第一章 竜払い(4)
村の人に驢馬と馬車を預け、出発した。
荷台で眠っていたリスと呼んだ少女は、そのままそこへ眠らせておくべし、とホーキングはいった。ほんとうにそれで良いのかな、と思いながら覗き込んで目にした女の子は、やすらかな寝顔をしていた。硬そうな荷台の上でよくも、安眠を維持できている。女の子は馬小屋に、驢馬と共に収納されていった。
出発はすぐだった。夜明けがまだ終わらないうちに竜のもとへ向かった。村から一時間は歩く。案内はじぶんがやった。「案内は頼むぜ」と、ホーキングがいった。きっと、彼ひとりだけでも辿りつけた。気遣って、その仕事を振ったのかもしれない。
ホーキングは身体に布に包まれた長い道具を担いでいた。緩い斜面を登りながら振り返ると、少し濃くなった朝の光りを背中に背負い、のっしのっしと歩くホーキングがいた。太ってこそいないが、ホーキングの身体も大きく、足も大きいので、連れ立って全身すると、姿勢の正しい熊と歩いているような気分になった。
せんせいは、身体の線が細い方だった。そのぶん、動きは素早く、いつも練習で乱取りをしてもらったときは、ひとかけらだってせんせいを捉えることができなかった。
竜が出没する場所へ戻る。村から遠ざかり、朝陽が枯れた草原と、岩だらけの地面へ降り注ぐ中を進んだ。目印になる岩を確認しつつ、竜の下へ戻る。まだ、あれからまる一日経っていない。
気が張り詰めていた。寝ていなかったが、意識は濃いいままだった。休みたいと一切感じない。
彼はしゃべらなかった。こっちもしゃべらなかった。何度か振り返ってみたときには、持っていた布に巻かれた長い何かを、天秤のように両肩に真横に乗せていた。だんだん、空に明るみが出て、顏ぜんたいも明らかになっていた。髪に白と黒が混ざり、銀色にみえた。歳はいくつなんだろうか、おそらく、せんせいよりは上だった。
来る男は十年ぶりに竜を払うらしい。昨夜、村の人たちが話していた人物が、このホーキング、彼のことなのか。
少なくとも、見た目では、十年以上、何とも戦っていなかった男にはみえない。明るみになってゆく肌はやけていて、顏や腕にも大小細かい傷がある。たったひとりでも、いっぺんに成人男性三十人とケンカでも出来そうな雰囲気がある。しかも、勝ちそうだった。
もしかして刑務所にでも入っていたのか。あんちょく勝手に想像していた。そして、もし、それが合っていたらどうしよう、考えると、うかつに聞けない。
「俺はよお」
後ろから声をかけられた。あの低く、強い声であった。
「竜と遣り合うのは十年ぶりよ」
彼は、正直にそれを告げた。合っていた、この人が話の人だった。知っていた。だから微妙にも「はい」と、返事をしていた。
「竜を見るのも十年ぶりよ」
「………はい」
「だから、まるで新人の気持ちさ」
だいじょうぶなんだろうか。頭のなかでつぶやいたが、それでも不安は、不思議と強くなかった。
感じたそれを確認するために、振り返ってホーキングの様子を見た。緊張がわかった、でも、相変わらず少年みたいな目もしていた。
どうして十年ぶりに。やはり、どうしても、そこが気になる。けど、聞いて、刑務所に入っていたとかだったら。反応の仕方がみえない。
「ヨル、頼みがある」
名前つきで言われ、今度は立ち止まって振り返った。
透き通った海みたいな片目があった。
「竜んとこに着いたら、そのときは、しばらく俺だけでやらせてくれ」
「………勘とか、取り戻すためですか」
「ああ」ホーキングは瞼を閉じて、うつむいた。「そうだな、そのあたりの話しって感じだよ」
肯定した。
それで、すぐに考えた。勘を取り戻すための頼みじゃないのかもしてない。彼は、じぶんを竜との戦いに参加させたくないのかも。
戦いに参加するなとは命令せず、そういう言い方で遠ざけたのかも。
「わかりました」
一緒に連れてって欲しい。彼はこちらの頼みを聞いてくれた。そんな彼の頼みを聞けないはずもない。
「けど、でもな。いざという時は、ヨル。俺はお前を呼ぶぜ」
「はい」
きっと無力を見切っての慰めだ。返事をするしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます