■10 花見と弁当
朝、けたたましい音で目が覚める。
俺の意識は急激に覚醒し、布団を蹴り飛ばした。
ベットから少し離れた机の上に置いていた目覚まし時計の音を止めた俺は、冷たい空気を思いっきり吸い込み両手を上にあげて背伸びをする。
「ん~っ! ……さて、と」
寝るか。
……と思考が一瞬向かいかけたので俺はグッと我慢してベットを整える。
外を見ると天気も程よく、週末という事なので布団一式を外にでも干しておくことにした。
何はともあれ、今日は絶好の花火日和である。
俺は部屋から出てリビングに移動すると、既に愛花は起きており台所でいそいそと食事の用意をしていた。
「愛花、おはよう。今日も早いな」
愛花は基本的に朝は早起き、5時ぐらいには起きているらしい。
時計の方を見ると短い針が7時を回ったところだった。
「おはようございます兄さん、今花見用のお弁当を作っているので、一旦中断してすぐに朝食の用意をするのでちょっと待っててくださいね」
愛花は冷蔵庫から取り出したものを温めてテーブルの上に置いていく。
俺はボーっと愛花のテキパキとした動きに
「あはは……やっぱり人数も多いので花見のお弁当作りに気合が入ってしまいました」
少し照れながら話す愛花。
「そうだったのか、それなら俺も早く朝飯を食べて愛花の手伝いでもしようかな」
テーブルに座りながら愛花にそう伝えた俺は、用意された朝食に箸を伸ばしていく。
朝食も当然ながら美味であり、食べるのに10分も掛からなかった。
「ご馳走様でした」
両手を合わせてご馳走様をした俺は、自身が食べた食器一式を持って台所へ持って行き、軽く洗ってから水切りカゴに置いていく。
「食器片づけ終わったし、弁当作りでも手伝うよ」
「ありがとうございます兄さん、それじゃ――」
それから俺は愛花の弁当作りのサポートに回ることにした。
すると、弁当を盛り付けていた愛花がふと俺の方を見てくる。
「そういえば兄さん、週明けから学校にお弁当を持っていくのはどうでしょうか?」
「え、それはめちゃくちゃありがたいけど、毎日大変じゃないのか?」
中学までは給食があるので弁当は必要ないが高校はそうはいかず、適当に学食で済ましていた。
俺だけの為に弁当を作ってもらうのも気が引けたので話題に出すことはしなかったのだ。
「全然問題ないですよ。私と兄さんのお弁当を一緒に作れば手間もそんなにかかりませんからね」
「それなら……お願いしようかな」
週明けからお昼も愛花の料理が食べられる。
想像するだけでニヤニヤが止まらない。
愛花は少し考え込みながら尋ねてくる。
「……お弁当って学食で食べても大丈夫なんでしょうか?」
「問題ないだろう。せっかくだし学食で一緒に食べようぜ」
兄妹でおそろいのお弁当を食べるってのも全然ありだろう。
「わかりました! それじゃ週明けからのお弁当は任せてくださいね!」
片手で小さくガッツポーズをする愛花。
程なくして花見用のお弁当作りも終わり、出かける時間までお互いの担当している家事を行う。
俺は風呂掃除からトイレ掃除など自室の片づけで、愛花は洗濯物とリビングのお掃除を担当する。
この家は亡くなった両親が残した形見的なものなので、兄妹同士でとても大切にしていこうと約束をしている。
なので、週末などには必ず家の掃除を一通り行う事が習慣になっているのだ。
家事をこなしていると、花見の時間に近づいてきたので大きめの鞄に早朝作った弁当を入れる。
「弁当だけでもある程度スペースを取っちゃうな」
「あはは……作りすぎてすいません」
「あぁいや、全然いいよ。えっと、あとは水筒や敷物、取り紙皿、割り箸、ウェットティッシュなども詰め込んでおくか」
「予想はしていましたが、大荷物になってしまいましたね」
「なんの、気合で持っていくさ」
準備が出来た頃には時刻が11時30分を過ぎていたので、俺たちは急いで桜並木がある場所へと向かった。
通学路と同じ道を進んでいくのだが、学校用の手さげ鞄とは違い大きな鞄を両手に背負って進むのでなかなかに骨が折れそうだ。
「ふぅ……まだ桜並木が見えないな」
首から水筒をぶら下げた愛花は心配そうに顔を覗かせてくる。
「やっぱり、私も少し持った方がよかったでしょうか?」
「全然。これっきし、問題ないよ」
愛花に心配されてしまったので、俺は心配されない程度には気合を入れて持ち運ぶことにした。
桜並木の
「ぜぇ……ぜぇ……おはよう、待たせたな」
俺たちに気付いた二人も軽く挨拶をしてくる。
「おはよう和樹、……すごい荷物だな、よくここまで辿りついたものだ」
樹は俺の荷物を見るや否や、労いの言葉をくれる。
「本当ね。お疲れ様、疲れたでしょ? 場所は梓ちゃん達が取ってくれてるから早く行きましょ」
豊崎はそう言うと桜並木の途中にある少し開けた公園へ誘導してくれた。
どうやら梓ちゃん達も
公園に到着すると、俺らと同じように花見をしようとする家族だったり集団が結構いた。
その中で俺たちに気付いたのか手を振ってくる子に気付く。梓ちゃんとアリサちゃんだ。
俺も手を振りながら二人がいる場所へと向かう。
「ごめんね、場所取りさせちゃって。おかげでいい場所で花見ができそうだよ、ありがとう!」
俺は二人に感謝を伝える。
「……いえ! 大したことじゃありません」
「どういたしまして! それより早く始めましょう!」
「だね! ちょっと待ってて」
俺はアリサちゃんに
結構大きめの敷物なので、6人が十分に入れるほどのスペースは確保できそうだ。
「さて、それじゃ用意を始めようか!」
俺たちはそれぞれが用意した荷物を置いて広げ始める。
豊崎や梓ちゃんやアリサちゃんはそれぞれお弁当を持参してきていたが、樹はどっかのコンビニで買ってきた買い物袋を広げていた。
「樹、それここで食うのか?」
俺は気になったので確認してみる。
「まぁな! 私は料理ができないからな、仕方なく近くのコンビニで用意させて頂いた」
俺も料理が出来ない側の人間なので、その気持ちは非常によくわかる。
なので、樹には俺たちが作った弁当を分けてあげることにした。
「俺たちもお弁当作ってきたけど、愛花が作りすぎてしまってな、よかったら樹も食べてくれ」
「いいのか? ありがたく頂こうじゃないか!」
テンションが上がる樹を横目に豊崎たちの弁当も眺めていく。
それぞれいい感じの弁当を用意しており、どれも美味しそうだ。
以外にも豊崎の弁当もしっかりしていることに驚いていると豊崎も視線に気づいたようで突っかかってくる。
「……何よその視線は、私だって料理できるんだから」
「すまんすまん、普通に美味そうな弁当で驚いた」
まったくと言いながらブツブツ呟いている豊崎だったが、ひとまず放置しておこう。
続いて梓ちゃんの弁当が目に入る。
「梓ちゃんのお弁当も美味しそうだね」
「……あ、はい! ありがとうございます!」
「俺も愛花と朝からお弁当作っていたけど、これ一人で作ったの?」
「……はい、朝から頑張って作りました! ……あの、もしよかったら後で少し食べて頂けますか?」
梓ちゃんは照れながら確認をしてくる。
「え、いいの? 是非食べさせてよ」
「……はい!」
ニコっと笑う梓ちゃん。楽しみが1つ増えたことを喜びつつ、アリサちゃんのお弁当もチラ見する。
「アリサちゃんも自分でお弁当を作ったの?」
「私はお母様に作ってもらったの、私はあまり料理が上手じゃないからね」
アリサちゃんもどうやら俺ら側の人間だったようだ。
「そうなんだ! アリサちゃんのお母さんって料理が上手なんだね! すごく美味しそうだ」
親近感を感じつつ、アリサちゃんの用意したお弁当の感想を伝える。
「そうなの! お母さまの料理はすごく美味しいのよ! 機会があれば愛花のお兄さんも食べに来てくださいね」
アリサちゃんは母親の事を褒められるのが余程嬉しいのか、テンションが一気に上がる。
「おぅ! また機会があれば愛花とご馳走になりに行かせてもらうね」
一通りの物色し終えた俺は、改めて愛花が用意したお弁当を見る。
うむ、やっぱり愛花の弁当が一番だな。
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