第三章 はじめての海賊
第三章 はじめての海賊(1)
男の子の名前はビット。十一歳だった。
その夜、彼をおれの下宿先へ泊めた。部屋は建物二階にあった。彼を寝床へねかせると、すぐに眠ってしまった。部屋は別だけど、ホーキングも同じ下宿先だった。店を出ようとしたとき、ホーキングは店の床に倒れたままだったので、起そうとするとリスが「そっとしとこう」といった。
なし崩し的にリスは下宿先までついてきて、ビットが眠ると、しばらく、部屋を無言で物色し「っは」と、なぜか鼻であしらってから部屋を出ていった。「ありがとう」と言うと「あいよ」と、町角の職人みたいな返事をして、本格的に帰って行った。
そして、翌日の早朝、気持ちが高ぶっていたことと、堅い床のせいでけっきょく、眠れずにいると。
「あいよ」
といって扉が開き、鞄を背負ったリスが入って来た。扉の鍵はかけていたと思う。そのことについて考えて、こっちが油断しているところへ、リスが言い放った。
「で、いつ出発する」
「………いつ」
「うん、そう、それを聞いている。そんな朝だ」
まだ考えてなかった。だから「すぐ」といった。
「じゃ、その子からコマゴマとした話をきいて、計画を立てなきゃ」
指定され、まだ眠っているビットを一度見て、それからリスへ顔を戻し「そうか」と、うなずいた。
「まずは、かれが起きたらエサをたらふく食わしておこう」鞄を雑に下ろす、中をあけると、食料が入っていた。「食い物で篭絡させればなんでも話すにちがいない」
「………悪党なのか?」印象を口にしていってみた。いまいちだったのかどうか不明だけど、とりあえずリスは、にやりと笑った。
邪悪も感じざるをえない。
ビットは昼まで眠っていた。おれも少し寝た。ふたりとも部屋で寝ている間、リスはじっと部屋にいたらしい。やがてビットが起きると、リスが「包帯をこうかん」かるく一方的にいって、相手の反応も待たずに処置をした。
「次は黙ってメシ食え」
リスがこの小さな世界を仕切る。飼育だった。ビットは少しあたふたしていた。それでも、指示通り、出されたものを食べだす。リスが用意したものは、どれも消化によさそうで栄養もありそうだった。
「水もたくさん飲んで」
「あ………ありがとうございます」
ビットはリスの指示に対して、すべてを素直に従った。
食事を与え終えると、リスは鞄から折り畳んだ羊皮紙を取り出して広げた。それは大きな地図だった。ビットの目の前に広げると「ここがこの大陸」と、おれたちの大陸を指す。
見慣れた地図には、あいかわらず、焼き菓子を真ん中から砕いたみたいに、陸が海に散らばってみえる。もとは一つの大きな大陸だったらしい。むかし、なにかがあって、ばらばらになったらしい。砕け散って出来た大陸と大陸の間は海水が流れ込んでそれぞれの海になった。地図の中心部の大陸の海幅もせまい。地図の外側に向かうにしたがって、海の幅は広く大きくなっている。
おれたちの暮らす大陸は中心部に位置している。隣の大陸までは近い。大陸そのものも大きい方だった。うえから三番目の大きさときく。
ビットは地図を見て「すごい………」とつぶやいた。感動しているみたいだった。たしかにリスが持って来たのは、綺麗で大きな地図だった。最新の地図なのかもしれない。
「で、どこにある」リスがてきぱきと訊ねる。「きみの大陸」
「あっ………はい………ええっと………いまここだから………」
ビットはおれたちの大陸に指を乗せ、それから、慎重にゆっくりと地図上で指を横滑りさせていった。その指はずっと、北へ北へと向かう。指の動きで、これまでかれがどんな度をしてきたのかがわかった。海を越え、大陸を横断する。それを何度も繰り返し繰り返す。長い度だった。そして、かれの指が最後に示したのは、ほとんど北の果てにある、小さな大陸だった。この大陸の百分の一にも満たない。
「ここがぼくたちの大陸です」
かなり遠い。地図でもぎりぎり描かれている場所にある。
「わー」と、リスは肩をすくめた。「きみ、よくここからうちの大陸まで来たね」
「あの………はじめはちかくの大陸の竜払いへお願いしにいったんです。でも、どこもだめで………そしたら………この大陸に有名な竜払いのひとがいるってきいて………」
トルズのことだろう。ビットはあの人に希望をもって旅をやってきたらしい。
「ここまでどうやってきたの? おカネあんまし無いってきいたけど」リスがつっこんで聞く。
「はい………おかねがなかったんで………人の助けてもらったり………手伝ったりして………それでなんとかここまで………」
ここまでの道のりを思い出したのか、ビットはうつむいてしまった。
「場所はわかった」
リスは軽々とした口調で一方的に話しを切り上げると、地図を畳み、鞄につっこみ、その鞄を背負った。
「ほいじゃね」
放り投げるようにいって扉をあけて部屋を出た。おれは「ちょっとごめん」と、ビットに声をかけた後、リスを追った。廊下の角を曲がって、階段を降りかける姿がみえたので「リス」と声をかけた。
すると、リスは後歩きのまま、おりかけた階段を戻ってあがってきた。まるで時間を巻き戻したみたいだった。
「なに」
「いまの話しって、もしかして」
「あんた行くんでしょ、あの子の大陸に」
「ああ、うん」
「あたしも着いてく」
「………なぜ」
「理由、知りたいでしょ?」
とたん、リスがほくそ笑んだ。顏に邪悪が発生している。わからない、まだわからないが、もうなにか悪辣な罠にはまったような気分になった。
「あんたが、話題の白い竜にやられればー、竜の骨の剣がいっきに二本手に入るカタチになる」
「………おれの死に待ち?」
「だってあんた、ぜったい死ぬって言ってたじゃん、トルズが。すぐ死ぬ、そく、死ぬって。いや、もうすでに屍みたいなもんだって。ってか、そもそも屍顏だって」
「そういう直接的な表現の言い方じゃなかったと思うし、後半ただの愚弄だよね、しかも純度の高い愚弄だしさ」
「あたしも一緒にいって、あんたが死んだら、あんたの持ってるその剣を二本ともあたしが頂く。屍から歯を食いしばって、剣を握った指の一本一本ひっぺがして回収する。二本手に入るなら旅費をさっ引いてもかなり儲かるはず」
冗談にもきこえるし、実際にもやりそうだし。反応のただ困った。
噂ではリスの予見と鼻はかなり利く。なにしろ、これまで彼女は単身の女の子でありながら、竜払いたちと渡り合って来た。危険な目にもあったことがあるはずだった。
そんな彼女の言葉と行動は見極めるのは難しい。
「ぜんぶ準備しといて、あしたの朝には町を出る、とりあえず港に集合」
ふわりとしたものを言い残し、リスは時間を進めるよう階段を下っていった。聞きたいことは山ほどあったけど、仕組まれた彼女の雰囲気にのまれ、そのまま廊下に立っていると、廊下の窓から彼女が町のなかを歩いてゆく後ろ姿が見えた。リスはこっちが見ているのを知っている示すために手をあげてみせた。リスがいなくなると、ホーキングの部屋の前まで行ってみた。
扉を叩く。中から反応はなかった。扉越しに「ホーキング」呼びかけたけど、やっぱり返事はなかった。
ふと、ためしに扉をあけてみとうかと思った。けど、やめて後ろへさがった。
もし、この部屋にいるのが昨日の店で目にした、狂ったような彼だったと想像したせいだった。それでひどく悲しくなったせいだった。
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