第二章 至り集った者たちの夜に(2)

「ああ、それな。十年まえにさぁ、俺、なくしちゃってさあ、武器。竜の骨のやつな」

 かんたんに回答し、がっーはっはっ、と奥歯まで見せてわらった。

「で、この十年間、捕鯨船に乗って、金稼いで、このまえようやく竜の骨のやつを買えたんだわ」

 言ってまた、がっーはっはっ、と笑った。

 笑い飛ばすような話でもない気がした。

 それはそれとして、そんな理由だったのか。半年間、なにか話しにくい理由でもあるのではないかと考えつづけ、あえて聞かずにいたが、けど、そんな理由だったのか。

 いろいろ感じることはあったが、きいてよかった、その結論にして、料理を口に運んだ。やはり、これも辛い、この店は一種類の味しかない。それでも美味い。

 しょぼいが、好い夜だった。店内もにぎわっている、主に協会側の南の席だが、北側にも客がいて、それぞれの領域は問題なく存在していた。

 生きて仕事を終えて、食事をしている。やっぱり、しょぼいけど、好い夜だった。

「うわっ、めずらし」

 そのとき、女の子が声を聞こえた。あの朝、ホーキングの乗った場所の荷台で眠っていた、リスと呼ばれる女の子だった。

「肉食ってんじゃん、牛だし、これ、牛じゃん。うわ、エビもある、エビみたいな虫じゃなくって、エビじゃん、え、なに、このエビってもしかして、片栗粉かなんかでつくったエビ? あ、かまぼこ? かまぼこでつくったエビ? カニ?」

「リス」

 愚弄しながらはしゃぐ彼女をとりあえず呼んだ。

「ヨル」

 と、彼女も答え返す。それから、手近の椅子を引寄せ、じぶんたちの席にくわわった。

「どうしたのあんたたち、この豪遊? 五百人ぐらいからカツアゲでもしたの?」

「いや、そんなに頑張れないよ」そんな答えを帰すじぶんもどうかしてはいた。「あたりクジの依頼を引いたんだ」

「あらま、なだかんだで生きてるみるもんね」

「よう、リス」ホーキングは酒を片手にいった。「おまえも食えよ、遠慮はいらねえぞ、こっからもじゃんじゃん頼みぜ」

「あたし、海鮮炒飯が食べてえ」リスが戯言を放つ。

「よーし、待ってろ。俺が作って来る」

「なぜだ」と、リスが即座に聞いたが、もうホーキングは席を立っている。「なぜ、あんたがつくる?」聞いていない、酒を片手に厨房へと向かった。

 その様子を席からリスと見送った。やがて、ホーキングは厨房の扉の向こうへと消えてしまった。

「冗談みたいな顔してるくせに、冗談もわからんのか、あの人語をしゃべるクマは」リスがあきれていた。

 そこまで見届けから答えておいた。「売らないよ」いつもの答えだった。

「え、いいじゃん」と、リルは軽く、ぶらさがりに来る。

「この剣は形見だ、売れない」

「いいじゃん、二本も持ってんだから」

 リスの視線が席の下に置いた二本の剣へさがる。父さんから継いだ剣と、せんせいの剣だった。あれから今日まで、二本の剣を背負って竜を払っている。どちらも、大事な剣だった。

「二本あるだし、いいじゃんか一本だけ売ってよ。あ、あ、そうそう、あのね! ちょうど、またいいお客さん、みつけちゃったんだよねぇ、メチャだいじにするって言ってるし、お金いっぱい入るよぉお、いいとこのおぼっちゃんだし、売った金で三年は遊んで暮らせる暮らせるよ」

「生活は出来てる」

「怪我したらできなくなるよ、協会からの給付金なんてお小遣い程度でしょ。知ってるんだがら、バレとるんだから、世間には」

「そのお金で父さんは育ててくれたんだ」

「………あう、ごめん」とたん、リスは小指を噛まれたみたいにさがった。「………きぶん、悪くした?」

 過敏に反応したことがたしかだった。けど、過剰はよくない。「そんなことはないけど」あやまりはしなかったけど、そういって誤魔化した。

「でも二本あるんだからいいじゃんか」

 じっさい、リスはけろりろして、また戻って同じことを言った。じぶんの飲みかけの水に手を伸ばし、勝手に飲んだ。

 リスは竜の骨を竜払いから買い取って、転売することを生業としている。彼女自身は、一応、協会に属しているが形式上だけだった。転売業に役立てるために属している。竜の骨の転売は違法ではないし、そもそも、市場に出なければ、協会も新しい竜払いを得ることができない。リスの存在はおおやけに推奨こそしないが、闇の市場に竜の骨が流れて、竜払いを目指す者が、より入手困難になるよりは、ましだとされている様子だった。

