■16 突然の通知

まだ空腹感が来ないお腹を摩りながら、晩御飯について愛花に尋ねてみる。


「さっき仕込み終わったアスパラガスの肉巻き以外にオカズは何かある?」

「そうですね。お肉だけじゃ栄養が偏りますので葉物野菜の漬物やサラダなどを添える予定です」


なるほど、仕込みは必要なさそうな料理である。


「いつも思うけど、愛花はしっかりと食べたいものを作ってくれて、更に栄養面でも気にしてくれるから非常に助かっているよ」

「そんなの当然です! 子供の頃、おじいちゃんの家で10日ぐらい熱を出して寝込んだのを忘れましたか? 本当に心配したんですからね! 私の手が届く内は体調不良なんかにはさせません!」

「確かに、東京に戻って愛花のご飯を食べるようになってからは体調不良になった覚えがないや」

「ふふ、これからもしっかり栄養管理させて頂きますね!」

「よろしく頼む」




愛花と昔話をしているとポケットに入っているスマホが震える。

俺はズボンのポケットからスマホを取り出すと、NINEアプリに通知マークが表示されていた。

おおよそ樹あたりが宿題の事で現実逃避の連絡をしてきているんだろうと思い、アプリを起動する。




すると、通知元は芳樹おじさんだった。

俺は完全に予想外の通知だった為、両手でスマホを操作してメッセージを確認する。

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『和樹君、元気にしているかい? 今日だけど、もうちょっとしたら家に帰れそうなんだ。私の分の晩御飯を用意しておいてくれるかい?』


『仕事の方は落ち着いたんですね! わかりました。愛花にも伝えておいておきます!』

『ありがとう。ただ、仕事の方は明日の朝一にまた出ないといけないから、あまり長居はできないけどね』

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どうやらすぐにまた出かけないといけないようだ。

少し落胆したものの、それはともかく愛花に芳樹おじさんが帰ってくることを伝える。


「愛花! 芳樹おじさん今日帰ってくるから晩御飯用意しておいてだってさ!」

「本当ですか! それなら芳樹おじさんが喜ぶ料理を用意しておかないと」


愛花と俺はテンションが一気に爆上がりする。




それもそのはず、芳樹おじさんの仕事は海外や地方など頻繁に移動が必要なもので、一か所に留まるような仕事ではなく家に帰ってくるなんて月に1,2回程度と非常に少ない。

更に俺たちがこうして生活できるのも芳樹おじさんがいるから成り立っているのだ。


「う~ん、何を作りましょうか……」


愛花はすぐさま冷蔵庫を開けて何か他に作れそうなものがないかを吟味する。


「ちょっと手間ですが、芳樹おじさんの好きな親子丼でも作りましょう!」

「おぉ!! アスパラベーコンですらもう満足なのに、親子丼も追加ですか!」


素直に嬉しすぎる。芳樹おじさんありがとう。

愛花の丼モノは非常に美味い、お肉や卵にかけるタレを専用で作るのだが、そのタレがマジで一級品ほどの美味さを誇る。




もう晩御飯が待ち遠しすぎてたまらない。

しばらくすると玄関の方から扉を開ける音がリビングに聞こえてくる。

俺と愛花はすぐさま玄関へと向かった。

玄関に到着すると、芳樹おじさんがそこにいた。


「ただいま、2人とも」


爽やかに整えられたショートヘアに眼鏡をつけた芳樹おじさんがほとけのような笑顔を俺たちに向けてくる。




「「おかえりなさい!」」


俺と愛花はお帰りの挨拶を同時に芳樹おじさんに伝える。


「急にすまないね。少しだけ時間ができたから寄らせてもらったよ」

「全然、むしろ忙しいのに会いに来てくれて嬉しいです!」

「今日は芳樹おじさんの大好きな親子丼を作る予定なので楽しみにしていてくださいね!」


俺たちは思い思いの事を芳樹おじさんに伝える。


「ありがとう。それに今日は親子丼か! 愛花ちゃんの親子丼は美味しいからおじさん楽しみだよ」


愛花に微笑む芳樹おじさん。


「まかせてください! 腕によりをかけて作らせて頂きますね」

「ははっ! それは今から楽しみです。それでは少し着替えてきますね」


芳樹おじさんは俺たちにそう伝えると靴を脱いだ後、靴を揃え階段を上がっていく。




返事を返した俺たちはリビングに戻り、椅子に座って待機する。

まだ、晩御飯の時間には早いので芳樹おじさんとリビングでお話をする予定だ。


「愛花、俺から話をするから。愛花はその後だぞ?」

「そんな兄さん! ずるいです! 私も先にお話ししたいです!」


芳樹おじさんが帰ってきた時は、いつも決まって芳樹おじさんがいなかった時に生活でどんな事をしていたのか、困りごとや悩み事がないかを聞いてくれるのが恒例行事のようになっている。


