第18話 蜥蜴王《バジリスク》討伐5

「くそ……っ!攻撃は効かねーし、毒で迂闊に近づけねーじゃ、どうすんだよ!?」

ラルクの悔しさの滲んだ声が、すぐ隣から聞こえてきました。


先程、地面に置いた魔法書に視線を移しました。

また発光し、何かの助けを示すかと思いましたが、何の音沙汰もありません。その必要がなしという判断なのか、あの女神ヴァルキュリアの気紛れか、あるいは、この試練を乗り越えろということなのか……。

いずれにしても、助けヘルプなしということに変わりはありません。


「また僕の美技が必要かな?」


……その前置きは、必要なのでしょうか?

すぐ後方で、またも艶やかな声が聞こえてきました。

そして、滑らかな詠唱と弦楽器ミュートの音色が空気を震わせました。


人魚の歌声セイレーン!」


すると、蜥蜴王バジリスクの周囲の土から水のヴェールのようなものが現れ、緩やかに渦を巻きながら、その灰色がかった茶色の体躯をぐるりと駆け巡ると、すっと大気に溶けていきました。


「ふふ。これは、幻惑、防御力・攻撃力ダウンのトリプ……」

「邪魔だ、どけ!」


オーディンが言い終わらないうちに、ジルが素早く動き、体が当たった反動で、オーディンの持つ弦楽器ミュートが「ポロン♪︎」と爪弾かれました。

ジルは、疾風のような速さで、蜥蜴王バジリスクに近づき、長剣ロング・ソードを振りかざしました。


風切りの刃ウィンド・ブレイド!」


叫びと共に、風を切りながら煌めく刃が、灰色がかった茶色の巨体を斬りつけました。


「ギィェェェェ…………ッ!!」


バジリスクが呻き声をあげましたが、その鋼鉄のような体には、浅い傷が走ったのみでした。


「……っ!」

そして、ジルのすぐ側の空間が焼けるように「ジュッジュッ!」と音を立てました。


対魔法防御壁マジック・バリア!」


何メートルか後方から、ロイの詠唱が響いてきました。それと同時に、仲間パーティー全員の目の前の空間に、青い光の壁が現れ、バシュッ!という音と共に消えました。

蜥蜴王バジリスクに一撃を加えたジルが、またこちらに素早く戻ってきました。


「ゴホッ……ゴホッ!」

彼は、アーマーに覆われた腕を口元に当てながら、咳き込みました。


「大丈夫ですか?」

私の問いかけに、ジルは咳が少し収まった後に答えました。


蜥蜴王ヤツに近づくほど、瘴気が濃い……。防御壁バリアを越えて、少し瘴気を吸い込んだようだ……」


彼の額には、うっすらと汗が流れ、顔色も悪く見えます。

オーディンの魔法のおかげか、攻撃の気配が弱まりましたが、猛毒のため接近できず、依然、守備力ガードが高く、攻撃もあまり効かない……。

こちらが圧倒的に不利な戦況です。


(何か、秘策はないか……)


蜥蜴王バジリスクが攻撃を緩めている間に、考えを巡らせました。


「アリア。前にバジリスクコイツと戦った時に、何か気付いたことはないのか!?例えば弱点とか!?」


ラルクが後方のアリアに投げ掛けました。

彼女は苦しげに呼吸を乱しながら、答えました。


「……ぼ、防御壁を張りながら、……その時の、冒険仲間パーティーが攻撃を……仕掛けた時に……頭頂部分を攻撃……される、のを……避けている、よう……にも見え……ました……」


頭頂部とは、あの鶏冠のような王冠のような突起部分ですね。

私は、この辺り一帯を見回しました。

蜥蜴王バジリスクの周囲は、猛毒の影響のためか、緑の草木が変色し、枯れています。その枯れた草木が砂漠の熱風に煽られ、揺れています。


「……」

この圧倒的不利な状況で、どうすれば勝てるのでしょうか。

昨夜、宿屋で開いた魔法書を記憶の中でたどりました。


「ハァ……ハァ……」

後方から、苦しげな呼吸が漏れてきます。

見ると、アリアが胸を押さえながら、今にも倒れそうな様子です。


「大丈夫ですか、アリアさん!」

ロイが、アリアに駆け寄り、その肩をそっと支えました。

アリアの乱れた金髪に隠れがちな、その顔は、ほぼ全面が浮き出た血管により、ひどく変色しています。いよいよ、全身に毒が回っているのでしょう。

もう猶予はありません。


「アリアとロイ。お願いがあります」

私は背中越しに、二人に呼び掛けました。


「勇者様!何でしょう!?」

ロイが聞き返しました。


「お二人の力で、私に、注げるだけ防御魔法と、攻撃力上昇の魔法をかけてください」

「えっ……?」

ロイが驚いて、小さな声をあげました。


「カキザキ!そんなことしたら、二人とも、もう俺達全員にかける魔力が無くなるぞ!」

ラルクが反論しました。

「そ、そうですが……でも、勇者様……何か秘策があってのことですよね!?」

アリアを支えながら、ロイが聞いてきました。

私は静かに頷きました。


「ハァ……ハァ……ハァッ……ロイ、さんっ。ゆ、勇者……様を……信じ、て……魔法を……っ」

「……わ、分かりました!」

ロイは頷くと、一度アリアから離れ、立ち上がり、私に向けて両手をかざしました。


「ハァッ、ハァッ……!」

アリアも苦しげに表情を歪めながら、ゆっくりと立ち上がり、両手を組みました。首もとには、神職の証である十字架クロスが鈍く光っています。

そして。


物理攻撃力上昇フィジカル・インクリース!」

対物理防御壁フィジカル・バリア!」

神々の盾ホーリー・シールド!」

対魔法防御壁マジック・バリア!」


黄色の光の壁のような物と、黄色の真っ直ぐな閃光が、力強く上に向かって走り、共に、バシュッ!と短い音を立てて、空間に消えました。

再び、体の内側から今まで以上の膨大な熱量が上昇していくのを感じ、エネルギーが、押し寄せる波のように迸りました。

連続して、雪のような光が大量に降り注ぎ、青の光の壁が現れ消えていきました。


各魔法が自分の体に行き届いたのを確かめた後、私は仲間パーティー達に告げました。


「それでは、私は戦線離脱エスケープいたします」




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