 半年前のあの夜。リスがホーキングの乗った馬車の荷台にいた理由もそれだった。現場で竜払いが亡くなり、残された剣があるときいた。交渉して、手に入れようとしていたらしい。

 けっか、じぶんが断った。けど、あれからもたびたび、接触してきて、せんせいの剣を渦って欲しいと言いに来る。

 その度に断っている。

「あんた、終わってる炒飯みたいに頭が固いよねえ」

 また奇妙な愚弄をしてきた。頭が固いといわれても、心当たりがないので、気にせず料理を口に運ぶ。冷ますには惜しかった。けど、やはり味はいつもと同じで辛いだけだ。それでも、海老も牛肉も入っている、栄養度が違う。

「交渉に失敗した腹いせだ、あたしも喰らってやる」

 好き勝手なことを言い放って、リスも料理を食べ始めた。

 今日は店内での音楽の演奏はなかった。店の南側は、協会所属の竜払いたちで賑わっている、ばか騒いでいる。

 一方、店の北側は静かだった。明りが届くにくく、わざと翳らせていてもいる。客も少ない。それに、みんな黙って、飲んで食べている。店には何度も訪れているが、北側で賑わっているところを見たことがない。

 それでも協会無所属の竜払いたちは店に来る。ここに来れば、個人案件の依頼を拾えることもあるし、翳った竜払いたちへ、問題なく食事を提供してくれる。

 無所属の人たちが店で静かにしているのは、もともとが、所属側を対象にして営業を始めた店だかららしい。自分たちが主役の客ではないことを認識しているからということだった。

「なにかおしろい話してよ」リスが海老を探し、海老ばかりむさぼりながら、要求してきた。「いっちょ、もてなせ、あるでしょ、あんたも人類の末端なら、なんかおもしろい話のひとつでも」

「ない」

 一切考えずに答え、食事を続ける。その時、店の扉が開いた。そして、中に入って来た人物を目にして、店内が一瞬、妙な空気になった。

 黒い仮面をつけ、全身は黒い。

 いつも全身を黒いのは、全身に血を浴びることがばかりからだと訊いた。身体に血を浴びたことのない部分はなく、洗って落としている暇もない。白い竜の骨で出来た剣を黒い鞘に収めてある、それは、どこか剣を封印しているような印象にもみえる。そして、剣は背中ではなく腰に携えていた。協会へ所属する竜払いは、みんな、背中に剣を背負う。だから、ひとめで属するものの違がわかる。

 南側の客たちは騒ぎを途切れさせるまでもいかなくともその客を目にして、一瞬、ひとしく警戒させた。けど、すぐに元の騒ぎに意識を戻す。毎回のことだった。この大陸で最も竜を殺していた一族、その末裔だと聞く。

 ヘルプセルフ。

 彼には存在感があるし、名前も覚えた。よく店で見かけた、ここへ食事をしに来る。面識はなく、他の人としゃべっているところも目にしたことがない。きけばまだ若い男らしい。

 彼は近くを歩いていた店員をとめ、仮面越しに耳元へ何かを囁いていた。それもいつものことだった。それから店の北側の一番隅の席に座る。顏はぜったいに壁へ向けていた。

「あいつ」と、リスが口を開いた。顔を向けると「一週間まえにも竜を一匹仕留めたってさ」頬杖をつきながら、あいかわらず皿のなかからエビを探しながら言った。ただ、もう海老は喰い尽くしてしたった感じがある。

 ふさわしい感想を思いつけず、黙っていると、リスが頬杖をつきながら続けた。

「これでもう十七匹目だって」

「そんなに」

「ま、牛ぐらいの大きさのヤツらばっからしいけど。その大きさじゃ、骨もあんましとれないんだよねえ」

 いくら牛ぐらいの大きさだといっても、牙もあるし、炎も吐く。足には爪もある。人間が、剣ひとつで仕留めるのは難しいことにはまちがいない。追い払うのだって、命懸けだった。

 だから竜払いがいる。けれど、仕留めてしまえる者がいるなら、仕事はいずれなくなってしまいそうだった。もちろん、そういう意味でも所属側は無所属を嫌っている。とうぜん、竜の絶対数が減れば減るほど、追い払う依頼は減るからだ。

