第27話 魔剣ダーインスレイヴ4

「レイラさんの石です!貴方の首に掛かったものと同じ物ですよ!レイラさんが、貴方の帰りを待っています!!」

低く唸りながらも、私の声に、ライアンがこちらを見ています。

「こんなところで終わるわけにはいかないでしょう?レイラのためにも、目を覚ましてください!!」

「グルルルルル……ッ!」

ジルと剣を交えながらも、ライアンの視線が私を捉えています。


「ライアン!!」

一際大きな声を上げて、私はライアンに向けて、ラピスラズリをかざしました。


「レ……ィ……ッ」

私の呼び声に、ライアンの動きが鈍り、獣のような唸り声ではない、人間らしい声が微かに聞こえた瞬間。

「ハァッ!」

ジルが、自らに向けられた長剣ロング・ソードをするりと外した後、鎧に包まれた体で、ライアンに思い切り体当たりしました。


「グゥッ……!!」

呻きながら、ライアンの体はジルによって、洞窟の壁に押し付けられ、拘束されました。

私は、それを確認すると、長剣ロング・ソードを鞘に収めた後、ライアンに向かって素早く駆け寄りました。

そして、彼の右手に握られたダーインスレイヴを奪い取りました。


「……っ」

すると、今まで魔剣から発していた、黒紫の炎がボウッ!と一際大きく燃え盛りました。


『ククククッ!馬鹿メ……!』


突如、洞窟内に、低い声が響き渡りました。


『マタ、自ラ呪イニ飛ビ込ンデキタワ……!』


その声は、今私の手の中にある、呪われた魔剣から放たれるものでした。

剣の柄を握る手に、ビリビリと凄まじい電流が走るような感覚が伝わってきます。


『ワガ呪イハ、オ前ニ移ッタ!!』


洞窟内の深い闇を切り裂くように、魔剣全体が、禍々しく燃え盛る炎に包まれました。


「……ぐっ!」

手から体全体に向かって、激しい電流が駆け巡りました。

「カキザキ!」

「勇者様っ!」

皆が呼ぶ声が、どこか遠くから聞こえるような気がします。


(意識を手放しては、いけない……!)


抗いがたい何かに侵食されていくような頭の中で、強く叫びました。

吐き気を催すほどの目眩がする視界の片隅で、地面に倒れたライアンを確認しました。その瞳は閉じられてはいますが、ただ気絶しているだけのようです。


『キヒヒヒッ!抗ワナイ方ガ、楽ダゾ?』

頭の中で、まさしく悪魔の囁きが響きます。


『サア、早ク楽ニナレ!我ガ呪イニ、取リ込マレロ!!』

「くっ……!」

魔剣の放つ、凄まじい闇の力に、意識を奪われそうになります。細い綱を渡るように、私の意識は、ギリギリの境界線をゆらゆらと彷徨っています。額から頬へ、冷たい汗が、何筋も滑り落ちました。


「ククッ。ナカナカ、シブトイ奴ダ!面白イ!ダガ、ソロソロ、終ワリダ!」

「……ッ!」

「コノ仲間パーティーノ中カラ、一人選ンデ殺セ!!」

「!?」

魔剣の信じがたい宣告が、耳の奥を揺らしました。


この中の、誰か一人を殺す……?


暴風が吹きすさぶような目眩の中で、皆を見回しました。予想通り、その場にいる誰もが、驚きと困惑の表情を浮かべています。


「サア、早ク選べ!早クシナイト、コノ場ニイル全員、皆殺シニスルゾ!!」

追い討ちをかけるように、魔剣が笑いながら、残酷な選択を迫ります。


誰か、1人……。

この中で、誰か、1人を……。

殺す。


薄れ行く意識の中、霞む視界で、細く開けた視線を向けました。


「……ちょっと、悠君!?何か、僕の方すごい見てない!?」

「……」


うっかり、オーディンを見ていました。

他意は、ないのですが。

しかし……。

誰か1人殺して、呪いが解けたところで、何の意味があるでしょうか?

殺した仲間は、二度と戻りません。

今この場で出会ったライアンさえ、傷つけることが出来なかったのに。

まだ極短い間とはいえ、助け合い、死闘を乗り越えました。

時間を共にした仲間達です。

その中の誰か1人を手にかけるのは……。私には、到底出来ないように思います……。


「オイ、何ヲ迷ッテイル!早ク決メロ!」

ダーインスレイヴが、答えの出ない答えを急かします。

手の痺れが、網の目のように全身に広がり、意識が薄れていく中で、仲間パーティーの皆を見つめました。


彼らを誰も選べないなら……。

残された選択は、1つしかありません。


「……もう一度、聞きますが、この『仲間パーティー』の中なら、誰でもいいのですね?」

手中で、呪われた炎を燃やす魔剣に聞きました。

「アア、誰デモ構ワナイ」

「……斬る人間を決めました」

薄れ行く意識の中で、私は心を決め、静かに告げました。


「ククククッ!皆殺シヨリハ、1人ヲ犠牲ニスルコトヲ選ンダカ!」

私は静かに頷きました。

「サア、ソイツヲ殺セ!ワガ刃ヲ突キ立テロ!」

魔剣の禍々しい炎に侵食されながら、私は改めて冒険仲間パーティー達に目を向けました。

皆、私が誰を選んだのか、緊張した面持ちで、私を見つめています。


「ラルク」

私の声に、ラルクの体が小さく波打ちました。

驚きを滲ませた顔も、次の瞬間には、覚悟を決めたような静かな表情に変わりました。

「……ふっ。俺、か……。俺も、レイラみたいに待ってる奴のために生きてきたけど……。分かった。お前が俺を選ぶなら……」

ゆるがない決意を込めた表情のラルクが、真っ直ぐ私を見つめ返します。

「ラルクさん……っ」

泣き出しそうな顔で、傍らにいるロイが彼を見つめました。

そんなにラルクに向け、私は言葉をかけました。


「ラルク。お願いがあります」

「……?これから死ぬ俺に、何を……?」

「ヴァルキュリアに伝言を頼みます。を立てるようにと」

「新しい勇者だと?……どういうことだ?」

不可解だという表情のラルクでしたが、その意味に気づいたアリアが、はっとして叫びました。


「いけません、勇者様……!」

気づいた彼女が止めに入る前に、私はダーインスレイヴの切っ先を自分に向けて勢いよく振りました。


この中で、唯一私が斬れるのは。

私自身だけでした。



お嬢様。

どうかお元気で……。



ザシュッ!!


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