「それに、ほら高校で部活動を作る話も相談したいし、愛花の話はその後にでも……」

「……たしかに、それは私も気になっていましたから……わかりました」

「今回作ろうとしている部活も芳樹おじさんから影響を受けたことでもあるしな」

「あ……お悩み相談ってそういう理由だったんですね!」

「あぁ」


実は俺が学校でお悩み相談の部活を作ろうと考えたのは、俺が芳樹おじさんから実際に悩みごとを相談して解決してもらった経験があったからだ。

そんな事を考えていると階段から芳樹おじさんが下りてくる音が聞こえてくる。


「待たせたね」


リビングに到着した芳樹おじさんはそう言いながら俺達と対面の椅子に腰を落とす。


「2週間ぶりぐらいかな? 元気そうでなによりだよ」

「おじさんもお仕事お疲れ様です。明日の朝からまた出かけるってのが少し寂しいですけど」

「いつもすまないね。……たしか、愛花ちゃんも高校に入学したんだよね。高校はどうだい?」


芳樹おじさんは話を引き出す為に、愛花に質問をしていく。


「はい! 友達も仲良くしてくれて、とても楽しくやっていけそうです。何より、兄さんもいるので寂しくありません!」

「ははっ! 和樹君が高校に進学した時の寂しそうな愛花ちゃんの顔を今でも思い出すな」

「そんな顔してましたか…っ! なんか恥ずかしいです」


愛花は両手を頬に添えながら照れていた。仕草が可愛い。

芳樹おじさんは俺たちの近況を確認しつつ、更に質問を続けていく。




「では、最近何か困ったことや悩みごとはあるかい?」


俺はキタ! と思いながら部活動の事は話始める。


「悩み事……ってほどでもないんですが、愛花が入学してきたので一緒に部活動をできれば楽しめるのかなと思って今高校で新しい部活を作ろうとしているんです」

「おぉ、それは面白い試みだね。で、どんな部活なんだい?」

「部活内容はちょっと特殊なんですが……学校内の生徒からお悩みを募って解決していこう! って感じの部活です」


俺は芳樹おじさんが今まさに俺たちにやっているような事をする、というのは言わないでおいた。なんか恥ずかしい。




「ははっ! 面白そうな部活じゃないか、愛花ちゃんも参加するのかい?」

「はい、兄さんと一緒に行動できる部活ってだけでとても楽しそうです」


愛花は芳樹おじさんに笑顔で答える。


「そうかそうか、……で、実際に部活動は作れそうなのかい?」

「それが……部活申請までは出来たんですが、生徒会から承認をもらう必要があるっぽくて、明日実際に生徒会に確認してこようとしている状態です」

「なるほどね。……実際に生徒会の人と話をする時に相手から必ず必要条件を提示されると思う。……でも和樹君なら絶対できる。大丈夫さ。和樹君の思うように行動するといいよ」