 でも、やっぱり基本的には竜を剣一本で殺すのは難しい。なみの人間には出来ない。だいいち、竜を殺すこと自体が危険だった。まちがえれば群れを呼ばれる。

 しばらくして、ヘルプセルフのもとに料理が運ばれてきた。仮面を外したが、こちらには背を向けているため、顏はみえないし、見たことものなかった。

 無所属側に人も店に数人いたが集まって話をしているところは目にしたことがない。店のなかでは話さないようにしているふうにも思える。ただ、ヘルプセルフは同じ無所属の人たちとも距離とろうとしている印象があった。ヘルプセルフは竜を殺す者たちから見ても殺し過ぎだと思われていた。どうやったらそんなに竜を殺せるのか。わからず、恐がられているとも聞いた。成果の上げかたが異常だった。間隔も短い。

 とたん、店の南側で、どっと大きく声があがった。また我に返って顏を向けると、音楽の演奏が始まるところだった。やがて明るく陽気な音楽が店のなかへ流れ出した。音楽に負けじと、話声も大きくなった。客の一部は音楽に合わせ、首をふり、靴で床を叩き、拍子を刻む。店の床がかすかに揺れていた。

 明日死ぬかも知れないから、今日は限界まで愉しく過ごす。そんな考えがあるとも、まえに教わった。多少、無理にでも、愉しくあろう。愉しい演技でもなでもやってやろう。生きているあいだに、少しでも天国にいる気分を味わおう。

「おぃーい、ヨルぅー」

 明るく、ほがらかに名前を呼ばれた。大きな身体が手をふり近づいてくる。パンタだった。

 にこにこしながらやってくる。手には大皿の料理を持っていた。

 パンタは同じ年の竜払いだった。きけば、竜払いを始めたのも似たような時期で、この店で知り合った。身体はホーキングなみに大きいが、全体的にまるみがある。店以外では会うこともないが、必ずにこにこしていた。

 いぜん、リスは彼のことを「太った虎みたい」と称した。けど、言われた本人は「はは、いやあー」といって、やっぱり、にこにこしていた。

「ここ、すわっていいー?」

「うん、もちろん」

「ん、あれ、ホーキングはいないの?」

「ホーキングは厨房に行ったよ」

「ふーん」

 どこかおかしなことを言ったつもりなのに、パンタはそこを気にもしない。手にしていた大皿料理をどかんと置くと、近くの席から椅子をひきぬき、背負っていた剣を外して座ってこっちの席にくわわって「ふう」と、息をついた。持って来た大皿料理は目測で三人分はある。けれど、それは彼の一人分だった。

「やあ、リスさん」

 座って落ち着てからリスへ声をかけた。

「よう、ぼんぼん」

「あはは」

 笑って、にこにこしながら早速大皿に匙をつっこむ。それから、口へ運んだ。

「うまいねえ、ううん」

 幸せそうに食べる。パンタが幸せそうに以外な顏で食べているところも見たことがない。

「今日、そっちはどうだった?」パンタは料理を口へ運びながら聞く。「だいじょうぶだった?」

「小さい竜を捕まえて、遠くへ逃がしにいった」

「わあ、いいなあぁ、それならボクにもできそう」

 ほがらかにいって、料理を口へ運ぶ。

 パンタの家は、代々、竜払いの名家だといっていた。ただ、何代か前の人間が事業で成功したため、竜払いとして生計を立てる必要はまったくなかった。しかし、家紋は竜払いを示す絵柄になっているように、竜払いの名家として、体面も重んじているらしく、血筋から必ず、ひとりは竜払いを輩出する仕組みになっている。そして、多くのきょうだいの中からパンタが選ばれた。理由は、当人いわく、きょうだいで、一番、身体が大きかったからだと言っていた。

 ただし。ただしの話し、体面上はどの時代でも伝統的に家系から竜払いを輩出しているが、一家からすれば大事な家族だった。竜の骨さえ持っていれば、とりあえず竜払いになれるとはいえ、無理に竜払いさせて、無理に活躍させて、命を落とさせたくはない。

 だから、パンタは優秀で強い竜払いの隊に預けられていた。この強い隊に子息を預けるのも、代々やっていることらしく。

 そして、その強い竜払いの隊はというと、この大陸でも有名な竜払いの集団だった。成功率は叩く、怪我人も死人も滅多に出さない。

「パンタひとりかい?」

 問いかける。

 ちなみに、リスはまだエビを探していた。じぶんとパンタとの会話には、いっさい興味がないらしい。

「ううん、隊長たちはあとから来るよ。ぼくはね、さきに店に来て、みんながつくまえにぃ、料理の注文と、陽気な音楽を流してって頼みにきた」説明し、自ら「はは、いかにもシタっぱぁ」と、明るく自嘲した。

