第2回角川武蔵野文学賞に応募しようの話

広畝 K

2021年10月30日

 寂れた郊外のファミリーレストランの隅を、男たちが静かに占拠している。


 占拠していると言っても、武装テロ的なアレソレではない。


 注文を取りに来た店員に人数分の珈琲を頼み、人数分以上の甘味を頼み、しかし誰もそれらに手を付けることなく、机上のノートパソコンに視線を固定している。


 いずれの画面にも空白の原稿が眩しく映っており、それを目にしている彼らが何かしらの執筆者であることを、進捗が思わしくないことを、暗黙の内に主張していた。


 沈黙に包まれているその一帯に、一つの疑問が男たちの内よりぽつりと零れた。


「令和時代の武蔵野を創るって、どういう意味だ?」


 それに応える者は無い。

 男たちは先刻からそれに対して熟考しており、しかし答えの切っ掛けも掴めずにいたからである。


 とはいえ、熟考したからと言って早々容易く切っ掛けが掴めるのならば苦労はしない。

 ゆえに、誰の口から出たかも分からぬその疑問こそが長き熟考の末に転がり出た一つの切っ掛けであり、男たちは固く噤んでいた口をそろそろと開くと冷めた珈琲で湿らせ、己が疑問を交換し始めたのだ。


「全く新しい視点で武蔵野を描き出すと書いてあるな」


「そもそも、何のために武蔵野をテーマとした文学賞を置いたんだ」


「受賞欄を見れば分かるが、武蔵野樹林の宣伝は確実にあるだろう。大賞以外の三人には初刊から最新刊まで配るんだぞ? しかも雑誌のHPでコンセプトを見れば分かるが、角川武蔵野ミュージアムを徹底して推している。角川武蔵野ミュージアムを中心点として文化を発信し、そして文化を発信すると標榜する以上は文学的なお堅い作品だけではなく、昨今の娯楽中心媒体であるラノベを介してコミック化、アニメ化といった手順を踏まえた大多数の若者に対するアプローチを考慮しているのかも知れん」


「すまない。長いから三行で纏めてくれ」


「だからさ、そいつが言いたいのは文学賞の体裁を取ってはいるが、大衆に人気が出るような……そうだな、『鬼〇の刃』みたいな国民的作品を生み出したい思惑があるんだよ。武蔵野を主体とした作品でな」


「そうそう簡単に『鬼〇』のような作品が世に出てたまるか。しかも漫画だぞ、アレは。小説とは違う」


「今日から映画で配信される『SA〇』だって元はネット小説だぞ。何かの弾みにバズる可能性はどんな作品にだってある。面白い、というのが前提だがね」


「SA〇の主題は俺Tueeeとハーレムだろ? 令和の武蔵野を書くという主題には合わなくないか?」


「いや、矛盾はしない。令和の武蔵野を、それも角川武蔵野ミュージアムを舞台として大衆受けする流行モノを描けば良い。現代が舞台だから、SA〇みたいな風には書けないかも知れないが、『キ〇スイ』や『君〇名は』といった青春メインのストーリーは描ける」


「なるほどね、大体答えが見えてきたな」


「ああ、だが問題はある」


「問題?」


「文学賞の要項を見れば分かるが、そうした青春モノを描くには文字数規定が厳しすぎる。なんなんだ、『本文が800字以上4000字以下』ってのは」


「執筆初心者にも気軽に参加して欲しいということなんだろうな。だが、上限が短いのは厳しいぞ」


「そうだな……4000文字が上限では、下手すれば主人公とヒロインの邂逅で話が終わる」


「しかしカクヨム側もそのことは想定している筈だ。となれば、我々の出した答えはカクヨム側の求めているものとは違うということになるな」


「……考え過ぎた、ということか」


「ああ。賞金も用意してないしな。今回はそこまで力を入れているわけではなく、あくまでも様子見のつもりだったのかも知れん」


「応募作品欄を見たが、要項を無視して小説の宣伝に利用している奴らも多いな。様子見として賞を置いたという判断は正解だったのかもしれない」


「というか、カクヨム内の治安はどうなってるんだ? ここまで酷い応募欄は見たことが無いぞ」


「カクヨム運営としても想定外だろうよ。だから次回の東洋水産案件ではしっかりと公開停止処分を設けている」


「武蔵野側としてはもっと早く対応して欲しかったろうよ」


「違いない。で、どうする? そろそろ賞の締め切りが近いが」


「こういう時には800字以上4000字以内という条件は助かるな。気楽に応募欄盛り上げ用の作品が書ける」


「賞は狙わないのか?」


「読者選考があるんだ。カクヨム内での支持を一定以上受けていたり、名が売れていたりしなければ、どれだけ優れた作品を書いても読んでもらえず一次落ち。良くて星二桁が関の山さ」


「やれやれ、何処も彼処も社会の縮図だな。世知辛いったら」


「仕方が無い。人間が二人集まれば、それは既に集団であって社会になっているものだ。何処も彼処も社会であるなら、せめて居心地の良い社会に居座ってどうにかやりくりするしかない。だから俺たちは小説界隈にいるんだろ?」


「そうな。それはともかく金が欲しい」


「次回のコンテストは賞金が出る。今から次回に向けて作品を執筆しておくのも選択としては有りだぞ」


「そんな風に上手く気分を切り替えられるなら、社会不適合者なんてやらずに企業面接をパスして社会の歯車として回転できるんだよな」


「そりゃそうだ。文明と文化の発達してる現代に生まれて万歳だな。でなけりゃ俺らはとっくの昔に野垂れ死んでる」


「何言ってんの。今だって死ぬか死なないかの瀬戸際でひいこらしてるじゃないか。いつ不摂生で死んだっておかしくないぞ」


「いつ死んでも別に構わんが、最期まで小説は書いていきたいものだな」


「生活保護があるぞ。それにどこかの団体はベーシックインカムを導入しようとしている動きもある」


「どこからその予算が出ると思ってるんだ。じゃなくて、いきなり祭り事を持ち出すんじゃない。ただでさえ期日が近くて、みんな神経がぴりぴりしてるんだからな」


「そんな現実から逃避するために執筆しているのはあると思う」


「執筆は良いぞ」


「……あのお客様、そろそろ閉店の時間になりますので」

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