第22話 トルスタン2

宿屋「アフラン」に着いたのは、ちょうど日が暮れかかっている頃でしたので、間もなく夕食となりました。

宿泊のお客様と食事のみのお客様が混在した広いレストランで、私達仲間パーティーも食べ始めました。


木製の長いテーブルに、豆やニンニク、オイル、胡麻などが乗せられたナンに似たフラッドブレッド。

トマトやパセリ、玉ねぎ、ミントなどが細かく刻まれたサラダ。

スパイスをミックスして焼かれ、ペーストを乗せた、串刺し肉など、香ばしい香りに包まれています。


「前も、この街に来たけど、やっぱり食事が旨いな!」

ラルクが、お酒を片手に、満足げに言いました。

「すっごく美味ひぃです!」

口いっぱいに頬張りながら、ロイも嬉しそうに言いました。華奢なのに、意外にもよく食べるところは、お嬢様と似ていますね。

一方ジルは、肉には手をつけず、サラダやフラッドブレッドばかり食べており、こちらも意外です。


「君、ダイエットは良くないよ?今日も、あんなに戦ったんだから、肉もガッツリ食べなきゃね」

オーディンが、ジルの肩に腕を乗せながら、串刺し肉をちらつかせると、ジルは不愉快そうに、その腕を払いのけました。

「ダイエットしてるわけじゃない。肉があまり好きじゃないだけだ」

「えぇ、そうなの?肉が好きじゃないなんて、もったいないなぁ。ほら、あの子くらい食べなきゃね」

そう言った視線の先には、やはりロイがいました。

「放っておけ」

ジルはそっぽを向くと、また静かにサラダやパンを食べました。


「悠君も、食べ盛りなんだから、食べて食べて」

オーディンは、今度は私の横に来て、絡み始めました。

「いえ、食べ盛りは、もう過ぎております。貴方、少し飲みすぎなのでは?」

彼は、自分用のボトルから、何杯も葡萄酒ワインをあおっていました。


「こうやって、お楽しみがあるから、戦えるんじゃない?戦ってばかりとか、つまんないでしょ」

まあ、それは間違ってはいませんね。

「悠君は、思った以上に、使える勇者だよ~。ほら、僕のお酒を飲んで~」

「なんだか、上から目線ですね。……ちょっと、注ぎすぎですよ」

私の手元のカップに並々と葡萄酒ワインが注がれました。


お酒は好きな方ですが、元の世界では、職務上、お嬢様に一日中付き従っていましたから、なかなかゆっくりお酒を飲む機会がありませんでした。

もちろん、飲み会など長らく行っておりません。

ビール、日本酒、葡萄酒ワインなら、私的には、葡萄酒ワインが一番口に合っていましたので、久しぶりに飲みました。

口当たりが良く、なかなかの美酒です。


「イケるね、悠君。さあ、もっと飲んで飲んで!」

「いえ、だから注ぎすぎですよ」


他愛ないやりとりをしていると、様々な楽器を持った楽団のような方々が、レストラン広間にやって来ました。そして、それに続くように、肩や腕を露わにし、顔や肩に透けたヴェールを纏った、踊り子と思われる女性達も入ってきます。


「お、演奏ショーが始まるみてーだ」

ラルクが、ビール瓶を直のみしながら、言いました。


広間に集まった楽団の方々は、少しの間楽器の調整などを行った後に、異国情緒溢れる音楽を奏で始めました。

そして、その調べに乗って、衣装を身に纏った踊り子の女性達が滑らかな美しい動きの躍りを披露します。


「旅の疲れが癒えるね~」

オーディンが酒を飲みながら、満足げに言いました。

職柄か、ジルと同じく細々と食べていたアリアも楽しそうに躍りを眺めています。


拍手喝采の中、演奏と躍りが終わり、奏者と踊り子の方々が広間を後にしようとした時、オーディンが、近くで踊っていた一人の茶色の長髪の踊り子の女性の手を不意に握りました。

「きゃっ」

驚いた女性が小さく声をあげましたが、オーディンは物ともせず、彼女を引き寄せると、甘い声で囁きました。


「君の艶やかな踊りに、すっかり魅了されてしまったよ……。甘い葡萄酒ワインの味さえ、分からなくなるくらいに……。今度は、僕のためだけに踊って……」

そこまでオーディンが言いかけ、手を握られた女性が、うっとりとした表情を浮かべた時。

その間に、私が割って入りました。


「はい、ダメです」

「えっ?ちょっと、悠君~。割り込み止めようよ」

「貴方、飲み過ぎですよ?明日は、ダーインスレイヴを入手……」

と、私の言葉が終わらないうちに、今度は、別の緋色の長髪の踊り子の女性が、割って入ってきました。


「ちょっと、待って!!」

緋色の髪の女性は、こちらに足早に近づいてくると、私達を真剣な目で見つめました。

すると、オーディンは、今握りしめていた茶髪の踊り子の女性の手を離し、素早く緋色の髪の踊り子の女性の手を握り直しました。


「嫉妬で、いてもたってもいられなくなったのだね?ふふ……安心して。本当は、君に一番惹かれていたのだけど、こうやって嫉妬を煽るために、あえて別の……」

「いえ、そういうのじゃなくて!!」

緋色の髪の女性が、バッサリと否定し、オーディンの手を振りほどくと、その後続けました。


「今、ダーインスレイヴって言ったわよね!?」

「はい、そうですが……貴女は一体?」

私が聞き返すと、彼女は、私の両肩を掴んで、懇願するように言いました。


「お願い……!兄さんを助けて!!」

「……?」

「兄さんが、あの魔剣を探して、山に入ったまま、ずっと戻って来ないの!!」

「……!」

仲間パーティー全員が、彼女の言葉に、驚きの表情を浮かべました。

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