「隊長さんたちが来るまえに、食べてるのは、よし、なの?」

「今夜は、ちょっと、そこに挑戦してみたぁ」

 凛々しいつもりの表情を浮かべ、料理を口へ運ぶ。おどろくべきことに、すでに大皿の上から空になりかけていた。味はやっぱり、あの味だろう。この店の料理は一種類しかない。辛さのみ。

 そうこうしているうちに、店の扉が開いた。ぞろぞろと、依頼終わりの十人の竜払いの男たちが入って来る。みんな身体がでかい、筋肉もすごい。壮観な光景だった。ひと目見で如何にもその道の手練れだとわかってしまう。堂々としていて、誰一人、かんたんには死にそうになかった。もし、腕が千切れても戦い続けそうな男たちだった。

「ああー、隊長たち来た」そういったパンタの目の前の皿は、すでに空だった。隊の到着を計算して食べたとしたら、こっちはこっちで、かなりの手練れといえる。

 扉の隊の男たちが入って来ると、店にいた南側の客たちは、食器を片手をあげるなど、挨拶と敬意を払った。北側は、まるで、呼吸の回数を減らしたような雰囲気になった。

 男たちの最後に、後ろに撫でつけた白髪に、口まわりに白鬚を生やした隊長が入って来た。

 他の男たちも存在感は凄いが、その人の貫禄は別格だった。

 トルズ。この大陸で彼の名を知らない者は、もぐりと言われる。老練の戦士だった。歳は六十に近いが、いまだにこの大陸の竜払いでは一番の戦士だった。

 そして、この大陸の竜払いたちの心の支柱だった。もし、自分たちがしくじっても、この大陸にはトルズがいる。あの男なら必ず、どんな竜も払ってくれるだろう。

 彼の存在によって、確実に人々は守られている。死なずにすんでいる人たちがいる。竜払い以外の人々にとっても、トルズは英雄だった。この大陸には彼がいる。最後は彼がいる。竜から人を守る、高い壁としている。大陸外でも名が知れているときいたこともある。彼の教えを請いに、大陸の外から弟子になりに来る人間もいる。

「怖っ」と、リスがいった。「あいわらず、顏、こわっぁ」

 そうだった。ただ、そうだった。トルズの顏はとにかく怖い。つねに引き締まっていて、笑顔のところなんて見たことがない。

 まるで竜みたいな人だった。

「じゃあ、もどるねえ」

 パンタは空になった大皿をそのままに、隊の方へ駆け寄って合流した。はっきりいって、パンタの存在は、隊では浮いてみえる。

 邪推が働く。なにか、うまい具合いに実家と隊との合意が成され、パンタは入隊を許さ他としか思えない。本人も自覚していることがわかった。とにかく、隊の邪魔にならないようにしているらしい。

「マジ、顏コワすぎるのよ、あの目で睨んだらやさしい小動物とか気絶するんじゃないの………」

 リスはまだトルズの顏について侮辱を言っていた。かんけいない、きこえないふりをして、水を飲んだ。そして、すぐ吐いた。ホーキングの飲みかけの酒だった。

「おろかな………」

 人類の壮大な愚行を悼むかのようにリスが言って来た。

「水と酒をまちがえたわね、しかし、なによりホーキングの飲みかけをのんだことが、もっともおろかだ」

 楽かったのか、リスは長く言い直す。

 トルズ率いる軍団の登場による発生した緊張も少しはあったが、演奏される陽気な音楽のおかげで、店の雰囲気も陽気さが保たれていた。彼らはいつもの通り店も中心部のいちばんいい場所の席に陣取った。みんなも、そこはいつだって開けている。知らずに座ると、店員さんが注意しに来る。

 けれど、トルズたちが店で横暴なことをすることはない。隊の規律は厳しく、みんな礼儀正しい。酒の席では、少しぐらいはしゃぐぐらいだった。むしろ、彼が店に来ることで、店の治安も守られている。

