第19話 蜥蜴王《バジリスク》討伐6

「なっ……!?」

「えっ!?」

仲間パーティー全体が、驚きに表情が強ばりました。


「カキザキ……戦闘中に、何の冗談……」

「冗談ではありませんよ。言った言葉そのままです」

ラルクの問いかけを遮って、答えました。


「う、嘘、ですよね……勇者様……?」

震える声で、ロイが言いました。綺麗な碧眼が、今は驚きと悲しみに揺れています。

「嘘ではありませんよ。本当です」

私は、静かに言いました。


「……じゃあ、テメーが確実に逃げ切れるために、ありったけの魔法を使わせたってことか……?」

「はい、その通りです」

静かな怒りを込めたラルクに、事も無げに言い捨てました。


転生したうまれかわったからと言って、中身まで変われません。私は、勝ち目のない戦いはしない主義です。そちらの都合で勝手に転生させられ、命まで危険にさらしたくはありませんので」

「ゆ……者、様……っ」

私への魔法詠唱で、力を使いきったからか、アリアは地面に崩れ、両膝をつきました。

「アリアさん!」

ロイが、彼女に駆け寄り、その体を支えました。


「ゲッゲッゲッゲッ……!!」

蜥蜴王バジリスクが笑いのような声を上げました。人語は話せませんが、こちらの言葉は分かるようです。敵の仲間割れを嘲笑っているのでしょう。


「では、皆さん。御武運を」

私はさらりと口にすると、皆さんパーティーの前から立ち去りました。


「クソッ……!こんなことあんのかよ!?」

握りしめた拳を震わせながら、ラルクが苦々しく言いました。

「仲間を見捨てる勇者リーダーなんて、最低じゃねーか!!」


その時。


「ギィェェェェ…………ッ!!」

蜥蜴王バジリスクが雄叫びを上げながら、猛スピードで、長い蛇のような尾をラルク目掛けて、繰り出してきました。

おそらく、オーディンのかけた魔法の効力が、切れてきたのでしょう。


「……くっ!」

それを庇って、ジルが風の速さで移動し、長剣ロングソードで受け止めました。


「冷静になれ。初めからいなかったものと思え!」

長い尾を剣で制止ながら、ジルはラルクに言葉を投げ掛けました。

「……許せねぇっ。アリアがこんな状態なのに……っ!」

ジルの背中に守られながら、ラルクが絞り出すように言いました。


私は、皆さんが蜥蜴王バジリスクと対峙している間に、安全にその場を離れていきました。

勝ち目のない勝負など、意味のないものです。

お嬢様にも以前「柿崎って、何で、そんなに冷静なの?」と言われたことがありますが。

執事とは、様々なトラブル発生時に冷静な判断を求められる職種だからです。


「……勇者アイツ抜きでも、勝ってやる」

押し殺したような呟きを吐いた後、ラルクはジルの背後から、前へ飛び出しました。


「止めろ、ラルク……!!」

ジルの制止の声も聞かず、ラルクは単身、蜥蜴王バジリスクの巨体に向かって走り寄り、大きく跳躍しました。


猛虎裂きタイガー・クロー!」


叫びつつ、腕を振り上げ、長く鋭利な鉤爪クローで、蜥蜴王バジリスクの巨体を斬りつけました。

しかし、防御力を下げる魔法の効力も切れたのか、傷一つ付けられず、それどころか、パキッと、銀色の鉤爪クローが折れて、地面に落ちていきました。


「くっ……!」

ラルクの顔が歪みました。

そして、その直後、「ジュッジュッ!」と焼け焦げるような音と共に、ラルクの周囲に張り巡らされた守護壁が、蜥蜴王バジリスクの猛毒によって、破られようとしています。


「あっ……いけない!対魔法防御壁マジック・バリア!」

アリアから、手を放し、ロイが詠唱しました。

ラルクの目の前に青い光の壁が現れ、バシュッ!という音と共に消えました。


「アリアを助ける……!」

ラルクは、腰から短剣ダガーを抜くと、蜥蜴王バジリスクに向けて振りかざしました。

しかし、蜥蜴王バジリスクが大きな前足で、ラルクの体を捕らえました。


「ギャギャギャギャ……ッ!」

嘲笑うかのような声を上げながら、蜥蜴王バジリスクは、自らの足で掴んだラルクを爬虫類特有の目で射抜いています。


「くっ……!」

ラルクは右手に掴んでいた短剣ダガーを灰色がかった茶色の表皮に突き立てました。

しかし、鋼鉄のような皮はびくともせず、刃の尖端が欠けてしまいました。

そして、ラルクの周りの空間に、「ジュジュッ!」と焼け焦げるような音と共に、仄かな煙が立っています。

対魔法防御壁マジック・バリア……!」

ロイが再び詠唱しましたが、ラルクの前に淡い青の光が現れたものの、弱々しく、すぐに空気に溶けていきました。


「さ、さっき勇者様に……使った魔法で、もう……魔力が……っ」

ロイは泣き出しそうな表情で、小さく言いました。

「み……皆さん……逃げて、くだ……」

そこまで口にすると、アリアは力尽き、地面にそのまま倒れました。


「アリアさん!しっかりしてください!」

ロイが再びアリアに駆け寄り、その体を胸に抱きました。

「……全滅か」

ジルの握っていた剣先が、地面に落ちていきました。


ラルクの周りの空間に張られた防御壁は、徐々に溶かされ、蜥蜴王バジリスクの放つ猛毒が、じわじわとラルクに迫ります。

「……クソッ!」

彼の瞳に、苦しさと、裏切られた悔しさが滲んだ、その瞬間。

私は叫びました。



限定魔法リミテッド解除!」






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