第三章 はじめての海賊(2)
翌日の昼には海の上にいた。同じ甲板にホーキングも立っている。
「やっぱとっとと出発しちまうにかぎるわね」リスは薄荷棒が口に咥えながらいった。「ずるずる準備なんぞしとったらまたトルズとかと、ややっこしい展開になりかねいしね、めんどうくさそうなのをすっ飛ばして回避して正解、正解」
独り満足げにぶつぶつ言う。リスの仕掛けにより旅立ちは急となった。物質的準備も心の準備もほぼ許されなかった。とにかく質問するまえに、リスから「さあゆくぞぉう、いまだ、いまいく」といわれ「もう出るから、乗る船」と、言われ慌ただしく出発した。
あれから港を出発して半日が経つ。乗り込んだ船は、はんぶんは旅客用、もうはんぶんは貨物を積んでいた。船は子供の頃かよっていた学校よりも大きい。帆と蒸気機関、両方の航行方法を備えていた。機帆船というらしい。大陸内部では竜は石炭を燃やした際に出る黒い煙を嫌い、過剰に反応し、最悪攻撃される。けれど、海の上も、それも大陸からそれなりに離れれば、竜には襲われない。竜は海を越えるほど飛べないし、大陸までは煙のにおいも届かない。ただ、港の近くだとまだ危うい。それで出港と入港の際は帆で船を進め、ある程度、海に出たところで蒸気機関に切り替える。けれど、蒸気機関もあまり使い過ぎると、船本体についた燃やした石炭のにおいをかぎつけられ、竜がやってくることもあるときく。石炭を使い過ぎるのは危険なので、常の調整が必要だった。それはそれとして、便利にも、この船には海水を真水に変える装置もついているときいた。
そういえば、蒸気管の仕組みをつかって、はんぶん以上自動的に稼働するなにかの工場をつくろうとしていた話を聞いたこともある。竜のいない海域上の巨大な船をつくって、そのなかの工場をつくろうとしたとか。でも、たとえ自動化して生産に対する人手が減っても、竜がやってこれない海域につくってしまっては材料や燃料を運搬費がかなりかさみ、最終的にはたいして利益が出ないらしい。
竜が存在することで、にんげんはこの惑星を自由に改造できないようになっている。ずっと昔からそうらしい。
「んんー、薄荷が不味いぜ」
リスは潮風に髪をなびかせながら薄荷棒へ文句を言った。落第点のくだしたくせに、薄荷を口から離さないのは、酔っているからみたいだった。悪化状態の気分を薄荷の、すきっとした感じで誤魔化そうとしている。
ホーキングは少し離れた場所にいた。舳先近きで海を眺めている。十年間、捕鯨船にのっていたといっていたので、さすがに酔っている様子はなかった。
とにかく、船に乗ったらそこにホーキングがいた。彼はおれたちを見つけると「よぉう」と、いつものように笑って手を振った。御機嫌にもみえた。
けれど、その後は、なんとなくしゃべっていなかった。たぶん、遠慮をしているのはおれの方だった。
彼がこの船に乗り込んだ理由は聞いてない。でも、想像はできる。あの夜の豹変のなかにありそうだった、そんなことは誰に説明されなくてもわかる。あの夜、この目で見た彼は強烈だった。彼は白い竜と何かがある。それも、あのホーキングが我を失うほどの強い何かが。
リスならその理由もずけずけ聞いていけそうだが、いま彼女は船酔いと現実と戦っていて、余裕はなさそうだった。たまに吐く戯言はやはり、最悪な気分を誤魔化すことにつなげている様子がある。体調不良に対して、日ごろの悪態で対抗しようとしている。
ホーキングが同じ船に乗った。それはやはり想像ぐらいはできる。
けど、想像すらできないこともあった。船には別の見たことのある人物たちも乗っていた。
あの店にいた厨房の男のひとだった。ビットの手当の道具を持って来て、狂ったホーキングへ当て身をくらわせ眠らせた男。そのひとが同じ乗っていた。
リスは乗船際にいった。「このひとも来るって」
説明はなかった。厨房のひとは「セロヒキ」と名乗った。とうぜん、厨房にいたときの服装ではなかったけど、印象はあまり変わらなかった。一見、冷たい目をしているが、悪いひとではなさそうだった。ただ、口数は少ない。乗船当初に名乗った以外、半日たっても口を開かない。
セロヒキ、というあの男のひとがなぜ一緒に来るのかはわからない。もしかして、竜払いなのか、きいてみたいが妙に鉱物的な孤独を纏った雰囲気があって声がかけづらかった。
もちろん、一緒に白い竜を倒してくれるなら、たすかるところだった。
そして、セロヒキとは別にもうひとり見たことのあるひとがいた。全身が黒い。
ヘルプセルフだった。組合には属さず、金のために生命を軽々と賭して竜を殺す、ヘルプセルフだった。
彼が船に乗っていた。あいかわらず、仮面をかぶり、全身は黒い姿で、海を見ていた。
リスによれば、店で誰か一緒来ないかと聞いて回ったところ、彼が一緒に行くといったらしい。理由はきいていないらしい。
来るなら、じゃあそれで良し、としてしまっていた。「なるべく人数が多い方がいい」と、リスはいった。「死ぬ数が増えれば、それだけ竜の骨の武器がたくさん回収できるのさ」冗談なのか本気かは、やはりわからない。
以下の六人になる、あの町から船に乗ったのは。
ホーキング。
リス。
セロヒキ。
ヘルプセルフ。
ビット。
おれ。
あたまのなかで並べて思った。六人いるが、うち竜払いは二人しかない、リスは協会に所属しているが、竜払いとしては活動してないし。
ヘルプセルフは協会に所属せず、竜を殺す者だ。かなりの使い手とは聞いているけど、実際、竜と戦っている場面を目にしたことはなく、けっきょく実力はわかってない。あの店で誰かと喧嘩して、やつけた場面すら見たことがない。誰かが絡んだとしても、いつもヘルプセルフが無言でやり過ごしている。
そして巨大な困惑が横たわるのはやはり厨房のひと、セロヒキという人だった。基本的にどこの誰かを知らない。なぜ、あなた来たの。その短い疑問に尽きる。
けれど、もう船に乗ってしまっている。港はかなり遠くにあって、蒸気機関の力によって、波をかきわけ海を進んでいる。どうこうやって、降ろすことできない。返品不可能な領域にいた。
もちろん、床に抑えつけられていたとはいえ、ホーキングを一撃で眠らせたセロヒキの当て身には何かを感じざるを得ない。ただならぬ何か、持ちものは持っていそうだけど、素性も動機も明かされないことには、心の安全を確保するにはむずかしかった。
たしかに多くのひとが手助けしてくれるのは助かる。心強くなれる。でも、なんせ前触れなく、同じ船に乗っていた。港から離れた海上、事後で紹介された。しかも、リスの船酔いは悪く濃く働いているらしく、かなりつらそうなので、こちらからも追加で話を聞きにくい。
ぐちゃぐちゃなまま事態は進行していた。そして、船だけは確実に目的地へ進んでいる。
見るとリスの様子に、奇跡的な改善は見込めそうになかった。もはや、薄荷棒をがりがりとたらふく食っている。正気には見えなかった。
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