 店でのもめごとはたまに起こる。やっぱり、協会の所属側と、無所属側の場合が多い。たいていは所属側に原因があるし、そして無所属側が黙って引き下がる。

「そういえばホーキングはどうした、もどってこないけど」リスが目をこすりながらいった。「死んだか?」

「殺したいの?」

「あんたとふたりじゃあ、こー、ずこずこ話すともないしね。あのおしゃべりグマなら勝手にしゃべってくれるから座持する」

「この席にきたのはキミだ」

「剣を譲れと口説くためにね。でも、今夜はもうおーしまい、無料のエビも尽きた」

「すぐそこの海に潜って捕まえてくれば、海老、素手で」

「そういえば知ってる?」無視して言う。「竜って泳ぐの苦手らしい」

「………そうなの?」

「うん、いまあたしが想像したんだけど」

「虚偽開始したんだね………」

 信じかけたが、なんとかかわせた。なにしろ、竜が泳ぐなんて聞いたこともない。竜は浅瀬の川、湖ならともかく、泳げないので底が深い川や湖は避ける。海はもっと嫌がる。海水が駄目らしい。だいいち、泳げたらたいへんだった。竜は翼は持っているが、そんなに長くは飛べない。だから、竜は飛んで海を渡って大陸間移動ができない。大陸同士がくっついていれば別だけど、でも、遠い距離は無理だ。資料では人が船で竜を輸送した記録もあったけど、それは特別な事例だった。とにかく、竜は基本ずっと同じ大陸にいる、その大陸から出ない。

 また扉が開いた。今度は華のある女性がふたり。コース姉妹だった。じぶんよりはふたりの年齢が少し上らしい。ふたりは竜払いから、非竜払いの人たちまで人気がある、認知度がある。実力があり、そろっていつも半眼気味だけど美人だった。そして、まっすぐに背筋を伸ばして凛としている。

 ふたりが店内を歩くと、みんな敬意を払う。ただ、トルズ隊長とは敬意の種類も違う。

 実際の現場を見たことはないが、ふたりの竜の払い方は変わっている。剣は持たず、竜に近付き、竜の骨で出来た手持ち金槌で眼球を叩いて追い払うという。目を叩かれた竜は悲鳴をあげて逃げてゆくときいた。いったい、どうやって竜に気づかれずに近づくのかは不明だった。

 そして、姉妹はリスの友人でもある。

「リス」

 呼んだのはコース姉の方だった。妹の方はあくびしている。

 だから、店でリスと一緒の席にいると、コース姉妹が近付いて来る。そうなると、異常に緊張してしまう。気に入られるような贅沢は望まないまでも、嫌われないように勤めようと心が自動的に働く。

 よって、たまにリスのそばにいる大人しい人に留まる。

 リスはコースの姉の方をみて「にきびできてるよ」と指摘した。すると、コース姉は「わっ、やだ」とだけ反応し、眉間にしわを寄せながら歩いていってしまった。妹の方は小さく手をふってみせる。もちろん、リスへ振っただけだった。

 途中、コース姉妹はタルズ隊長へ敬意を見せる会釈をした。トルズ隊長はわずかにうなずくだけたったけど、それを補ってありあまるほどまわりの隊員たちが嬉しそうに手を振って返した。それにはパンタも混じっている。

 やがて曲が変わった。さっきと同じで陽気なものだった。曲の変わり目で、ふと、外は雨が降っていることに気づいた。けっこうな勢いらしい。その証拠に、新たに店へ訪れる竜払いたちが装備をひどく雨に濡らしていた。まいった様子で、店の床にしたたらせながら入って来る。

「ホーキングが厨房から戻ってこない」

 言っても、あらゆる意味でしかたないがリスへそう言った。

「ホーキングなんて人間、最初からこの世界に存在しなかったのかもしれない」

 リスは淡々となにか物語の締めみたいなことをいった。

「だったらなにより」心を込めずにこっちもそう答えた。いわば、せんそうだ。そして、ホーキングは自分の知らないところで、愚弄されただけだった。

「ホーキングのばーか」

 さらにリスは脈絡なく言う。放っておいた。よく見ると、リスもまちがえて、ホーキングの飲み残しの酒を飲んでしまっていた。

 ここはひとつ教えないでおこう。気づいていない現実を抱えるのもまた、人生だ。

 次々に店へ客が来る。雨にうたれた竜払いたちが駆け込んできた。雨の降りがどんどん激しくなっているみたいだった。開かれた扉のあいまから見える外界では、季節外れの豪雨が降っているのがみえた。雷も鳴っている。光って見えた。けれど、店のなかは陽気さを維持していた。外の雨がうそのように温かいし、明るい。服もすぐにかわく。