芳樹おじさんはいつも勇気をもらえる言葉を言ってくれる。今もそうだ。




「……はい! 精一杯行動して部活動を作ってみせます」


俺も自然と笑みがこぼれ、拳に力が入る。

それから愛花の友達の話や俺の友達の話、ここ2週間分の出来事を芳樹おじさんと共有し続けた。


「それで、その時――」


ぎゅるるるぅぅぅっ―――

話している最中に俺の腹の虫が盛大に鳴り響いた。

話始めてから時間がある程度経過したのか、お腹の虫が鳴るまで夢中で話続けていたようだ。




「ははっ! どうやら和樹君のお腹は晩御飯をご所望のようだね」


芳樹おじさんは仏のような笑顔で微笑む。


「あはは……」


俺は照れながら乾いた笑いを漏らす。


「それじゃ晩御飯の用意をしましょう!」


両手をパンとたたき、席から立ち上がった愛花は俺たちにそう伝えると台所まで移動する。


「それじゃ今日は私がお手伝いをしようかな」


すると芳樹おじさんも立ち上がり、台所へと移動する。

いつもは俺が手伝っているが、芳樹おじさんが帰ってきた時は芳樹おじさんが手伝う事が多い。

芳樹おじさんはコミュニケーションをとても大切にしており、少ない時間ながらも積極的に関わろうとしてくれるのが伝わってくる。

なので、俺はそんな台所にいる二人をテーブルから見守ることに専念するのだった。




芳樹おじさんが俺たちを引き取ってくれた理由を以前に芳樹おじさんから聞いた事がある。




まだ芳樹おじさんが中学生だった時、芳樹おじさんは中学を中退し、親から勘当かんどうを受けて家から追い出されたことがあるらしい。

だが、芳樹おじさんのお兄さん。つまり、俺の父さんはそんな芳樹おじさんの勘当された後も親身に寄り添い、相談事を聞いてくれたり様々なサポートをしてくれたようだ。

両親が事故で無くなった時、芳樹おじさんは海外にいてすぐに駆け付ける事が出来なかったがおじいさんの田舎に引き取られたと聞いて一度は安心したと言っていた。

だが、すぐさまおじいさんが病気でなくなり、親族から俺たちが疫病神扱いされる中、兄である父さんへの恩返しとして親族たちを叱咤しったし、俺たちを引き取りみんなから守ってくれたんだ。


『子供に罪はないだろう!』


俺たちをかばって親族たちにそう叱咤していた芳樹おじさんの温もりが凍っていた俺たちの心を溶かしていったのを今でも記憶に残っている。





そんな事を考えていると、晩御飯の用意が出来たようでアスパラガスの肉巻きや親子丼など、豪華すぎる品揃えで俺たちは目を輝かせながら一気に食べ終わった。


「いやぁ、愛花ちゃんの作る料理はやっぱり美味しいね。いつも帰ってくる時の密かな楽しみになっているよ」


腹を抱えながら芳樹おじさんは愛花に料理の感想を伝える。


「ありがとうございます! これからも精進していきますね」


両手を胸の前でグッと握りながら気合を入れる愛花。頼もしすぎる。




「でも、ちょっと食べ過ぎたかも、ちょっと休憩しないと」


俺は腹を摩りながら言うと2人も同意のようで、しばらくの無心の状態が続いた。

程なくして、お腹も落ち着いてきたのでお風呂の話になる。


「それでは、そろそろお風呂を入れたいと思います。一番風呂は芳樹おじさんが入ってくださいね」

「ありがとう。それじゃ頂こうかな。……和樹君、どうせだし一緒に入らないかい?」

「いいですね! 入ります!」


俺は二つ返事で承諾した。

愛花は羨ましそうに見つめてくるが、愛花は年齢的に一緒に入ってはいけないだろうから気づかない振りをする。




愛花と俺は食器の片付けを済ませ、愛花はお風呂の用意をしに脱衣所の方へと向かう。

お風呂の用意ができるまで、リビングのテーブルで晩御飯で中断していた話を再開する。

程なくすると、お風呂の用意が出来たと愛花に教えてもらい俺と芳樹おじさんはお風呂に入る準備をした。


「和樹君もずいぶん成長したもんだね」


脱衣所で衣服を脱いでいると、芳樹おじさんは俺に向かってしみじみとつぶやく。


「そうでしょうか? 自分じゃわかりませんけどね」


俺は両手を広げて自身の体を見る。




衣服を脱いだ俺たちは風呂場へと移動する。


「背中を洗ってあげようじゃないか」


芳樹おじさんは俺の背中を洗おうと提案してくる。


「え、いいですよ。自分で洗えますから」

「遠慮せずにささっ、座って座って」


俺は言われるがまま風呂椅子に座り込む。


「背中は一人じゃ洗いづらいからね。しっかり洗っておかないと」


ゴシゴシと力強く洗い始める。丁度いい力加減で心地よい。




「さて、こんなものかな」

「ありがとうございます。後は自分で洗いますよ」


芳樹おじさんにそう伝えると、前側をサラッと洗い終わらせる。

シャワーで洗い流し終えると、今度は俺が芳樹さんの背中を流そうと提案しようとした瞬間。


「兄さん、芳樹おじさん! 私も一緒に入ります!」


……脱衣所から愛花の声が響き渡った。


――――――――――――――――

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