられている箇所が見当たらない。それに、はじめて店で見たときと、まるで変わっていなかった。
「どうしたどうした、なんだおまえ、海賊嫌いなのか?」
ホーキングは躊躇なく、セロヒキとは明らかに違う世界観の御機嫌な様子をぶつけてゆく。対してセロヒキは、無反応のまま近づくホーキングを見て、それからこっちも見た。
「はっはっは」そしてけっきょく、ホーキングはセロヒキの目のまえで近づき切り、その肩に手をぽんと乗せた。「迎えに来た、っつても、そんな上等なもんじゃないが、まあ俺たち、おまえ迎えに来たんだぜ」
本気でそうたんだろう、少なくともホーキングは。混じりっけなしにそう言った。
すると、セロヒキは自分の肩に乗せられた手を一瞥して、それから「すいません、困らせました」そういって謝罪した。
「ぎっひっひ、困った奴はお互い様だって」
ホーキングがたのしそうにいうと、リスが小さく「自己弁護入ってらぁ」そう皮肉をこぼした。
「しかしまあ、理由は聞かせてもらうぜ」ホーキングが口を開く。彼がなにかを切り替えたのがわかった。「おまえさんは一人で勝手に海賊船へ乗り込んで暴れたんだ、こいつはなに、俺たちだけならまだしも、あの船に乗ってるほかの連中も危険な目に会う可能性だってある。俺たちは、これからちょいとばっかしの間、一緒にいる仲なんだ。また似たようなことがあるかもしれない。だからさ、おまえさんのことを知りたい。教えてくれよ、なぜこんなことをした。難しい説明はいらねえぜ、俺も難しいことはわかんねえからな」
ホーキングの問いかけは、無骨だけど、相手を追い詰めないように気遣いがほどこされていた。相手に取り入って操ろうという企みもない。
いつもなら、皮肉を挟みそうなリスにいたっても、その問いかけを歪めないようと思ってか黙っていた。
「海賊ってのは、どこまで強いのか知りたかった」
セロヒキがそうつぶやいた。
「それに法に反する奴らは嫌いなんだ」
そういわれても、どう扱っていいのかわからず、言葉を探す時間で沈黙してしまった。ただ、こういうとき、リスは万能性を発揮した「あんたさ」と、呼びかけ「毎回こんなことやってんの?」臆せず、ずけずけと、あきれた口調で問いかける。
「ああ、でも、海賊と遣り合ったのは初めてだ」
「じゃあ、今日は誕生日ね」リスは肩をすくめ、かわいたしゃべり方でいった。「あんたの海賊しばき誕生日」
発言する際の雰囲気は充分によかった気がするが、肝心の意味がわからないにも、ほどがあった。
そしてセロヒキはじっとリスを見返し、やがて「ん?」と、短く音を発し、まったく理解できてない表情を現わした。
しかし、それで緊張感が途切れた。頭上に疑問符を浮かべて見返しているセロヒキに対し、リスは一切、先の発言の補足する気などなく「ちゅうか、こんなところで話し込んでる場合じゃないのよ」強引勝手に自分の間合いで話を進行してゆく。「この船にあるかもしれない金目の物を探すのがさき」
「法に反する奴らは嫌いなんだ、ってセロヒキが言った直後に、よくそんなことが言えるね」おれはたまらず指摘した。「魂が汚れてるのかな?」それから純粋に疑問に思った。
「まあまあまあ、御一同さん」
そこへホーキングが大きな手を降って一同を制す。
「海賊もみんなセロヒキがぶっ飛ばしちまったわけで、ぶっ飛ばしちまったもんはもうもとにもどらんし、セロヒキは無事でなによりだし、けっこうな思い出づくりにはなったわけだし、とりあえず我が母船に戻ろうぜ」
「声が聞こえた」
と、ホーキングが場を締めようとしたき、セロヒキがそういった。
「助けを求める声だ、この船の下の方からだ」
とたん、全員が足元を見た。
そしてまっさきにリスが「え、なに? それ女の子の声とか?」そう訊ねた。
「いいや、男だと思う。きっと成人の声だ」
「ああー………なら、ま、いいじゃんない? 自然にしとけば」
「きみが仲間であることが、こわい」オレはいまの想いをまっすぐにリスへ告げておいた。「いまここに宣言する、こわい、と」
「もぉう、冗談だってばぁ。冗談に決まってしまってるでしょう、あ、よーし、さあさあ、じゃあ、行こうか、助けに行こう行こう、助けてしまうぞう!」
リスは淡々として渇いた意気と、適当な方向へ指差す。すると、ヘルプセルフが小さな声で「きみには心があるのか」と真面目に問いかけ放つ。
「きっとあまりない」
おれが代わりに回答するかたちになった。たぶん、正解だろうし。
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