第17話 蜥蜴王《バジリスク》討伐4

熱気をはらんだ砂風に吹かれながら、歩くこと10分程で、砂漠の中の一滴のオアシスにたどり着きました。


砂漠も初めてですし、その中にあるオアシスというものを見るのも初めてです。

中央に見える青い湖を囲むように、緑の葉を繁らせた木々が多く立ち並んでいます。この場所だけ見れば、まるでここが砂漠であることを忘れてしまいそうな風景です。豊かな緑のためか、砂漠の熱気が少しだけ和らいでいます。

私は、とりあえず肩にかけていたバッグを土の上に置きました。中から水を取り出し、一気に飲みました。

ただの水が、これ程美味しいと思ったのは初めてです。

「……」

それから、バッグにしまっていた、あの魔法書も出しました。

狼犬ウルフ・ドッグと戦った時や、宿屋で蜥蜴王バジリスクの話をした時のように、何かの変化は見られません。今は、その必要がないと、魔法書が判断しているのでしょう。


「はぁ、生き返る!」

ラルクが気持ち良さそうに、両腕を伸ばしました。

「ふぅ、暑かった~。砂で傷んだ僕の美麗銀髪キューティクルヘアーを休ませないと」

オーディンは、頭まで被っていたマントを肩まで下ろすと、自身の長い髪をかきあげました。


「わぁ~、水がありますね!ちょっと手足を冷やそうかな」

被っていたローブを脱ぐと、ロイが嬉しそうに、湖の水辺に近づき、手を浸しかけた、その時でした。


シュル、シュル、シュル…………ッ


「……何だ?」

ラルクやジルが、振り返ると同時に、アリアの詠唱が響き渡りました。


神々の盾ホーリー・シールド!」


白い雪のような光が、冒険仲間パーティー全員に降り注ぎました。


蜥蜴王バジリスクです!!空気を伝わり、猛毒を放っているので、気をつけてください!!」


アリアの声に、見ると、体長4、5メートルはある巨体、蜥蜴のような4本の脚を持ち、蛇のような長い尾をくねらせています。その体は、灰色がかった茶色の硬い皮膚。爬虫類特有の瞳、鶏冠にも似た頭頂の突起物、口からは、長く細い赤い舌を蠢かせています。


猛毒が空気をも伝わるとのことでしたが、そのためが、蜥蜴王バジリスクの周りの草木が、変色し枯れているのに気づきました。


対物理防御壁フィジカル・バリア!」

物理攻撃力上昇フィジカル・インクリース!」


ロイが、水に濡れた両手をかざしながら、連続で詠唱しました。

仲間パーティー全員に、淡い黄色の光の壁のような物と、黄色の真っ直ぐな閃光が、上に向かって走り、共に、バシュッ!と短い音を立てて、空間に消えました。

その直後、体の内側から熱量が上がっていくのを感じ、エネルギーが、押し寄せる波のように迸りました。


短剣ダガー十連発・五月雨!」


叫び声と共に、ラルクの両手から、何本もの短剣ダガーが、横殴りの雨のようなスピードで、蜥蜴王バジリスクの体に向かいましたが、どれも弾かれ、次々に地面に落ちました。


「……くそっ!鎧みたいな硬さだ!!」


弾かれた短剣ダガーを見ながら、ラルクが悔しげに唇を噛みました。これまで魔獣達を貫いてきた刃が全く通じないとは。

そんなことに驚く間もなく、蛇を思わせる長い尾が、ヒュッ!と風を切って、こちらに向かって攻撃を繰り出してきました。

すかさずジルが、長剣ロングソードで、それを受け止めました。


「くっ……!」

長い尾を食い止めるジルの顔が歪みます。

表皮の異様な硬さもさることながら、ロイの物理攻撃力上昇フィジカル・インクリースが全員に効いているはずですが、それを上回る攻撃力ということでしょう。


竜巻旋風ホワール・ウィンド!」


ロイが詠唱しながら右手で空を切ると、地面を削るように土を巻き上げながら、旋回する竜巻が現れ、蜥蜴王バジリスクに向かっていきました。


「ギィェェェェ…………ッ!!」


蜥蜴王バジリスクが突如唸り声を轟かせると、その巨体の前に、ロイの対物理防御壁フィジカル・バリアに似た光の壁が出現しました。

そして、ロイの放った旋風のような魔法は、その壁に弾かれて、バシュッ!という音と共に搔き消えました。


「ま……魔法も弾かれました」


ロイが気を落としたような声を漏らしました。

ちょうど、その時、目の前の空間が、「ジュジュッ!」とまるで焼け焦げるような音と、仄かな煙が立っています。


「……?」

不思議に思った瞬間、「いけない!」という小さな叫び声の後に、アリアの詠唱が響きました。


神々の盾ホーリー・シールド!」


またもや、仲間パーティー全体に、雪のような光が降り落ちていきました。


「ぐっ……!」

剣で受け止めていたジルが小さく漏らしながら、蜥蜴王バジリスクの尾から逃れました。


「なぜまた同じ詠唱を?」

後方にいるアリアに尋ねると、アリアが苦しげに少しだけ息を切らしながら、言いました。


蜥蜴王バジリスクの発する毒が強すぎて、すぐにバリアの効果が消えてしまうのです……。それで前回も苦戦し、途中やむ無く、戦闘離脱エスケープしました……」


なるほど、この猛毒のせいで、厳しい戦闘になるということですね。

私も、ここにたどり着くまで、何度も長剣ロング・ソードで魔獣を斬ってきましたが、ここまでの戦いからいって、私が剣を振るったところで、あの鎧のような体には歯が立たないでしょう。


アリアを見ると、暗い紫色の浮き出た血管の範囲がさらに広まり、顔の三分の二程に達しようとしていました。何度も祈りを捧げた手も、手首の辺りに、同じ変色が見られました。

蜥蜴王バジリスクの猛毒が全身に回り始めているようです。

一刻も早く解毒しないと、命が危ないでしょう……。

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