Night Sky Cemetery Party
絵空こそら
Night Sky Cemetery Party
青い口紅をひく。目の周りにぐるぐると墨を塗り、頭の両脇、高い位置で髪を括る。
もう一度鏡を見てみる。蒼白い、悲しそうな顔をした不気味な女がこちらを見返す。
暗い紫のコウモリ柄の着物に、褪せたピンク地に赤い彼岸花の半襟、帯は艶のある黒で、お太鼓に野ざらしの髑髏が描いてある。帯揚げはレースをヴェールみたいに、お太鼓の上にふわりとかかる様に巻いた。銀の帯締め、帯留めは悲しそうな顔をしたジャック・オ・ランタン。仕上げに穴あきの黒のポンチョを着て、昔河原で拾った、兜を被ったままの頭蓋骨を手にもつ。
思わず溜息が零れる。やっぱりお洒落するのは楽しい。今日のわたしは最高にかわいい。自分で自分の姿にうっとりしてしまう。毎日がハロウィンならいいのに。
「コウー、準備終わった?」
カーテンの間から姉が登場した。黄色地に色とりどりの蜘蛛の巣柄、半襟はポップな縦縞、帯は明るい紫で、お太鼓にははみ出そうに大きな蜘蛛が描いてある。帯揚げは水色、黒い帯締めにはジャック・オ・ランタンが鈴蘭のように連なっていて、中心には毛を逆立てた黒猫の帯留め。
ちょっと、げんなりする。姉とは趣味が違う。否定するつもりはないけど、わたしだったらもうちょっと怖く、グロテスクにコーディネートできるのに。でも、ルパン三世の五右衛門が被っているような傘だけは気に入った。傘の上には彼岸花が一輪、矢に刺し貫かれている。いちいち抑えるのが面倒だから、矢を頭に刺して固定しているらしい。おかげで姉の顔半分は血に塗れて、着物にも赤い染みを作っている。11月1日になったとき、矢を抜くのを忘れてしまうと姉が死んでしまうので、そこはわたしが気をつけなければならない。うっかり者の姉が忘れていても大丈夫なように。
わたしは頷いて、鏡の前から離れた。玄関でギザギザの歯が描かれた草履を履く。姉はブーツ。戸締りをして、玄関を出ると巨大な胡瓜が待っている。毎年、パーティーにはこれに乗っていく。なぜって、西洋の妖怪たちにウケがいいから。帰りは茄子に乗って帰ってくる。
「出発、しんこー!」
卒塔婆を振り上げて姉が叫ぶ。胡瓜に横向きに座ると、ふわりと宙に浮きあがる。胡瓜は猛スピードで夜空を切り裂き、満月に向かって進んでいく。
わたし、藤森虹子と姉の金木犀は、小学校の頃から毎年ハロウィンの日だけ不死身になれる。魔物になれるキャンディを、街の外れに住んでいた魔女からもらったのだった。ジャック・オ・ランタンの形をしたそれを食べれば、いつでもどこでも魔物になれるという優れもの。でも私たちは、ハロウィンの日にしか食べない。だってその日が一年で一番楽しい日だから。限りのあるキャンディ、限りのある人生、あと何回行けるかわからないけど、一回でも多く魔物たちのハロウィンパーティーに行きたい。
魔女は、魔女屋敷と噂される洋館に住んでいた。蔦が絡まって、錆びれたその館にうっとりして近づいたのは、わたしくらいのものだった。学芸会のフランケンシュタイン役の格好のまま、打ち上げを抜け出してその館を眺めていたら、魔女が扉から出てきて、わたしを家に招き入れた。わたしを本当の魔物だと思ったらしい。家の中は灯りがなく、埃っぽくて、あちこちに蜘蛛の巣が張っていた。魔女はわたしに青色のスープを手渡すと、その年のハロウィンパーティーについて話し出した。魔女の爛れたように垂れさがった皮膚、皺くちゃの手、曲がった腰、どこにあるのか判然としない目や異様に大きな鼻や顎を眺めながら、わたしはやはりうっとりした気持ちでその話を聞いていた。
10月31日の夜空に、そのパーティー会場はある。モンスターたちが暴れて歌ってどんちゃん騒ぎ。陽気にダンスを踊り、その途中で腐った腕や足が落ちても笑って踊り続ける素敵な夜。
わたしも行ってみたいと言うと、魔女は一発でわたしが普通の人間であることを見抜いた。魔物でそのパーティーを知らないのはありえないらしい。「秘密を知ってしまったからには殺す」とか何とか言われると思ったけど、わたしにとってはそれすらもうっとりすることだった。
