第二章 至り集った者たちの夜に

第二章 至り集った者たちの夜に(1)

 飛んでいる竜を岩にぶつけてから半年が経つ。

 その間に、ホーキングの素性もわかった。彼は鯨捕りだった。もっとも出会った前日に、捕鯨船から降りたばかりだったらしい。竜払いは十年前にやめていた。

 本人曰く、あの夜「この店で酒飲んでたら、たまたま後ろから話がきこえたんだ」という。村の人が医者と、代わりに竜払いを探しに近隣の町へ向かったとき、偶然そこにホーキングがいた。

「あの場にはよ、他にも竜払いもいたさ。現役が何人もな。ところがどっこいだ。竜のデカさと、やり合った戦った竜払いが死んじまったって聞いて、誰も俺がやってやろうって手をあげなかった。それまで、さんざん、酒飲みながら自分が倒した竜のえれぇスゲェ自慢話をしてたのにな。ぴたっとやめた。目も合わせないようになった。驚いたよ、そりゃあ、聞けば村は小さそうだしな、最近じゃ、竜を払って協会からもらう金と、あわせて依頼する町や村が自前の礼金ってのを用意するのが習慣化してるってな、竜を払ってその金を受け取るのが流行ってんだって。礼金の方があまり見込めないところの依頼は竜払いたちも受けたくないそうだ」

 その話はその時いた同じ酒場で聞かされた。

 その店は港町にあり竜払いが集まる店だった。うすい緑に塗られた壁が目に優しい。この店では竜払いのための情報交換から、共同事業者探しまで、それらの目的をもって大陸各地から竜払いたちは集まる。店は一年中、何時にも閉まることはない。常に開いていて、常に誰かが酔っ払っている。

 竜払いの依頼はまず協会へ話を持って行く。そこで竜の大きさや、狂暴性から専門家が計算して、報奨金額を決める。大きな金額になる場合は、基本挙手性だった。そして手を挙げた者たちのなかから、実績もふくめて、協会が指名する。小さい依頼については、暗黙の当番制だった。協会に所属する竜払いたちが、食いつめないようにいい様に分配される。協会自体は、税金と、寄付によって運営されていた。そして、協会に属さない竜払いは、万が一の場合、生活や、その家族も保障されない。

 協会へ所属するための最大の条件は、竜の骨で出来た仕事道具を自前で用意することだった。

 竜に群れを呼ばれないように倒すためには、竜の骨で出来た武器で攻撃するしかない。それ以外の材質の武器で竜を傷つければ、竜は群れを呼び、炎を吐いて大陸中を無差別に焼く。けれど、ふしぎと竜の骨で竜を攻撃すれば、竜は竜を呼ばない。

 いつも思う、この情報を得るまでに、いったいいままで、どれほどの犠牲を払ったのか。じぶんたちは、先人たちの命懸けの戦いによって、生かされている。

 けれど、竜の骨自体は稀少だった。市場にでてもかなり高い。竜を殺すことは難しいし、新たに骨が取れる機会も少ない。骨は竜払いに行き渡ることが優先で、竜払い以外が所持するのは違法だが、ひそかな好事家もいる。とくおり、食いつめた竜払いが、剣を売ってしまったという話もよくきく。

 とにかく、竜の骨は稀少だった。失うわけにはいかず、命懸けで守る価値がある。失えば、もう一度、手に入れることは難しい。だから、竜払いは世襲制が多い。親から仕事道具を引き継ぐ。

 自動的に手に入れることが出来ないものは、やはり、どこかで手に入れる必要がある。協会に所属する条件に、竜の骨の道具を持っていることが大きいのは、手に入れる困難さもある。竜の骨を手に入れることが出来るような、高い能力か、血を持っていること。

 でも、最初から持ってないものは、基本的には買うしかない

 この酒場には竜払いが集まる。竜払いに向いている人、向いてない人も来る。だから店の端っこで、暗い顔をして、悲惨な食事をしている竜払いへ近づき、道具の買い取りを持ちかけることも出来る。

 それと店へ協会を通さない依頼を受けてくれる竜払いを探す場合もある。知識のない者が竜に手を出すのは大陸全土に危険を及ぼす可能性がある。だから、協会は存在する。けれど、頼む側の諸事象から、協会を通したくない案件もある。それを、直接、竜払い個人へ依頼しようとする。

 無免許の竜払いの存在がそれを許している部分もある。そして、その人たちも、この酒場に来る。これも暗黙の了解の世界で、協会に属する側と、属しない側の客で、店は南北に別れて座る。店の南が協会へ属する側が座る。すべての席はいつも明るくて、陽気な音楽もよくきこえ、愛想のよい女の子たちが食事やお酒を持って来てくれる。北はいつも暗い、中年の男が料理や酒を運んでくれればいいほうで、頼んだものは、店の端っこまでいって、自分たちでとりに行く必要がある、音楽もきこえない。それに、南北に別れている、といっても、北側は南に比べて、だいぶ狭い。

 所属しない彼らも、竜の骨はもっている。骨を持っていることは、この店に入る暗黙の条件みたいなものだった。とにかく、暗黙の約束が多い世界だった。なんとなくで成り立っている部分はだいぶある。

 所属しない大きな理由は、協会を通さない依頼は、竜を払うだけではなく、竜を殺して欲しいというものが多いだからだった。協会は、滅多に竜を殺させない。あくまで、人里に近づく竜を払いことしか許さない。