 なにげなく見たとき、ヘルプセルフの席へ、若い女性の店員さんが料理を運んでゆくのが見えた。この店では無所属の竜払いは、自分たちで料理を受け取りに行くのが暗黙の決まりなので、めずらしい光景に思えた。もしかして、あの女のひとはヘルプセルフのことが好きなのでは。勝手に想像してしまった。ヘルプセルフは相変わらず、こちらへ背を向けているので表情はわからないが、運んで戻ってきた女のひとの表情は、少しはにかみがあった。

 料理はとっくに食べ終えてしまったし。リスは眠そうで、これといって話こともなさそうだった。店を出てもいいが、せめて雨が弱まるまで待つことにした。ホーキングは方は。どう、ほっておいてもだいじょうぶなのはわかっている。リスはそれを「放し飼い」と言っていた。

 人に当てはめる言葉ではない。ただ、擁護もしなかった。その様子を見て、リスは「そこもまた放し飼い」といって、独りで遊んでいた。

 この子は、むかしから、そんな寂しいひとり遊びをしていたのか。勝手に想った切なさは、胸へ留めておいた。なんでもかんでも言語化しない技術を重要している。

 気ままな世界が地に降らす、激しい雨がやむのを待ち続けた。

「ホーキングが戻ってこない」

 暇を持て余して、また言った。

「きっと、向こうの世界でたのしくやってるでしょうに」

 死んだ人のようにリスが言う。

 店内は相変わらず、と思っていた矢先だった。所属側の竜払いの男のひとりが、酒を煽りながら店の南から北へ近付いてゆくのが見えた。酔っているのはあきらかで、足取りもふらついているし、目もすわっている。

 たまにある、揉め事が起こりそうだ。わかりやすく予感した。たまたまかは不明だが、誰もその男が北側の席へ向かうことを止めなかった。

 男は酒を持ったまま、ヘルプセルフの座る席へ行き、止まった。

 終わらない陽気な音楽のせいで、何を言っているのかはきこえない。男はヘルプセルフへ何かを言っていた。そして、飲みかけの酒瓶を乱暴に席の上へ置いた。瓶は立たないまま転がる。

 セルフヘルプはじっとしていた。男の方をみている感じはあったけど、背中しかみえず。表情はわからない。絡んだ男はしばらくして南側へと戻って行った。

 もし何かがあったら、店にはいまトルズがいる。彼が店にいるときに、まず、問題を起そうとする人間はいない。彼に睨まれれば、この大陸で竜払いをやってゆくのは難しくなることをみんな知っている。逆にいえば、彼に一目を置かれる存在になることは憧れになっていた。

 ふと、ホーキングが厨房ゆきの扉をあけ、客席へ戻って来るのが見えた。手には皿をもっている。本当に何か料理を作っていたのか、皿からほかほか湯気があがっている。驚き、呆れた。しかも、ホーキングとともに、料理人らしき男が出て来た。しかも芳しくない表情を浮かべ、ホーキングに何かを訴えかけている。

 裏方が何かを説得しようとしている。そうとうな事態だろう。

「読唇術を使おう」おなじものを見ていたリスが急に言い出す。「あの厨房のひとが何をいってるか」

「言葉にしなくてもわかる気がする」

 そう伝えているうちに顏に満面の笑みを浮かべたホーキングが席へ戻ってきた。

「どうどう」なぜか馬をあやすようにいって「さあ出来たぜぇ、ホーキング特製炒飯だ。しかも海鮮、こいつはもう、海のような炒飯だ」皿を席へおく。

 海のような炒飯。その表現は結果、食欲を削ぐ文言ではなかろうか。

 いや、そうでもないのか。

 考えてると、けっきょくここまで着いて来た厨房の男のひとは「やっぱり無理無理だと思います」と言葉を添えた。「ただ法に触れてないってだけです」

 なにがあっての発言をしているのか、想像すら追いつけない。

 それはそれとして、リスとふたりして皿のなかへ視線を落とす。見た目はかなりそれっぽかった。色味もあやしげではない、入っている貝もみんなちゃんと口をあけている。湯気に混じる香りにも不愉快さは感じない。

「まあ、食わないけどね」

 リスが早々に宣言した。さらに続ける。

「これ、観賞用に作ったんでしょ?」

「がっはっは」

 ホーキングは笑うだけだった。リスの反応をどうとらえたのかまったくわからない。

 人間関係の難しさ、ここに極まっている。リスは淡々と「店長を呼べ」とか言っている。ホーキングはご機嫌い笑っているだけだった。

 きっと今夜も、このぐちゃぐちゃなまま夜はふける。馴染んだ安定を想った。



 けれど ちがった。

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