魔女はしわがれた声で笑って、埃にまみれた瓶をひとつくれた。これを食べると魔物になれるのだと言って。わたしは勧められて青いスープを一舐めし、一週間生死の境を彷徨った。発見した学校の先生によると、わたしは何もない洋館の中で倒れていたらしい。スープには猛毒が入っていたとのこと。さすが魔女。そんなところにも、痺れてしまう。
ようやく退院して家に帰ると、机の上にあの瓶が置かれていた。開けると、小さなジャック・オ・ランタンがいくつも入っていた。31日の夜空のパーティー。絶対に行きたい。古物商を営んでいた両親が買い出しに行っている間、絶対に外には出るなと言われていたけど、その日ばかりは約束を破った。
お洒落をしなきゃいけないと思い、お気に入りの、おどろおどろしい柄の入った振袖を着つけていると、姉が部屋に入ってきて、さり気なくジャック・オ・ランタンを摘まんで食べた。私は激怒した。問答無用で姉を殴った。姉はひっくり返ったがすぐ起き上がって、全然痛くないと言った。試しにわたしも殴ってもらうと、ほんとうに全然痛くなかった。キッチンからナイフを取ってきて、手の甲に切り込みを入れてみた。傷はすぐに塞がって、赤い血だけが残された。わたしはちょっとがっかりした。傷はあったままの方が、味があるのに。
面白そうだから私も行く、という姉と連れ立って外に出た。夜空に浮かぶ満月を見ながらわたしは思案した。どうやって会場に行くのか、それが問題だった。すると黒い馬が上空から降ってきて、地面に蹄を着けると、私たちに頭を低くして差し出した。わたしたちはまだ小さかったので、そこから背中に登っていけという気遣いだと思ったけど、頭に手をかけた瞬間、身体が宙に浮いて、気づくと馬の背に乗っていた。同様に姉も馬の背に飛ばされる。最後に馬が首を振り上げると、その首は取れて、遥か上空まで吹っ飛んでいった。わたしたちは首のない馬に乗って、夜空を駆けた。目指すは、満月。月光が眩しく、一度瞬きをしたその一瞬に、わたしたちは会場に到着していた。
そこは墓地で、とても冷え冷えとしていた。ひどい匂いのする料理がぐちゃぐちゃのテーブルに並び、半分体が腐敗した音楽隊が、隅の方で不協和音を奏でている。
「その服、どうなってるの?」
と女の人の声がして、わたしの振袖を摘まむ青い手があり、振り返ると数分石になった。ようやく石から元の姿に戻ると、女性は頭から生えた無数の蛇を揺らしけらけらと笑った。大きな牙が生えている。
「いいわねえ」
下半身が鳥になっている女の人が歌うように言って微笑む。
「そのコーディネイト素敵」
巨大な牛とずぶ濡れの女の人がうんうんと同意した。
ああ。みんななんておどろおどろしいのだろう!わたしは胸を押さえてまたうっとりした。
「どうしたの?心臓が落ちちゃった?」
「いいえ、みなさんがおぞましすぎて、感動してたんです」
「きゃあ、嬉しい」
周りにいた魔物たちが手を取り合って揺れる。うふふと、わたしも笑った。
「素敵な出会いに乾杯!」
グラスを合わせて、ぼこぼこと気泡のたつ緑色の液体を飲み干す。あのキャンディのおかげで、舌が爛れてもへっちゃらだ。
遠くを見やると、姉は黒ひげ危機一髪に参加していた。大きな樽の中には黒ひげの骸骨が入っている。姉が剣を突き刺すと、骸骨は遥か上空にとんで行って木っ端みじんになった。姉は袖を振り乱して歓声をあげ、周りの魔物たちも楽しそうに騒いでいる。
それはあまりにも素敵な夜だった。誰かが絶えずダンスを踊っていて、歌を歌ったり、誰かの手が取れたり、銃声が鳴ったり、斧がとんできたり、墓穴から誰かが出てきてはまた踊ったりした。一生ここにいたいと思ったけど、モンスターたちにもそれぞれ生活がある。また来年集まることを約束して、パーティーはお開きとなった。
それから毎年、ハロウィンパーティーに参加している。友達もたくさんできて、いつも実家から着物や小物をくすねてきては、お土産にしている。わたしの将来の夢は、魔物専用の呉服店を営むこと。そのために、わたしも魔物になりたいんだけど、今はその方法を模索中。未来のことは置いといて、今年のハロウィンも心ゆくまで楽しみたい。
満月が近づいてきた。今日はどんなパーティーになるだろう。
Night Sky Cemetery Party 絵空こそら @hiidurutokorono
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