第16話 蜥蜴王《バジリスク》討伐3

わずかに考える一瞬、こちらに向かってジルが疾風のごとく跳躍してきました。


風切りの刃ウィンド・ブレイド!」

叫び声と共に、目の前で血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンの尾は、剣で横に真っ二つに切り落とされました。

砂飛沫を上げて、5、6mはある血色の尾が、音を立てて砂礫に落ちました。本体と切り離されているにも関わらず、その尾はもがくように、バタバタと動いています。


仲間パーティーは連携だ。この蠍コイツは、私が請け負う。お前は、目の前のてきを討て!」

「はい!」


ジルの言葉に、剣で受けている鋏の持ち主の蠍にだけ、意識を集中しました。

しかし、大蠍の力が強く、お互いに相殺したまま、動けません。


物理攻撃力上昇フィジカル・インクリース!」


その時、数メートル後方から、ロイの詠唱が響いてきました。すると、私の足元から、黄色の真っ直ぐな閃光が、上に向かって走り、バシュッ!と短い音を立てて、空間に消えました。

その直後、体の内側から熱量が上がっていくのを感じ、エネルギーが、押し寄せる波のように迸りました。


その熱量に突き動かされるように、私は剣で、巨大な血色の鋏を弾き返しました。

しかし、直後に、血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンの最大の武器である尾が、砂飛沫を巻き上げながら、私を目掛けて襲いかかってきました。

とっさに剣を切り返しましたが、間に合うのか……という焦りが過った時。


「そろそろ、僕の美技が必要かな?」

無駄に艶やかな声が、側で響き、


女神の誘惑アフロディーテ!」


オーディンの詠唱と弦楽器ミュートの音色が、大気を震わせました。

「……?」

すると、私のすぐ近くまで迫っていた血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンの尾がぴたりと止まりました。

そして、力を失ったように砂礫の上に落ちていきました。先程まで大暴れしていた魔獣とは思えないほどに、体の動きが鈍くなっています。


「敵を惑わす幻惑魔法だよ」

艶やかな微笑を浮かべながら、銀髪の吟遊詩人が囁くように言いました。

ただのチャラ男ではなかったようです。


短剣ダガー十連発・五月雨!」


感心している間もなく、血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンの向こう側から、ラルクの叫び声が響きました。

「ギャギャ……ッ!!」

魔獣の苦しげな呻きと共に、その深紅の体には、先程も見た短剣ダガーが何本も突き刺さっていました。


「カキザキ!止めをさせ!!」

ラルクの声に、私は再度、長剣ロングソードを構え、目の前の血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンとの距離を詰めました。

そして、剣を振りかざし、


「疾風迅雷!!」


叫びと共に、巨大な体を全身の力を込めて上方から斜めに、切り裂きました。


「ギャギャギャギャッ……!!」

耳障りな断末魔を響かせ、血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンは、砂飛沫を撒き散らしながら、その巨体を横たわらせました。


「やるじゃん、カキザキ!」

明るい声と共に、ラルクがこちらに近づいてきて、親指を立てました。

「皆さんは、戦い慣れていますね。さすがです……」

私は、少し息を切らせながら称賛しました。

こんなに動いたのは学生の時以来、いや、初めてかもしれません。

息が整った後、抜いたままの長剣ロング・ソードを鞘にしまいました。


先程、もう一体の血塗れ大蠍ブラッド・スコーピオンと戦っていたジルも、こちらに近づいてきます。深紅の巨大な蠍が微塵も動かないところを見ると、ジルも戦いに勝ったということでしょう。


「見事だ、カキザキ。初めての戦闘にしては上出来だ」

昨日は女神の力を100%借りての戦闘でしたので、私にとっては、今が本当の初戦とも言えるでしょう。


「それにしても、先程の剣技。それも女神の魔法書とやらに載っていたのか?」

「いえ、先程思い付きました」

「えっ……?そうなのか?」

「はい。皆さん、技を叫ばれていましたので、私も何か叫ばねばと思い、咄嗟に浮かんだものを叫びました」

「あ、いや、絶対に叫ばなければいけないわけじゃ……」

ジルと言葉を交わしていると、ラルクが満足げに言いました。


「いや、ほんと俺達、連携ばっちりじゃん!いい冒険仲間パーティーだな!」

ラルクは嬉しそうに笑いました。


この時は全く考えていませんでした。

この彼の笑顔を私が奪うことになるとは。


「よし、先を行こうぜ!」

ラルクの呼び掛けに、皆がまた歩き出しました。

気温が高く、ひどく乾燥しているため、喉が乾きやすく、持ってきた水を何度も飲みながら歩き続けました。


「そろそろ昼時か」

あれから、小一時間ほど経ちました。

鎧を纏った腕を額に当てながら、ジルが呟きました。

見上げると、白い太陽が空の中央で強烈な光を放っています。


「よく戦ったし、何だかお腹空いてきたなぁ」

オーディンが、いかにも疲れたといったように言いました。

ここに至るまで、毒蛇デス・アダーや、毒蜥蜴ポイズン・リザードなど、砂漠特有の魔獣と何体も戦ってきました。

このような戦闘に慣れていない私には、本命である蜥蜴王バジリスクとの戦闘に向けて、良いウォーミングアップになりました。


「あ、あの……そろそろ一息、つきませんか?」

遠慮がちに、小さな声でロイが言いました。


「そうだな。少し休もう」

ロイの言葉に、ラルクも同意しました。


「うん、うん、休もう。僕は疲れすぎて、向こうに蜃気楼が見え始めたよ……」

「ほんとかよ?それは、ヤバいんじゃ……」

オーディンが、いかにも疲れたという風に、砂礫の向こうを指差した方に、何気なく視線を向けました。


「蜃気楼ではないかもしれませんよ?確かに緑地のようなものが見えます」

「おいおい、カキザキもヤバ……ん?」

ラルクが小さな声を漏らした後、目を細めました。


「確かに、もう少し先にオアシスが見えてんじゃねーか!」

決して蜃気楼ではなく、この荒涼とした砂漠に、オアシスがありました。


「よし、あのオアシスを目指そうぜ!」

ラルクの声に、やや疲れの見え始めた皆が頷き、砂礫をまた踏みだしました。



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