第13話 早朝の稽古
早朝。宿屋の庭に出ていると、軽装のジルがやって来ました。
「おはようございます、ジル」
「お前……もう起きてたのか?」
「はい、小一時間ほど前に起床しました」
私はまだ空が白んでいる頃から、この庭で、昨日購入した
昨日転生しての今日です。どうやっても付け焼き刃にはなりますが、何もしないよりは良いでしょう。
一応、
「ずっと剣を振っていたのか?」
「はい」
そう答えながらも、私は剣の動きを止めませんでした。出発まで、そんなに時間は残されていません。1分1秒も無駄にはしたくありませんので。
「ちょうどいい。俺も少し朝のウォーミングアップをしようと庭に出たところだ。お前の稽古に付き合ってやる」
なんと、稽古をつけてくれる師範が現れました。
「助かります。ぜひお願いします」
「分かった。4割の力に抑えて、相手をしよう」
なんと、60%OFFの力で。
確かに、私はド素人です。それくらい手加減されてしまっても仕方ないのかもしれません。
ジルは腰に下げていた鞘から、剣を抜きました。
「行くぞ、カキザキ」
「はい」
私が答えるや否や、ジルの体が私の目の前まで移動していました。
カキーン!!
「ぐっ……!」
何とか剣で剣を受け止めましたが、その強さに、剣から手に伝わる振動で、指先が軽く痺れます。
と思っている間もなく、ジルの剣が今度は低い位置で横から切りつけてきました。
足先に触れそうなギリギリで、跳躍で交わしましたが、着地する前に、また角度を変えて切りつけてきます。
それもわずかの差で交わしましたが、服が剣先に、少し切り裂かれました。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
恥ずかしながら、もう息が上がってしまいました。
昨夜の見かけ倒しのモヒカン男の比ではありませんね。対するジルは息一つ乱れてはいません。
「どうした?もう、キツイのか?」
「はい、正直なところ……。10秒だけ待ってください」
息を切らせながら、ジルにお願いしました。
「フッ。そんなものでいいのか?もっと休んでも構わないが」
「今、
「……は?お前……今、
「はい、昨日防具屋で購入し、体を鍛えるために、昨夜からずっと着用していました」
言いながら、私はシャツを脱ぎ、その下に着込んでいた、重みのある
ガシャンッと金属の擦れ合う重低音が、地面に響きました。
「もう一度手合わせをお願いします」
「……よ、よし」
ジルの声の直後、私は彼の目の前まで移動し、その剣に剣を打ち込みました。
「……っ」
先程は見られなかった表情が、ジルの顔に滲みました。
すぐさま、いったん剣を引くと、角度を変えて打ち込みましたが、さすが剣の達人、素早くそれを受け止めます。
そうして、何度も何度も、私の剣と彼の剣は打ち合い、それがずっと続きました。これで4割の力とは信じられません。
「カキザキ……!」
「はい!」
打ち合いながら、ジルが話しかけてきます。先程なら、息が上がって、話すことすら出来なかったでしょう。
「お前、元の世界で……何かしてたか?」
「学生の頃にはなりますが……剣道と居合いを嗜んだことがあります」
カキーン!!カキーン!!
剣と剣がせめぎ合う音の中で、声を交わしています。
「ケンドウ……?イアイ……?」
「はい、この世界でいうところの、剣の稽古です」
カキーン!!
一際激しく、剣先と剣先がぶつかり合いました。
「なるほど……通りで、筋がいい訳だ」
そうは言っても、学生の時のお話です。
今、手抜きで応戦してくださってるジルと、やっと渡り合える程の力量です。
そう言えば、剣道をしていた頃、当時のお嬢様が私に挑んできたことがありました。
「私に負けなさい!」
「嫌です」
まだ若かりし頃の私は、負けず嫌いで、わざと負けることが嫌でなりませんでした。
「負けなさい!」
「嫌です」
「負けなさい!」
「嫌です」
「負けなさい!」
「嫌です」
「負けなさい!」
「嫌です」
………………何の勝負か分からない勝負が、99本続き、いい加減ダルくなってきた私は、100本目で、わざとお嬢様に面を取らせました。
さらに、「わぁっ」と言って、大袈裟に床に腰をつきました。
どこからどう見ても八百長です。
なのに、お嬢様は。
「やったぁ、勝ったぁ!!」
と、両手の拳を突き上げて、歓喜の声を上げました。
馬鹿馬鹿しい試合でしたが、心から勝利を喜んでいる、お嬢様をちょっとだけ可愛らしいなと、思った想い出です。
……と、ほんの一瞬ですが、昔の記憶に気を取られた瞬間でした。
「……っ」
気づくと、ジルの剣先が、私の喉元にありました。
「
「……参りました」
稽古だから、助かりましたが、実践なら、私の首は無くなっていたでしょう。
その時、宿屋の建物から、エプロン姿の女将が庭先に向かって声をかけてきました。
「お客さん方~。朝御飯が出来たから、そろそろお開きにして、食べとくれよ~。片付かないから~」
その声に、ジルは私の喉元から剣を引き、鞘に仕舞いました。
「行くぞ」
「はい。早朝から、ありがとうございました。大変、勉強になりました。それにしても、4割の力で、これ程までとは、さすがです。完敗でした」
私がそう言うと、なぜかジルは苛立ちを混ぜた声をあげました。
「4割で、応戦できるかよ!?ウォーミングアップにならないんだよ!!」
「……?」
「さっさと行くぞ!」
ジルは、ふいっと背を向けると、足早に庭を去っていきました。
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