 けれど、竜を殺して欲しいと思う人たちもいる。いくつか聞いた理由では、肉親の仇だとか、やはり、骨を手に入れたいだとか。

 でも、やはり竜を殺すのは難しい。無免許の人たちは、毎回、大きな犠牲を払っている。二十人で引き受けて、無事に店へ戻って来たのは、五人だったときがあった。もちろん、協会に属する側にも犠牲が出る場合だってある。せんせいは死んでしまった。竜に近づくこと自体が、命懸けだった。

「があああはっはっは!」

 と、ほとんど小爆発じみた笑い声で我に返る。

 ホーキングが酒を煽った後、巨大な笑い声を飛ばしていた。なにがおもしろいんだろうか、とにかく笑っている。

 もしかして、酒に笑い薬でも混入しているのだろうか。

 それか、心が不安定なのか。

 隣に座りながらそんなことを並べて思った。

「酒が上手い! 笑うぐらい上手いねえ!」

 笑った理由はわかったが、それで笑う原理は理解に達しない。基本的な脳の構造が、おっちとはちがう可能性もみえてきた。

 昨日の昼間、この近の町での竜払いを二人で行った。猫ぐらいの小さな竜が屋敷の屋根裏に侵入したので追い払って欲しいという依頼だった。小さい竜だったが、一応、竜であるため、丁寧にも協会へ依頼したのだという。協会はホーキングとじぶんを指名した。最近は暗黙の組み合わせにされている。

 せんせいから引き継いだ竜の骨で出来た笛をふき、小さな竜を気をひきつける、屋根裏中を、笛でぴいぴい吹きながら、小さな竜を追いかけるじぶんを見てホーキングが頭をがりがりかきながら「ほんと、最高の職場だせ」と言ったが無視した。そして最後はホーキングが捕まえた。直接、手掴みだった。捕まれると竜は、きゅるん、と鳴いた。

 捕獲した小さな竜を人のいない、遠くまで連れていって、解放して、協会へ依頼完了の報告するため、町へ戻ると、もう夜も遅い時間帯になっていた。まっとうな食事処は営業時間を終えていた。

 となると、竜払いたちが吹き溜まりたる、いつもの店へ行くことになる。

 そしてホーキングは酒を飲み、一口目の後、笑った。

 こじんまりとした依頼ではあったが、依頼主は資産家で、心づけに貰った礼金は、依頼内容に対して、分相応な額だった。大きく、ホーキングは「まあ、あたりクジをひくこともあらーな」といって笑った。もらった礼金で、さっそく、酒といつもより、一段うえの料理を注文していた。

 エビ、カキ、牛肉。ふだん、頼まない具材の入った料理はたしかに美味い。ただ、店の味付けは一種類しかない、辛いだけ。それでも、美味いは美味い。

 あれから半年経った。なし崩してきに、ホーキングと一緒に竜払いをやっていた。ホーキングとは、ひとまわり以上歳の差はあったが、当のホーキングは、こちらを部下だとか、弟子だとか、そういう扱いをしなかった。雑な扱いはしたけど、おそらく下にはみていなかった。

 ただよく無茶をさせる。せんせいの下で学んでいたときは、せんせいからよく現場での行動に対して細かく指示を受けていた。けど、ホーキングはしない。実戦あるのみだった。

 しかも、ホーキング自身がまっさきにその無茶をしてみせる。そして、いつも最後にはこう。「ほら、死ななかったろ?」

 最近は運だけで生きている気がしないでもない。でも、これは皮肉か、せんせいと一緒にいたころとは、まったく違う生き方をしているせいか、せんせいのことを考えずに済んでいる部分はあった。異世界を生きている感じがある。

「あの、こんなにお金使って大丈夫なんですか」

 言いつつ、しっかり、運ばれてきた高価な料理を食べながら、ホーキングを少し責めている、そんな自由なじぶんもいた。

「え? ああ、まあ、いいじゃねえの、がっはっは。おもしろいし」

 なにがおもしろいんだろう、なぜ、酒を飲んでいるだけでそこまで笑えるのか。不思議でたまらなかった。

 やはり、なにか如何わしい薬でも混入して煽っているのか。あえて追求しないようにしていた。

 じぶんたちはいつも店、南北の境目あたりに座っていた。境目はみんな避けがちだった。無免許竜払いと近いと、揉め事が起こる可能性が高まる。だから、みんなが嫌がる席で、うつもあいていた。だけど、ホーキングはいつもあいているのでそこに座った。最初の頃は、協会に属する竜払いたちが怪訝な表情をしていたが、ホーキングの巨体さを目にして、音を立て、しりごんだ。ずず、しりごんだ音が聞こえたほどだった。ホーキングは手も大きく、その拳で顏を殴られると、頭蓋骨が木っ端みじんに粉砕されるのではないかと想像してしまう。

 そして、しだいにみんなあきらめた。ホーキングは基本、店内では無害だった。笑い声は大きいが、誰も座りたがらない場所にいつも座っているため、あまりうるさくもないとされた。

 なかば、野生動物扱いだ。野生動物なら、人語でいってもしかたない。

 ホーキングはいつもご機嫌だった。怪我をしても「はは、いてえいてえ」と、笑う。かと思うと「そうだった、竜っては強いんだった」と、何か、むかしのことを思い出すようなことを言う。

 ずっと気を遣っていた。けれど、根拠はなかったが、そろそろ、言い方と考えていた。

「ホーキング」

「はいよぉ、ヨル少年」

「もう少年じゃないです」

「で、なんでい」

「どうして十年間も竜払いを辞めてたんですか」

 きけば笑顔が消えるんじゃないか、覚悟はしていた。でも、彼は笑ったままだった。なにがあっても壊せそうにないくらいの笑みだ。

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